魔王を生かしたことでパーティの密告によって死刑された英雄—じつは魔王に惚れられ蘇生してくれたので結婚し、順風満帆な人生を送りたいと思う—

灰色の鼠

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第1話 「処刑」

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 首枷をはめられたルーディンは自分に憎悪をむける国民の歓声に眉をひそめた。

 左右両側には屈強な肉体をもった兵士が二人、首枷に繋がっている鎖を握りしめている。
 強引に引っ張られ、コロシアムの真ん中に設置された首吊り台に誘導される。

 魔王を倒したという多大な功績を収めた英雄ルーディン・アヴニールに下されたのは『絞首刑』。

 最悪な結末を迎えようとする彼のこの状況には、説明もつく確かな原因があった。
 魔王を討伐したかと思われたその後、魔王は実は生きていた事実が判明。

 ルーディンの仲間の証言によると、魔王の息の根を止められる一歩手前でルーディンが唐突に皆に攻撃の制止を指示したのだ。

 彼が朽ちゆく魔王に向けていた眼差しは同情そのもの、殺そうとはしなかった。

「国王陛下よ。命じられた通り魔王含め、悪の根源を根絶やしに致しました」

 帰還を果たしたルーディンは国王に偽りの報告をしてしまい、事実が発覚するのを恐れた仲間の一人が身の安全のために密告。

 隠蔽行為により魔王の刺客ではないかという疑いを持たれ、とある人物達を除いて誰一人から擁護を受けることはなかった。


「死刑囚ルーディン・アヴニールよ。
貴様のその傲慢な態度、悪魔のような瞳に以前から我は嫌悪を抱いておった。何故《なにゆえ》、魔王に寝返ったかは問いたりせん。英雄の皮を被った悪魔であることが証明されたに過ぎんからな」

「———陛下よ、私は私の思う正しさに従っただけです。そこに種族間や序列、固定概念はございません」
「たわけが! 英雄たる者の資格を軽視したからこそ鎖に繋がっていることが理解できんのか! 周りを見よ!」

 国王に促され、ルーディンはそれに従った。

「誰しもが貴様に怒りを覚えている! 
 魔王との長きに渡る戦争には数えきれぬ程の犠牲があった! 親、子供、兄弟、女、男………国民がどうして大切な者を失うか分かるか!?
 魔王という忌々しい存在が在ったからだ!」

 国王の言うとおりだ。
 自分の考えこそが正義であることを前提に行動をしたのではない、別の視点から見たら悪そのものだと思われることを覚悟で魔王を生かしたのだ。
 ルーディンは否定を口にしない。

 しかし、国王がとある人物を呼ぶまでは。

「あらあら、彼の英雄様も拘束されれば奴隷とさほど変わりませんねぇ」

 国王陛下の娘、アイーシャ姫だ。

「アイーシャ……どうして君が」

 ルーディンの婚約者であった彼女が、死にゆく恋人を前に嘲笑うような表情を見せていた。

「私はこの国の王女です。反逆者に情をかけるなど言語道断、貴方への想いはとうに消え去っていたのです」

 アイーシャはそう言いながら、愛おしそうな瞳をルーディンの仲間の魔術師リューゲルに向けていた。
 彼だ、彼が密告した本人なのだ。

 ルーディンは口を開こうとした。
 しかし何もでない。
 怒りのまま吐き散らせば本末転倒だ、全部を我慢して皆の憎悪を受け止める。

 それがルーディンの覚悟だ。

「なにを泣いてらっしゃるの?」

 死ぬ直前に更なる絶望が追い討ちをかけ、身も心もボロボロのルーディンは堪えきれず顔を歪ませ、涙を流した。





 生まれた時から、定められていた結末なのか。
 その生涯になにか意味を残すことができたのか。

「英雄ルーディンよ! 我らに救いを!」

 村を襲う悪鬼を祓った。
 大地を削る強大な暴風の渦をも剣で薙ぎ払った。
 日食の夜に訪れる不死身の大群でさえ全滅に追い込んだ。

 頼まれれば赤子も殺した。
 老体も女も、子供も、それが正義であることを信じ、赤く染まった大地に剣を突き立てた。

 人の営みとは掛け離れすぎた罪作りの日々に明け暮れ、いつの間にか人生の中で自分の思うような道を歩んだことがないことに後悔の念を抱いてしまう自分がいた。

 しかし泣くことは許されない。
 人々の願いこそが彼の生きる意味。
 操り人形にされようと構わない、それが自分の運命なのだから。

 それが『英雄ルーディン』の姿である。

 常に無心を演じてきたルーディンは死ぬまで誰かに情を抱くことなどないと勝手に決め付けていた、そんなある日。

 国王に最愛の娘である姫アイーシャとの結婚を言い渡された。

 ———私の剣となり生涯、傍で尽くしてくれることを誓ってくれますかルーディン様。

 血の繋がらない者に恋心が芽吹くことが彼にとって初めての出来事だった。
 心が満たされ、アイーシャを想うだけで幸せになりどんな障害を前にしようと乗り越えられる。

 それがキッカケだったかは本人もわかっていない。

 僅かに人間本来の心を持つようになり、魔王との死闘の末にルーディンは告げたのだ。

「汝の覇道、見事であった。いずれまた剣を交えよう」

 魔王の器に魅了され、殺すことを断念したのだ。
 人々の願いこそが生きる意味であり、宿敵の前に立っていられる理由だったはず。

 結果的に人々の反感を買ってしまった。
 アイーシャ姫からも見限られた。


 たった一つの歯車の狂いが自分を死なせた。





 国民達が見下ろす首吊り台の真ん中で英雄はゆっくりと息絶えた。
 吊るされた体は骨のように痩せ細っており、指や生殖器が損失している状態である。

 体は残されることなく焼き払われた。
 呪いを恐れたからだろうか、それとも再び目を覚ますのではないかと不安になったからだろうか。


 ———燃えゆく英雄はまだ成人も迎えていない若さで、国によって死刑されたのだ。





————

後書き

新作を読んでいただき感謝の極みでございます。
ご意見や誤字報告がありましたらぜひ感想欄でお願いします!
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