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誘拐少女と探偵
10話
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僕の膝の上で小さな身体が身じろぎした。ツキノちゃんが目を覚ましたみたいだ。
彼女は身を起こすと、眠気を飛ばすためなのか瞼を掌で擦っている。まだ覚醒しきっていないツキノちゃんと目が合うと、僕の存在を思い出したのか彼女は笑った。僕は『おはよう』の意味を込めて頭を撫でる。
ツキノちゃんは落ちていた鉛筆を拾い上げると、チラシの裏にお絵描きを始める。チラシにはこれまで描かれた絵がびっしりと敷き詰められており、残った僅かな隙間を使って楽しそうに鉛筆を走らせている。
よく見ると鉛筆もかなりすり減っており、芯ではなく木の部分が紙をがりがりと擦る音が聞こえる。何日も一人でいたツキノちゃんは、一本の鉛筆と一枚のチラシだけで今日まで過ごしてきたのだろう。その日々を想像すると、自分の中で悲しみと怒りの混じった感情が沸々と沸き上がるのを感じた。
ぼうっとツキノちゃんが絵を描いているのを見ていると、紙の中に一つだけ文字のようなものが混じっているのに気が付いた。女の人と思われる人間の絵の上にミミズが這ったような字で「しの」と書かれているように見えなくもない。
この子の名前ではない。だとすれば母親または父親の名前だろうか。紅坂さんはツキノちゃんを文字の読み書きができないと話していたが、彼女とコミュニケーションを取る手段があるかもしれない。
しかし結果的にそれは杞憂に終わった。ひらがなとカタカナの両方を使っても、ツキノちゃんには伝わらなかった。文字に見えただけで、ただの落書きだったみたいだ。
そのとき玄関の方向からドアが開く音がした。
紅坂さんが帰って来たみたいだ。
これでツキノちゃんを拘束から解くことができる。そうなれば奈々瀬さんに連絡を取り、ツキノちゃんは警察で保護してもらえるだろう。父親とは離れ離れになってしまうだろうが、こんな場所で何日間も放置されるよりはずっとマシなはずだ。
僕は周囲を見回す。ツキノちゃんが大事にしているものなどがあれば、忘れずに持って行ってあげたい。これ以上、彼女から大切なものを取り上げたくはなかった。周りを物色する僕を見て、 ツキノちゃんが真似をする。目的なんてわかっていないだろうが、楽しそうに辺りをかき分けている。
僕の背後で扉が開いた。いよいよ出発まで時間がないようだ。最後のチェックとばかりに荷物を整理していた僕の後ろで足音が止まった。気が付くとツキノちゃんが僕の背後を凝視している。顔にはありありと怯えが浮かんでいた。振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
「お前は誰だ?」
男は表情一つ変えずに言った。
突然の出来事に僕は何も言えず、ただただ男を見上げることしかできなかった。年齢は紅坂さんより少し上くらいだろうか。軽くウェーブのかかった赤茶色の髪の毛と真っ黒のコートが印象的だった。
そのとき腕に何かが巻き付く感触がした。反射的に確認すると、それは僕の左腕にしがみつくツキノちゃんだった。子供の力とは思えない強さだった。身体中が震えている。その様子を見たことで、僕は少し落ち着きを取り戻せた。紅坂さんがいない今、僕がこの子を守らなければならない。
「あなたは誰ですか?」
震える声で僕は聞いた。
「それはこっちのセリフなんだがな」男は一切の同様を見せなかった。ぼりぼりと頭を掻いている。「俺はここの家主だ。そしてそのガキの親でもある」
もしやとは思っていたがやはりそうだった。この男がツキノちゃんを拘束し、部屋の中に置き去りにした張本人だ。長い間留守にしていたはずが、最悪のタイミングで帰ってきてしまったのだ。
「それで、お前は誰だ? ここで何をしている?」
男が再び問いかけてくる。
しかしどう答えたところで状況が好転するとは思えなかった。探偵の助手だなんて言ってしまえば、事態はより悪化することだろう。何より、この状況で唯一頼りにできる紅坂さんの存在をこの男に悟られるわけにはいかない。
数秒の間に高速回転する僕の頭が導いた答えは黙秘だった。今は下手な言動や行動を慎み、ツキノちゃんに危害が及ばないことだけに集中する。あとは帰ってきた紅坂さんが何とかしてくれるのを願うばかりだ。
僕の決意が伝わったのか、男は「まあいい」と呆れた様子でつぶやいた。「どちらにしてもお前をこの家から出すわけにはいかない。お前にはそのガキと同じく、ここで暮らしてもらうことにする」
男はしゃがみ込むとツキノちゃんに掴まれていた僕の左腕を強引に剥がした。そしてツキノちゃんの右腕にかけられた手錠の片側を僕の左手首に取り付けた。僕の左手とツキノちゃんの右手が一つの手錠で繋がり、さらに手錠はチェーンによって柱と繋がった状態だ。これで自力では部屋を出ることすらできなくなってしまった。
「大声は出すな。それはお前とそのガキのためにならないと思え」
男はそう言い残してリビングへと消えていった。
僕は呆然とそれを見ていることしかできない。
