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しおりを挟む「それでどうしたの、セドリック。昨日を見た限りでは特に問題があるようには思わなかったけど……一晩考えて、何かひっかかることでもあったのかしら? それとも気になったお嬢さんでもいた? ふふふっ」
当たり障りなく朝食をこなし、二人きりでお茶をしたいと申し出るとお母さまは意外そうにはしていたが、素直に応じてくれた。
初めて社交をした翌日のことではあるし、社交についてはまずお母さまに尋ねるのはこの家では当たり前のことだ。
むしろあまり頼ろうとしていないセドリックの頼みであったため、張り切った雰囲気を感じる。
社交についてなら別視点も必要になるため執事やメイドがいても気にせず相談するところなのだが、内容が内容だけに二人きりでといったせいかもしれない。
完全に恋愛相談かしらとわくわくしているお母さまに、どう話しかけていいかわからず俺は困ってしまった。
うーん。
言い淀む俺を見てお母さまも困った顔をして、そしてすっと真顔になった。
「なんてね、嘘よ。朝から貴方はずっと上の空だったから私も気になっていたの。いつものセドリックなら私の目を見て話してくれるのに目もどこか遠くを見ているし……何か、厄介なことでも起こったの?」
「!」
「私から見て貴方は出来過ぎているくらい出来た息子だから信用して見守っているだけだけど……不安そうな顔を見逃すほど、私は貴方を見ていないわけじゃないのよ?」
どうしたの、と俺に声をかけてくれる様子は優しい。
その様子に勇気づけられ、俺はようやく口を開く。
「実は……」
「ええ」
「入れ替わってしまったのです」
「え??」
ふぅ、と息を吐く。
え? え? と首をかしげるお母さまはまだ事情が呑み込めていないらしく、混乱した様子だ。
「俺――ああ、セドの喋り方で喋ろうと思えばできるんですが、喋りづらいので元のままで喋りますが……朝起きたら、セドと俺が入れ替わっていたんです」
「え? セドと入れ替わり……いれかわ……ええ!?」
「俺にもセドにもどうしてこうなったのか心当たりが全くなくて……二人して朝から途方に暮れまして。お母さまに相談しようってことになったのです」
意図的にそらしていた目線をあげ、じっとお母さまの目を見る。
しばらく混乱していたお母さまだが、じっと見続けているうちに理解したらしく力が抜けたようにソファへ沈み込んだ。
「嘘でしょう……貴方、エドガーなの?」
「はい。こうして話すのははじめまして、ですよね」
エドガー。
初めてそう面と向かって呼ばれて、俺は案外しっくりすることに気が付いた。
この名前は自分の名前すら覚えていなかった俺に、セドリックがつけてくれた名前だ。
意思疎通が図れるようになるまでずっと守護霊様と呼ばれていた俺ではあるが、ある時毎日呼ぶにはちょっと仰々しいなと気づいたセドリックが、お父さまと相談してつけてくれた名前である。
ここ数年は独り言のようにセドが呼んでくれていた名前ではあるが、意外と気に入っていたんだな俺。
「セド……セドリックは、大丈夫、なの……?」
「わかりません。とりあえず話しかけると応答があるので、多分いままでの俺と同じように魂のような状態で近くで浮いてるんだと思います」
「浮いて……。ど、どうしてそんなことに……」
「わかりません……。お互いに本当に心当たりがないんです。セドは今日はゆっくり過ごす予定で一日の予定をいつも通り俺に伝えていましたし、俺は俺で特に何も変わりなかったので……」
「そんな……どうして……」
万が一にも乗っ取ろうとしたなどと思われたくないので素直に伝えると、お母さまは頭に手を添えて悩み始めた。
「考えられるとしたら、昨日のお茶会だと思うのだけど」
「俺もそう思います。でも、思い返しても俺には特に気になった人間はいないんですよね……セドはどちらかというと男の同級生に積極的にはなしかけていましたし、女子は最初に袖にされた子ばかりだったのであまり記憶にありません」
「貴方に気付いた子とかはいなかったの?」
「いたら気付いたと思いますけど、女子に関しては人数が多かったので少し離れて見てたんですよねー……」
華やかな女子の群れの真ん中にポツンと取り残されても困るので、ちょっとというかだいぶ離れていたような気はするが、セドもすぐに切り抜けて帰ってきてしまったので気にしていなかったのだ。
その代わり学友候補の男子4人ほどの記憶は割と鮮明に残っている。そして揃いに揃って鈍そうか脳筋だった。頭脳派っぽいのも一人いたがなんかこう……天然入ってた気がしないでもない。
「まぁ、セドリックの切り返し方は我が息子ながら素晴らしかったし、記憶に残らなかったのも仕方ないのかしらねぇ」
「そうですねぇ。笑顔で囲いを切り崩すとか貴族怖いなとか思ってました。その割に顔と名前は憶えてましたし」
「主人に似たのかしら……あのひともモテるのよね。その割にバッサリと女子を袖にするから、そこがまた恰好よくてね」
「わかります。お父さまは家族第一の人ですよね」
たまーに訪ねてきた貴族への対応をちょっと覗いたことがあるが、見てはいけないものを見てしまった気分だった。
そういやお父さまって外交官だったね、裏と表も顔使い分けるよね怖い。
