魔王を生かしたことでパーティの密告によって死刑された英雄—じつは魔王に惚れられ蘇生してくれたので結婚し、順風満帆な人生を送りたいと思う—

灰色の鼠

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第2話 「英雄の復活」

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 ——永遠であらず有限の起点よ。
 幽世にて隔絶されし在り方の灯火の回帰をここで宣言しよう。
 輪転し樹は魔の証明。
 罪有りしは地の属者。
 天啓こそが光の導き。
 機械仕掛けの運命であれと誓うことなかれ。
 彼方の偽りを忘却することこそが汝の使命。
 ならば今宵、その血肉に我の純血で満たしてみせよう。



 英雄はふたたび目を覚ました。
 国民の憎しみの業火に焼かれたその後、永遠の眠りについたのだと安堵したルーディンは見慣れぬ森の隅でひっそりと覚醒した。

 以前の世界より魔力濃度の濃い空間だ。
 ボロい小屋から外へと出たルーディンを待っていたのは森林。

 服装はボロ着、痩せ細った体だ。
 死ぬ前の体とそうそう変わらない。
 しかし皮膚だけは肌色というより灰色に近かった、腕から手の指先まで何かの模様が着色されている。

「………………臭い」

 視界には人間の姿はない。
 だがルーディンは確かに感じ取っていた。
 高木の頂上に潜む、複数の影の気配を。

 足元の石を拾い上げ、気配のする方へと放り投げる。蘇生して感覚が鈍っていなければ、と思いきや複数もの人影が高木から落下してきた。

 何事もなく着地してルーディンを囲んだ。

「問おう、お前らは俺の敵か?」

 黒い布を頭にまで覆った者達の武装を直視してなおルーディンは確認を怠ることはしなかった。

 死んだ者の転生がこうも簡易的なものであることがまず疑問だ。
 ならば蘇生をしてくれた者達が居たと解釈した方が納得のいく範囲内に留まる。

「もう一度問う、敵なのか?」

 返答もなく静寂が続いたことに不信感の眼差しを周囲に向け、集団が自分に殺意を抱いていることを理解した。

 森の漏れ陽に反射した短剣が答えだ。
 集団のいずれかがルーディンの片目にめがけて鋭く尖った短剣を放った。

 あまりにも完璧な軌道、銃弾のような速度に誰しもが命中することを期待したのだろうがルーディンは指に挟むように容易く受け止めてみせた。


 戦火の合図だろう。
 一斉に集団が四方から飛びかかってきた。

 この危機的な状況を前にしたのが普通の戦士なら諦めもつくだろう。しかしルーディンは転生を果たしても尚、その心体に眠る圧倒的な力の総量を確かに感じ取っていた。

 大したことではない。
 体中の筋力に力を込め、瞳孔に微量な魔力を流し込むだけ。

 短い作業間に織りなされるのは圧倒的な質量の誕生。睨みつけた対象は身動きが取れないという認識を機能させる以前に、血肉を爆散させる。

 奇怪的な現象ではない。
 魔王を圧倒した英雄の貫禄が発揮されれば万物ですら歪ませるなど容易いものだった。

 一度も踏みだす動作を行うこともなく敵勢力の大半を削ったルーディンを前に、敵意を向けていた集団の生き残り達が怯むように後ずさりを行う。

 それすら見逃すことをしない。
 撤退をしようとする前方の敵を一人だけ残すように同じ手段で邪魔な者らを血肉に染め上げる。

「おい貴様、どういうつもりなのかは知らんが目を覚ました途端に物騒なお出迎えは感心しないな」

 跪いた生き残りは震えていた。

 牙を剥いてきた者をルーディンは許すほどの器を持ち合わせていなかったが、情報収集には役立つ程度だと判断して脅すように質問を投げかけた。

「…………っ」

 情報の漏洩が不満なのか喋ろうとしない。
 ルーディンはそれを見兼ねて顔を覆う黒い布を手にとり破いた。

 どんな顔をしているのか確認したかったからだ。

「魔族……なのか?」

 人間の顔ではない。
 耳と鼻の尖った緑色の皮膚、ゴブリンなのか。
 死ぬ前にいた大陸にはゴブリンは生息していなかった、魔力の濃い場所でしか活動できないからだ。

「なら人を襲う習慣も納得できる。しかし事前に俺がこの場で生き返ることを知っての襲撃だ。どういう意図なのかは想像も出来んが答えてもらうぞ」

 指先で風の刃を形成。
 それをゴブリンの太腿に小さく突き刺す。

「がああああ!!?」

「言語を理解しているのならば吐け、さもなくば更なる残酷な拷問がお前を待っているぞ……!」

「わ、分かった! 分かったからやめてくれ!」

 話す気になったので、いったん手を止める。

「目覚めたばかりだから………自分がどんな土地にいるのか、どんな現状なのかは把握できねぇよナ……殺さねぇって約束したら話してやるよ」

 ゴブリンの命乞いに頷く。

 だがルーディンはいずれ脅威となる悪鬼を見逃したりはしない、あらかた情報を聞き出せたらこのゴブリンも排除する気でいた。