緊張で強張っていた身体から力が抜け、床にペタリと座り込む。ツキノちゃんが服の裾を引っ張ってきたが構ってあげられる余裕はなかった。全身を覆う恐怖を感じながら気づいた。どうやら僕は監禁されたてしまったようだ。
彼女は身を起こすと、眠気を飛ばすためなのか瞼を掌で擦っている。まだ覚醒しきっていないツキノちゃんと目が合うと、僕の存在を思い出したのか彼女は笑った。僕は『おはよう』の意味を込めて頭を撫でる。
ツキノちゃんは落ちていた鉛筆を拾い上げると、チラシの裏にお絵描きを始める。チラシにはこれまで描かれた絵がびっしりと敷き詰められており、残った僅かな隙間を使って楽しそうに鉛筆を走らせている。
よく見ると鉛筆もかなりすり減っており、芯ではなく木の部分が紙をがりがりと擦る音が聞こえる。何日も一人でいたツキノちゃんは、一本の鉛筆と一枚のチラシだけで今日まで過ごしてきたのだろう。その日々を想像すると、自分の中で悲しみと怒りの混じった感情が沸々と沸き上がるのを感じた。
ぼうっとツキノちゃんが絵を描いているのを見ていると、紙の中に一つだけ文字のようなものが混じっているのに気が付いた。女の人と思われる人間の絵の上にミミズが這ったような字で「しの」と書かれているように見えなくもない。
この子の名前ではない。だとすれば母親または父親の名前だろうか。紅坂さんはツキノちゃんを文字の読み書きができないと話していたが、彼女とコミュニケーションを取る手段があるかもしれない。
しかし結果的にそれは杞憂に終わった。ひらがなとカタカナの両方を使っても、ツキノちゃんには伝わらなかった。文字に見えただけで、ただの落書きだったみたいだ。
そのとき玄関の方向からドアが開く音がした。
紅坂さんが帰って来たみたいだ。
これでツキノちゃんを拘束から解くことができる。そうなれば奈々瀬さんに連絡を取り、ツキノちゃんは警察で保護してもらえるだろう。父親とは離れ離れになってしまうだろうが、こんな場所で何日間も放置されるよりはずっとマシなはずだ。
僕は周囲を見回す。ツキノちゃんが大事にしているものなどがあれば、忘れずに持って行ってあげたい。これ以上、彼女から大切なものを取り上げたくはなかった。周りを物色する僕を見て、 ツキノちゃんが真似をする。目的なんてわかっていないだろうが、楽しそうに辺りをかき分けている。
僕の背後で扉が開いた。いよいよ出発まで時間がないようだ。最後のチェックとばかりに荷物を整理していた僕の後ろで足音が止まった。気が付くとツキノちゃんが僕の背後を凝視している。顔にはありありと怯えが浮かんでいた。振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
「お前は誰だ?」
男は表情一つ変えずに言った。
突然の出来事に僕は何も言えず、ただただ男を見上げることしかできなかった。年齢は紅坂さんより少し上くらいだろうか。軽くウェーブのかかった赤茶色の髪の毛と真っ黒のコートが印象的だった。
そのとき腕に何かが巻き付く感触がした。反射的に確認すると、それは僕の左腕にしがみつくツキノちゃんだった。子供の力とは思えない強さだった。身体中が震えている。その様子を見たことで、僕は少し落ち着きを取り戻せた。紅坂さんがいない今、僕がこの子を守らなければならない。
「あなたは誰ですか?」
震える声で僕は聞いた。
「それはこっちのセリフなんだがな」男は一切の同様を見せなかった。ぼりぼりと頭を掻いている。「俺はここの家主だ。そしてそのガキの親でもある」
もしやとは思っていたがやはりそうだった。この男がツキノちゃんを拘束し、部屋の中に置き去りにした張本人だ。長い間留守にしていたはずが、最悪のタイミングで帰ってきてしまったのだ。
「それで、お前は誰だ? ここで何をしている?」
男が再び問いかけてくる。
しかしどう答えたところで状況が好転するとは思えなかった。探偵の助手だなんて言ってしまえば、事態はより悪化することだろう。何より、この状況で唯一頼りにできる紅坂さんの存在をこの男に悟られるわけにはいかない。
数秒の間に高速回転する僕の頭が導いた答えは黙秘だった。今は下手な言動や行動を慎み、ツキノちゃんに危害が及ばないことだけに集中する。あとは帰ってきた紅坂さんが何とかしてくれるのを願うばかりだ。
僕の決意が伝わったのか、男は「まあいい」と呆れた様子でつぶやいた。「どちらにしてもお前をこの家から出すわけにはいかない。お前にはそのガキと同じく、ここで暮らしてもらうことにする」
男はしゃがみ込むとツキノちゃんに掴まれていた僕の左腕を強引に剥がした。そしてツキノちゃんの右腕にかけられた手錠の片側を僕の左手首に取り付けた。僕の左手とツキノちゃんの右手が一つの手錠で繋がり、さらに手錠はチェーンによって柱と繋がった状態だ。これで自力では部屋を出ることすらできなくなってしまった。
「大声は出すな。それはお前とそのガキのためにならないと思え」
男はそう言い残してリビングへと消えていった。
僕は呆然とそれを見ていることしかできない。
緊張で強張っていた身体から力が抜け、床にペタリと座り込む。ツキノちゃんが服の裾を引っ張ってきたが構ってあげられる余裕はなかった。全身を覆う恐怖を感じながら気づいた。どうやら僕は監禁されたてしまったようだ。
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