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第4話 「魔王のプロポーズ」
しおりを挟む「サリエルに敗れ、その座を返上した星をも滅ぼすとされる魔王サンダルフォン・マグレディン」
魂を移植された肉体がまさか神をも脅かす者のだとは笑い話では済まされない。
この男が生きていたのならルーディンでさえ倒すことは不可能。
「自己紹介も省けて助かる」
サンダルフォンは幾万もの悪行に愉悦するような形相をルーディンにむける。今まで生きた中で向けられたことのない眼差しで見つめられたルーディンは威嚇された小動物のように固まっていた。
弱者に対してのみ剥く退屈な目だ。
いつでも殺せる、警戒するのも馬鹿馬鹿しい。
相手は精神内に潜む幻影であるはず、しかしルーディンは生存本能による屈服には抗えず膝をついた。
「よせルーディン、我の肉体に順応するほどの核が跪いては我も顔がたたない。頭を上げよ」
「気の毒な話だな」
それでも本心はサンダルフォンには到底操れないほど強靭に研磨されている。
相手がどうあれ死人。
生者として復活した自身が惨めに頭を垂れるなど言語道断。
「……なんだと?」
「魔族を脅かす存在、それも英雄が貴様の器の中でのうのうと生きていることが愉快で堪らないんだよ。他者を見下し傍若無人に傲慢に振る舞っていた最凶もすでに顔が立っていないだろう、なぁ?」
相手に悪態つけるのはルーディンにとって苦手分野であった。しかし眼前にいる少年の皮を被った怪物であれば問題ない。
「俺を見下していた気でいたか? だがな、下なのは———」
屈服した膝の筋肉に力をこめ立ち上がるのではなく、相手に飛びつく勢いで跳躍をしかけた。
疾風の如くにサンダルフォンとの合間を詰め、頭を鷲掴みにして全力で地面へと叩きつける。
「———貴様の方だ!」
成仏していないのなら払うまで。
それぐらいの勢いで攻めなければルーディンは敗北を自慢げに掲げることになるであろう。
だが、
「そうこなくっちゃ面白くない。認めよう、我の肉体を貸し与えるに値するぞルーディン!」
耳鳴りが大きくなっていく。
それがサンダルフォンの声による反響なのか、それともただの単なる現象なのか。
視界が砂嵐に覆われたように鮮明さを失う。
いま起きている事象が崩壊を始めている。
鷲掴みにしていたサンダルフォンも姿を消滅させていた。
去り際に奴は穏やかに呟く。
————せいぜい魔の領地に馴染むが良い、次第にそれが汝の終着点であることを自覚する時が来るであろう。
————
「夫婦にならんのか?」
「は?」
意識が元に戻る。
直後に拗ねた魔王サリエルが玉座から立ち上がり、鼻が触れ合う距離までルーディンと詰め寄っていた。
「いやなぁ、ちとな………その」
頬が赤くなっていくサリエル様。
周囲の家臣や護衛までもが緊張をしだしていた。
少女のようにモジモジとする魔王に困惑を覚えてしまうが、少しだけ可愛げをも感じる。
これがギャップなのか。
刃を交えた時の闘気が嘘のように可憐である。
それが故に彼女の言葉の意味を理解したルーディンは口をポカーンとさせてしまう。
「惚れたのか、俺に?」
「なっなんと大胆な奴じゃ! そ、そ、そ、そ、そうじゃ! 惚れちゃったのじゃよ!!」
「待て待て、落ち着け。もしかして俺を蘇生した動機がソレなのか? ならば府に落ちないぞ、どの要素で惚れてしまうのだ?」
あくまでも部下と上司という関係で留まるのかと思いきや更なるステップだとは。
魔族達の中の女性陣が微笑ましそうにしている。
「………余を打ち負かしながらも強さを認めてくれた………それと生きたいという気持ちも尊重してくれた………魔王であり武人でもある余が潔く敗北を認めんのは武人として失格じゃ………だが余は死ぬわけにはいかない、やるべき議題が溢れたまま死んでは生きてきた意味が無くなってしまう………」
サリエルは胸をギュッと握り締めた。
「お主との出会いは余の分岐点じゃった」
嬉しさのあまりなのか思わず彼女は笑みを溢していた。だがルーディンの目にはそれが少しだけ悲しそうにも見えていた。
「好きじゃルーディン……感謝しても仕切れないほどの恩がある。だからこそお主を傍でずっと支えていきたい……一人の女としてな」
周りは滅多に見れないサリエルの一面にガッつく視線を向け、固まるルーディンの答えを待っていた。
魔王のプロポーズに元人族の英雄がどのように了承するのか、それとも拒否するのかが楽しみで仕方がなかったのだ。
「サリエル……俺は…………」
結論するのには早すぎた。
ルーディンも答えを導きだしたばかりで口にしていいのかと迷っていた。
自分の思う正しさに従う。
蘇ったときに誓ったではないか。
他人の願望を叶えることだけが真っ当な道のりではないことを。
ならば、答えは決まっている。
「俺は————」
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