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しおりを挟む5日後。
男の子が目を覚ました。
「……ぼく……生きてる?」
不思議そうに首をかしげるその姿は控えめに言って天使。
白い肌、抜けるような空の色をした瞳、さらっさらの金髪。
やべーくらいの天使である。
目をつぶってるときもかわいい顔だよなー女の子だったら誘拐多発だよなーとか思っていたが、いやいやこれ性別超越しちゃってるわ。
まじ天使。
声もボーイソプラノだからまじかわいい。
はっ。
気を抜くと褒めたたえたくなるのやばいな、これはメイドさんもご両親も心配するわ。
たまたま起きたのが朝方で周りには誰もいないので、男の子のつぶやきを拾ったのは俺一人。
だが、俺は次の瞬間自分を殴りたくなった。
「くるしくない……」
ぎゅう、と心臓のあたりを掴む手の細さ。
そう起き抜けにつぶやくほど毎日この子は心臓が苦しかったのか。
そう思ったらやるせなくなる。
ちょっと俺いいことしてるんじゃね、とか思っていたのを冷水をかけられた気分だった。
苦しくない。
そう呟く姿がちっともうれしそうじゃなくて、不安に揺れる瞳をしていたからだ。
いつ苦しくなるのかをもう考えている時点で、どれだけ毎日痛みにさらされていたのかがわかる。
もう大丈夫だよと言ってやりたいが、俺がいつまでこの子の病気を抑えられるのかもわからんしそもそも俺がいるから病気の進行が止まっているかすら定かではないのだ。
だからただ、俺は静かに男の子が泣く姿を見つめているしかなかったのだった。
☆
メイドさんが来ると周りが騒がしくなり、不安そうにしていた男の子もしばらくは大丈夫だと聴いて少し安心したようだった。
男の子の父親である公爵さんは、根拠のない大丈夫だを男の子には言わなかった。
ただひたすらに抱きしめて、目が覚めてよかったと呟くだけだった。
だが、それこそが男の子には必要なものだったらしい。
もらい泣きするメイドさんを傍目に、男の子はようやく不安そうな表情を回復させて、日々を過ごすようになった。
俺はといえばだが、特に何を吸われている感覚もないのでただ単純に男の子の日常を見て過ごすだけだ。
誰にも声は伝わらないし、風を起こせるわけでもないし、モノを動かせるわけもないので伝達手段はゼロ。
ただひたすらに見守る日々。
うむ、完全なる背後霊……この場合魔力タンクっぽいので守護霊っぽいか?
そんなものになりながら、俺も男の子と共に日々を過ごしていく。
最初は男の子が寝てばかりいたので退屈かなーとか思っていたが、割と小さな子の成長を見守るのって楽しいもんだな。
起き上がれるようになった男の子は、勉強をすることに決めたようだった。
この先の人生、いつまた病に倒れるようになるかはわからない。
だが、それでも知識は大切だと言われてその気になったらしく、5歳児とは思えない勉強内容をやりはじめたのである。
暇なので試しに男の子の上空で真似てみたが、俺は礼儀とか勉強とか全くダメだった。
全くダメなんだが、男の子がちゃんと身に着けたものは気づくとできるようになっていたので、単純に男の子の経験は俺にも反映されるらしい。
どうなってんだこの紐。
勉強もちんぷんかんぷんで、2か国語とか3か国語とかそんなん身につくかよと思っていたが、気づけば男の子が喋る別の国の言葉がわかるようになっていた。
ついでに歴史もきっちり頭に入っているのでものすごく賢くなった気分になれた。
いや俺全く勉強してませんけど。
あと名前を書くという段階になってようやく男の子の名前を知れた。
「セドリック」
「はい、お父さま」
なんでこの人たち名前呼ばないんだろうと思っていたが、名前を呼ぶと死んだ後もこの世界に繋ぎ止めてしまうとかいう迷信があるそうで。
魔力欠乏症であった男の子の名前は、ひっそりとひっそりと囁くように呼ばれているだけだったようだ。
親が引き留めて何が悪いと父親や母親はこっそり呼んでいたようだが、本来は亡くなる予定の子供に対しては名前を呼んではいけないのだそうだ。
魔力を吸っている『何か』に名前を取られてしまうから、だそうだが。
もう何かってなんやねんって気分である。
いつ俺自身がいなくなるかもわからん現状、魔力欠乏症の原因って突き止めたいよなぁ。
多分心臓の疾患かか何かだと思うんだけど、魔力ってもの自体がなんなんだっていう気分の俺にとっては皆目見当がつかん。
そもそも俺自身が何なのか、いまだわからんしな。
ふと俺ってなんだっけ、と思いだそうとしたんだよ。
転生前のことなんだけど、気づいたらほとんど思い出せなかった。
たぶん日本人で、男で、高校は卒業してたくらい。死んだ原因も覚えてないけど死んだってことは覚えてる。
死んだ瞬間にここへ来た気分だったことも覚えているので、見えている手足的にたぶん20歳未満だろうなってことはわかる。
ただ顔はわからないし思い出せない。鏡に映らないから見れないし。
当然のことながら名前も覚えていない。
だけどまあ、転生って言葉は覚えてるし好んで本を読んでた記憶もあるので、読書は好きだったんじゃないかな。
セドリックが一瞬詰まった計算も俺は出来るし、気づいたらセドリックもできるようになっていたので繋がっているのは間違いないみたいだ。
わかるのはそれだけ。
時々セドリックが調子を聞かれて答えることが、俺のすべてだ。
「もう一人自分がいて見守ってくれているような気がするんです――」
そんな日々が。
ゆるやかに続いた。
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