「普通に喋れるんだな」
「確証もなく聞いてきたのかよ!? つーか喋れるわ!」
「ならば手始めにお前らの目的が何だったかを答えてもらおう」

 襟を掴み、顔を近づける。
 その圧に堪えきれずゴブリンは情報を吐いた。

「お前の抹殺が目的だったんだよ!」
「ほう、それは何故か」
「魔力の濃さで薄々は気づいているだろうが、いまいる場所は魔王の支配領域『魔の大陸』だ」

 元いた大陸の西方ではないか。

 魔王を討伐すべく乗り込んだことのある領域だったが、先ほどからの気がかりはこれが原因だったのか。

「……どうして」
「そりゃ魔王様がお前を気に入ったからさ。自らの陣地に取り込んでやろうって寸法だ。いずれ英雄ルーディンに死が訪れた時、盟友として出迎えてやろうと堂々と国民に宣言してたんだよ」
「ではなぜ俺に牙を剥いた?」
「平和思想を根づけようとする内政が気に食わねぇ魔族が多いんだよ……! そんな奴らのための組織が密かに構築されてたんだ。まっ、いまじゃ魔王も脅威とみなすほど組織は拡大していった。現政府の崩落の準備を着々と進めるためお前が邪魔だったんだよ」

 話が見えてきたのかルーディンは語られていく情報を記憶に収納しては整理を繰り返した。

 魔王が平和を望んでいる。
 結果、その緩んだ思想をよく思わない『圧政派』の魔族どもが集い、魔王と敵対する組織を作った。

 魔王は協力のため英雄であるルーディンを復活させるも、なにかしらの不具合か陰謀によって敵対組織の元へと蘇生を果たして現状に至る。

「ナァ頼むよ。俺を見逃してくれれば、組織にお前の抹殺を完遂したって報告してやるからさぁ」
「…………」

 話が耳に入らないほど現状分析に没頭しているルーディンを見たゴブリンは、これとない機会であると愉悦に思いながら腰におさめていた短剣に手を伸ばした。

「逃してくれるよナァ~?」

 隙も油断もなかったルーディンが警戒態勢の解除になるのは考えている時のみ。
 その周囲にはいつも仲間や取り巻きがいたからで、普段は敵前ではしない行動である。

(…………死ね!!」

 ルーディンの胸元に突き刺すだけ。
 弱々しく強硬とは程遠い肉体であれば致命傷は免れない、確実に心の臓へと———






 ———到達を阻止するようにゴブリンの腕が粉微塵になっていた。

 ルーディンは眼前で起きた出来事を唖然と見つめた。
 小さな時間帯であろうと不意打ちを防ぐことなど難しいことではない。

 しかし自分よりも素早く反応したものが居た。たとえルーディンが油断をしていたとしても反応速度は相手に与えた隙を埋め合わせるほど凄まじく瞬時である。

「ぎゃあああああ! お、お、俺の、俺の腕がああああ!!」

 愚行ゆえの罰に悶えるゴブリンを尻目に、新たな人物の登場を直視する。
 鹿のような角を生やした女が小高い岩の上で姿勢良くこちらを眺めていた。

 彼女の舞踏会で着為すような正装に違和感を抱きつつ、ルーディンは彼女が自分を助けた人物であることをすぐさま察した。

「———下郎が、我らの希望に手出しするとは万年の禁錮であろうと足りぬ罪ぞ」

 可憐な顔立ちをしながら恐ろしい威圧に周囲に寒気が走るのを感じた。しかし殺気はゴブリンにのみ向けられておりルーディンは自分に害の無い者であると判断し、声をかけた。

「もしかして、君は俺を召喚した魔王との関係者なのか?」

 確信はない。
 毎度そうだが確信を持つより前に体で先に確かめるのがルーディンにとって通常の感性である。

 もしも彼女が敵対する組織の一人であれば、なにかしらの理由で救う理由があったのかもしれない。

「…………我の主に誓って味方であることを断言します、英雄殿に刃をむけるなど致しません」

 礼儀正しく会釈をする女に多少の困惑をする。
 予想程度だったが、どうやら違った。

「しかし不躾であることを承知してお聞きしたい。英雄ルーディン様はかつて魔王様その他大勢の魔族を仇なす者。盟友の契約を交わすことを持ちかけられたその時、其方はいかにして受け止めてくださるのでしょうか」




 仇なす者か。
 やはり恨みは後世でも継承されていくことは事実だったようだ。
 罪の業を背負ったままだ。

 ルーディンは女を見上げながら思った。
 一つしか歩むことを許されなかった道に新たな道が出来た、しかし分かれ道である。

『いままで通りの歩幅で人生を歩むか』それとも『新たな自分に生まれ変わる機会』を選ぶか。

 後戻りをしようが本人の勝手だ。
 しかし振り返るとそこには味方が誰一人として居ない。生きるということを失敗したのだ。

 ならば選ぶべき選択肢はたった一つだけしか彼には残されていなかった。

「魔王の元へと案内してくれ、話を聞こう」


 悪の根源と称された魔王との二度目の対面をしよう。歩むべき未来が、そこにあるかもしれないことを信じて。


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