魔王を生かしたことでパーティの密告によって死刑された英雄—じつは魔王に惚れられ蘇生してくれたので結婚し、順風満帆な人生を送りたいと思う—

灰色の鼠

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第5話 「了承か、否か」

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「いいだろう、婿になってやる」

 魔王のプロポーズを了承する。

 キャーと盛り上がる使用人の女性達。
 口元を押さえながら嬉しさのあまりに声を漏らすサリエルに拍手をする家臣達。

 ルーディンには婚約者がいた。
『スラマクト王国の姫君』
 人に希望を与え、絶対的な信頼を抱かせる加護の持ち主である。

 いまごろ彼女のことを考えたとしても幸福なひと時は返ってこないことは承知していたが、恋心を芽生えたことによってルーディンは少しずつ人の感情というもの実感していったのだ。

 だが裏切られたことによって彼女との関係はすでに諦めていた。

 女性との間柄は上手くいかない。
 しかしルーディンが断らずにいたのは何も魔王サリエルと恋仲関係になりたかったというわけではなかった。

「おお! その言葉を待っておったぞアナタ☆」

 城内に風が吹き込む。
 家臣の面々も、ルーディンも、誰もがその不慣れな呼び方に凍りついていた。


 —新たな称号を獲得—

『魔王の王配』

 —使用可能魔術—

『覇視』『瞑想領域』『思考加速』『糸操り』『属性耐性』『万物鑑定』『虚無執筆』『風』『火』『土』『水』『盲目の霧』『忍び』『疾走』『身体強化』『貯蔵』『精製』『研磨』『調合』『精神感応』『■■■■■■』『————』『無』以下略。

 肉体『サンダルフォン・マグレディン』
 魂『ルーディン・アヴニール』




 やるべき事は何なのか。
 目標があって復活したわけではない。

『人族の劣勢となるための貢献をすればいい』
 サリエルからは具体的な指示を貰っていないためルーディンは城内の豪華な一室で寛いでいた。

 窓を開け、部屋を喚起する。
 内装が良いだけで埃っぽいからである。

 窓から広がる景色。
 城下町は復興の真っ最中だ。
 ルーディンが人族の軍を率いて進行をしたから。

 町には幼い子供もいる。
 人族の軍勢は相手が幼かろうと女だろうと無慈悲に殺め辱めた。もしもあの時、自分が魔族側の人間だったら怒り狂っていただろう。
 悪なのは貴様らの方だと。

 ルーディンは思った。


 コンコン。


 ドアを叩く音に振り返る。

「邪魔しまっすよー!」

 活発のある声だ。
 部屋に辿り着くまでの周囲の遠慮しがちな声量とは打って変わっていた。

「…………ああ、ちょっとだけ待ってくれ」

 ドアの方まで行くと、脅かすように外にいた人物が部屋へと入ってきたのだった。

 反逆者の奇襲なのではないのか。
 唐突すぎてとっさにルーディンは構えていた。

「わわっ、ちょっタンマ! タンマ!」

 鬼早い反応速度に侵入者が慌てる。
 制するような手つきでルーディンの警戒心を解こうとするが、ルーディンには冗談があまり効かない。

 状況的に奇襲を仕掛けられたような形となっているため彼自身は合理的な判断であると自負していた。

「猫?」

 頭に葉っぱをのせた頭身の低い猫が視線の下に。
 パンパンのリュックサックを背負っている。
 ジッとルーディンが見つめていると猫は視線に耐えきれずナチュラルに敬礼をしだした。

「伝書猫です!」
「そうか、なら帰ってくれ疲れている」
「そこは用件を聞くとこじゃないかニャ!?」
「蘇生を果たしたばかりの俺に誰が手紙を送るんだ。組織からの果たし状なら有無は言わんが、どうせ人違いだ、帰れ」

