魔法使いの同居人

たむら

文字の大きさ
上 下
44 / 52
誘拐少女と探偵

12話

しおりを挟む
 時計の針が午後八時を指す。隣の部屋からはテレビの音が漏れ聞こえてきていた。

「毎日八時になったら、そこに座って一日の出来事を思い浮かべるようにすること。あたしが真雪くんの思考を読んで、君たちの状況を確認するから。座る場所がずれたり、動かれると読めなくなるから、じっとしててね」

 五日前、僕が月乃ちゃんとここに残ることを決めたとき、紅坂さんはそう言い残していった。僕は紅坂さんに言葉に従い、指定の場所で今日の出来事を思い出す。

 今朝、腕のしびれを感じて僕は目を覚ました。一つしかない枕を月乃ちゃんに譲ったため、僕は自分の腕を枕代わりにしていた。身体を起こし肩を回すと、止まっていた血が全身に流れていくのが伝わってきた。

 一日中締め切られているカーテンの隙間からは、日光がこぼれていた。時刻は六時を少し回ったところだった。目覚まし時計をかけているわけではないのに、最近は六時前後に目が覚める。人間というのは、やることがないと返って規則正しい生活になるのかもしれない。

 傍らで気持ちよさそうに寝息をたてる月乃ちゃんに申し訳なさを感じつつ、僕は小さな肩をできるだけ優しく揺する。外が見えないこの部屋では体内時計が狂いやすい。一日のリズムを乱すことは体調不良に直結すると紅坂さんより教えられていた。僕らが置かれている状況で、体調を崩すのは絶対に避けなければならない。

 寝ぼけ眼の月乃ちゃんの頭を手櫛で整える。ぼーっとしたまま、されるがままに身をゆだねる月乃ちゃんだったが、目が覚めてくると、今度は僕の髪をセットする真似事をしてきた。短髪で寝ぐせもない僕の頭を整える必要性は感じなかったが、黙って付き合ってあげることにした。

 しばらく二人でじゃれていると、男が現れ無言で朝食を渡された。それまで楽しそうにしていた月乃ちゃんだったが、男の姿を見ると決まって僕の背後に隠れるため、僕は彼女の分の食事をまとめて受け取った。渡されたのは昨日と同じくコンビニのおにぎりだ。いつも同じ店で購入しているようだ。

 男が部屋からいなくなるのを待ってから、僕ら食事についた。いたずら好きな月乃ちゃんは、ことあるごとに僕にちょっかいをかけてくるのだが、食事のときだけ行儀よく静かに食べる。ハムスターのように口いっぱいにおにぎりを詰め込む様子は可愛らしく、気が付かれないように何度も彼女を盗み見てしまった。

 食事を終えると僕は月乃ちゃんに文字を教えた。これもここ数日のお決まりになっていた。動物の絵を描き、その上にひらがなで名前を書くという簡単な勉強方法だ。

 もっとも一朝一夕で文字を使えるようになれるなんて思ってない。これは月乃ちゃんと意思疎通を図るためではなく、単純に彼女の今後のためのつもりだった。

 月乃ちゃんは勉強を楽しんでくれているようで、僕の書いた文字を何度も見返しては、たどたどしく書き方をマネする。間違えた箇所の隣に僕が正しい文字を書いてあげたり、ペンの持ち方を指摘してあげると、何がおかしいのか彼女は屈託のない笑顔を見せる。

 どんな環境であってもこうして笑えるのは子供が持つ能力なのだろうか。そんな彼女の様子を見ていると、自分も自然に笑みがこぼれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖なる者~コードネームはモナリザ

夢織人
ミステリー
「21世紀のタジオ」と呼ばれた美少年スターが、兵役で任命された仕事は「モナリザ」というコードネームで呼ばれる秘密諜報機関の諜報員だった。 ★秘密諜報部員「モナリザ」のプロフィール 美少年スターとして一世を風靡したが、遺伝性の病気を発症し、治療中。 兵役で政府秘密機関の諜報員に抜擢される。    ★モナリザの特技紹介 得意技:ハニートラップで敵を味方に寝返らせる 必殺兵器:死の接吻→無理強いするともれなく死が訪れます 秘密兵器:スターとの恋→絶対絶命jのときのみ正体を明かし逃亡を手伝わせる

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。

藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。 学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。 そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。 それなら、婚約を解消いたしましょう。 そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

アルファポリスであなたの良作を1000人に読んでもらうための10の技

MJ
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスは書いた小説を簡単に投稿でき、世間に公開できる素晴らしいサイトです。しかしながら、アルファポリスに小説を公開すれば必ずしも沢山の人に読んでいただけるとは限りません。 私はアルファポリスで公開されている小説を読んでいて気づいたのが、面白いのに埋もれている小説が沢山あるということです。 すごく丁寧に真面目にいい文章で、面白い作品を書かれているのに評価が低くて心折れてしまっている方が沢山いらっしゃいます。 そんな方に言いたいです。 アルファポリスで評価低いからと言って心折れちゃいけません。 あなたが良い作品をちゃんと書き続けていればきっとこの世界を潤す良いものが出来上がるでしょう。 アルファポリスは本とは違う媒体ですから、みんなに読んでもらうためには普通の本とは違った戦略があります。 書いたまま放ったらかしではいけません。 自分が良いものを書いている自信のある方はぜひここに書いてあることを試してみてください。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...