ってなったけど、愛妻家で息子大好きなのも知っているので俺自身は特に苦手とかはない。むしろセドリックを助けたという色眼鏡があるせいなのか、だいぶお茶目な対応をしてくれる人である。
ああでもないこうでもないと言い合い、お母さまと俺は一息ついた。
原因がまったく思いつかない以上どう考えても推測の域を出ないし、今一番大事なのはいかにセドをもとに戻すかどうかである。
お母さまはしばらく悩んでいたが、ついに堪えきれなかった、という風に口を開いた。
「ここまでどうやってセドと入れ替わったかを話してきたけれど、貴方はそれでいいの?」
「それでいいとは?」
「貴方がこの7年もの間、ずっとセドリックを見守ってくれて来ていたのは知っているわ。でもそれは、何故セドリックと魂がくっついてしまったかもわからない状態故のことだったでしょう? 今の貴方は外見上はセドリックでしかない。それの意味は、わかっているでしょう?」
「ああ、そこですか」
まあ、そうだよな。
普通の背後霊が憑いていた相手と中身が入れ替わったらどうなるか――それは、自分の記憶の中を見る限りでも普通は乗っ取りをたくらむところだろうとはわかる。
わかるけど、俺としては一瞬で出た答えだったんだよなぁ、朝起きたときに。
「考えてはみたんですけど」
「けど?」
「ぶっちゃけめんどくさいっていうか」
「めんどくさい」
「俺にとって、この身体はセドリックのものであって、自分の物って認識にならないみたいなんですよね。今、この状態でも宙に浮いてるセドが可哀そうだなって思うくらいで、このままセドリックになりたいとかそういう気持ちは正直言ってないです」
だって貴族めんどくさそうじゃん。
俺はこの7年もの間、寝もせずにのんびりとセドリックを見守ってきたけど、特にそれで困ったって思ったことはないんだよな。
なんていうか自分の子供の成長を見守る親の気分というか……いや、親はいるんだけど、常に見守っている親戚のにーちゃん的な気持ちというか……。
偽善者かなぁ、と自分でも思うんだけど。
今ここで突然自分が消えても、特に後悔はしないと思う。
だって俺最初から死んでるし。
「エドガー、貴方って……」
「はい?」
「いえ、何でもないわ。でも貴方がそういう気持ちでいるってことは、やはりこの入れ替わりは外因があると思うの。セドリックも社交に不安は覚えていたとしても、入れ替わりたいと思うほどのことがあれば貴方も私も気づいたはず。問題は、何を願ってどうして入れ替わったか、かもしれないわ」
「何を願って……」
「貴方がセドリックのそばにいることは、この家でも数人しか知らない秘密だわ。当然だけれど、外部に漏らしているなどは誓約も含めて一切ありえない。――にもかかわらず、入れ替わりが起こったとしたら、事故かもしくは――」
「俺が、最初にこの世界に来たことを知っている者の仕業……?」
「その可能性もあるかもしれないわね。詳しい話は貴方から聞くことはできなかったけれど……エドガー、貴方はここではない、違う異世界からやってきた人間なのよね?」
「ええ」
はい、いいえで伝えられる情報には限界があったが、セドリックと話すうち俺は違う世界からやってきたということを伝えることは出来ていた。
根拠も、魔法がない異世界ってことを伝えればなんとなく察してくれたので、そういった伝記はあるのかもしれないと俺はぼんやり思う程度でいた。
だが、お母さま的にはもっと詳しい心当たりがあったのかもしれない。
難しい顔をしながらも、あり得ないとは言わなかった。
「昨日時間を取るために主人は今日は朝から出ているけれど……相談はすぐ魔法で送っておくわ。とりあえず数日はセドリックは体調を崩したことにしましょう。元から身体が強い子ではないし、色々疲れがたまってしまったといえばそれほど不思議がられることはないわ」
「でもそれだと弱点になるのでは?」
「そうでもないわね。魔力欠乏症を克服した公爵の息子だもの、ある程度身体が出来上がるまでは無理をさせられないといえば問題ないでしょう。学校が始まるまでにある程度原因が特定出来ればよいのだけれど」
「いきなり入れ替わったので明日起きたらまた入れ替わってるかもしれませんけどね」
「それはそれで悩む未来しか見えないわね。あら、もうこんな時間なの? ああ、どうして今日は朝しか時間を取らなかったのかしら……! 昨日の処理が色々残っていて今日は王城に行かなければならないのよ……。申し訳ないけれど、貴方は今から体調を崩したことにするわ。お礼状を書いたり、手紙を再点検したりなどは明日以降にしてもらえるかしら? もしかしたら手紙の中に手がかりがあるかもしれないから私も一緒に見たいの」
「わかりました。今日は本を室内で大人しく見るくらいにしておきますよ」
俺が見たものがセドに伝わるかはわからないが、たぶん今までの自分を顧みるに上からでも見えるようにしておけば勝手に読むと思う。
まぁ見ていなくても記憶に残ったり身についたりするかもしれないが。
「時間が足りないわ……また夜にね、エドガー」
「了解です」
名残惜しそうに俺のことを聞きたがるお母さまを見送って、俺はとりあえず落ち着くために自室に戻ることにしたのであった。
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