 伝書猫を無理矢理追い出そうとする。

 抵抗する力があまりにも弱々しいため、すぐさま部屋の外まで押し出すことができたが、唐突に伝書猫の体に煙球が投げつけられたかのように煙が蔓延し始めた。

「まったく、動物だからって舐めないでくださいな旦那様よぉ」

 肩まで背丈が高くなり、猫ではなくベーレ帽を被った少女へと変身した伝書猫に大きく目を見開く。

「これが本来の姿だニャ。猫化した方が動きやすいけど話すなら人型に戻った方がいいかもね、失礼したニャ」

 眠そうな目で伝書猫は言った。

「まっ気になさんな。それよりもお届けものですよ」

 リュックサックから取り出されたのはスクロールと銀色のバッチだ。
 伝書猫はスクロールを開き見せつけてきた。

「これは婚約届け、魔王様からの署名はもう貰っているから後はルーディン様の署名が必要になるニャ。提出は魔王城の家臣でも使用人でも誰でもいいので早急にお願いします」

 婚約届けは初めてだ。
 魔族の国だと侮っていたが案外しっかりと国民の管理を行なっているようでルーディンは感心をしていた。

 さらに伝書猫がバッジを差しだす。

「さまざまな権限を持つ証だニャ、これを身につければ魔国の宰相や大臣と同じ位に昇格ニャ」

 なぜ猫にこんな貴重なものを預けたのかが気掛かりだったが、ルーディンは素直に「すまない」とお礼を言い受け取る。

「テーブルに菓子が置いてある。好きなだけ持っていくがいい」
「え、いいのかニャ! ではご遠慮なく!」

 伝書猫は言葉通り、お菓子を好きなだけ(全部)持っていってしまった。
 そして去り際に嬉しそうな顔で伝書猫は言う。

「さすがは英雄様は太っ腹だニャ。お届け物があるのならいつでも『ベテラン伝書猫ミミ』を頼るのニャ!」

 ベテラン伝書猫ミミ。

 知っていた。
 ルーディンは彼女の呼び名を知っていた。
 姿は見たことなかったが、たとえ火の中、水の中、戦場の中であろうと敵の情報を得るために走りまわっていた神出鬼没の猫族ではないか。

「………あいつのせいで、どれだけ人族側が不利になったのか」

 最前線で戦っていたルーディンは人族の優勢な戦局を何度も覆されてしまうという危機に陥る経験をしていた。
 魔王陣営の情報伝達があまりにも早かったからだ。

 まさか、あの猫族の正体が伝書猫ミミだったとは。




 ――――



 城下町を散歩する。
 部屋にいたとして暇だったからだ。

 魔の大陸は空気がうまい。
 魔力も有り余るほど感じる。

(………四六時中、男は復興作業に没頭している)

 戦争の傷跡、損害はそう簡単には癒えない。
 都市を囲む城塞も大がかりで直さなければならない。
 伴い魔王に牙を剥いている組織に関した問題も残っている。

 なにより―――


 足を運んだのは墓場。
 戦争で命を落とした兵士や国民が大勢眠っている場所だ。

 ルーディンは順に見渡しながら何かを繰り返し呟いていた。懺悔なのか否かは本人にしか分からない事情である。

 ちょうど墓参りに来ていた子供がぶつぶつとなにか独り言のルーディンを見かけ、興味津々に背後から話しかける。

「お兄さんも墓参り?」
「………あ、ああ」
「そっか、お兄さんも知り合いが亡くなっちゃったんだね」

 幼い魔族と接することが初めてだったルーディンは純粋な瞳を向けられ困惑する。
 どの様に返事すればいいのかが分からないのだ。

「そういう君も……誰の墓参りをしているんだい」
「パパとママだよ」

 笑顔で告げられる。
 子供にとって両親の死以上に悲しいものが他に無いというのにだ。

 他人の死で感傷を感じることなかったルーディンにとってもショックだった。

「戦争で死んじゃったんだ」

 子供の口元が震えだす。

「大人たちが理由を話してくれないけど、僕が子供だからかな?」

 必死にこらえていた。
 いつまで泣いても進むことなんか出来ない、子供ながら理解していただろう。
 なんと勇ましく美しい志なのかとルーディンは初対面、しかも魔族の子供に対して敬意を抱いたのだ。

「……もしも機会があれば君は復讐をしてみたいか?」

 急にルーディンがとんでもない質問をした。
 子供はキョトンとして、大きく開かれた瞼でルーディンを凝視する。
 さすがに子供に聞くことではないと反省しつつ立ち上がる。

「野暮だったな、すまない」

 墓場から去ろうとすると、子供が大きな声で「まって!」とルーディンを呼び止めた。

「しないよ! 復讐なんてやっても誰かが悲しむだけじゃん! 僕みたいな子を増やしたくない!」

 子供の真っ当な答えに顔をしかめる。
 表情を見られないためにもルーディンは決して振り返ることをせず一言、言い残した。

「―――そうか」



 復讐を果たさない。
 子供はどうしてああも簡単に結論を出せるのかが、ルーディンにとって羨ましくて堪らないものだった。




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