魔法使いの同居人

たむら

文字の大きさ
上 下
34 / 52
誘拐少女と探偵

2話

しおりを挟む
「ここだよな?」

 手元のメモを見る。チラシの裏に手書きされた地図は、簡潔ながら適切に目印が配置されており、迷うことなく目的地までたどり着くことができた。

 目の前にある建物は飾り気のないコンクリートむき出しのビルで、同じような建物が周りにいくつも並んでいる。コンクリートジャングルという言葉がしっくりくる光景だった。

 地図の中に記されたメモによると、目的の部屋は二階にあるらしい。

 備え付けのエレベータに入ってみたが、表札や案内はなかった。不安を抱えつつ二階のボタンを押す。数秒後、僅かな金属の軋みと共に扉が開いた。

 降りた先には扉が一つしかなかった。その横にはインターホンが付けられている。少し迷いながらも、僕はインターホンを押した。

「はいはい。どちら様ですか?」

 若い女性の声がしたので、部屋を間違えてしまったのかと勘ぐってしまう。しかし、受付の女性社員なのかもしれないと思い直し、マイクに向かって訊ねる。

奈々瀬ななせさんの紹介で来た者です。こちらが紅坂くれないざか探偵事務所で間違いないでしょうか?」
「おお、君が例の男の子だね。どうぞ入ってよ」

 ご機嫌な声が返ってくる。マイクが切れると同時に錠が開く音がした。

 緊張しながらも中へ入ると、室内も外面と同じコンクリートの壁で覆われていた。部屋の真ん中には、テーブルとそれを挟む二つのソファーが並んでいる。片方は三人掛けで、もう片方は一人掛けとなっている。応接用のものだろう。三人掛けソファーの後ろには、大きめのスチールデスクが設置されており、書類や本が几帳面に揃えられている。

 入口以外にも四つの扉があった。そのうちの一つは「WC」と書かれているので、トイレであることがわかった。

 室内の空気は暖かく、寒空の下を一時間近く歩いてきた身体を心地よく包み込んでくれる。穏やかな空気に交じって、甘い芳香剤の香りが鼻をくすぐる。

「そんなところに立ってないで、座りなよ」

 一人崖のソファーに座った女性が声を掛けてきた。さきほどインターホンから聞こえた声の人物だ。

 彼女は正面の三人掛けのソファーを指さしたので、僕はソファーの真ん中に腰を下ろした。探偵事務所という未知の空間にいるせいか、身体が強張ってしまう。

 目前のテーブルには二つのカップが置かれていた。一つは女性の前、もう一つは僕の前。どちらもコーヒーが淹れられている。

 まさかインターホンを押してから室内に入る数秒の間に準備したのだろうか。さすがにそんなはずはないと思うが、カップからたつ湯気は淹れられて間もないことを現していた。容量が良すぎて、何だか気味が悪い。

 女性がにんまりと笑った。どこかいたずらっ子めいた目線で僕を見る。たれ目がちな大きな瞳で見つめられると、人の視線が苦手な僕は逃げ出したい気持ちになってしまう。

 女性は若そうに見える。学生だと言われても納得しただろう。しかし探偵事務所で働いているということは、きっと成人した女性なのだろう。

「あの、奈々瀬さんの紹介を受けまして、ここで探偵をやっている紅坂さんという方を訪ねて来たのですが」
「うん。話は聞いてるよ」
「紅坂さんは留守でしょうか?」
「何言ってるの。あたしが紅坂だよ」
「え?」

 反射的に素っ頓狂な言葉が漏れてしまう。

「あなたが探偵の紅坂さんですか?」
「そうだよ。他に誰だっていうのさ」

 Vサインを突き出す紅坂さんに、僕は何も言えずに困惑してしまう。

 探偵だと紹介されたものだから、勝手に大人の男性だと思い込んでいた。まさか、こんな若くて可愛らしい女性だったとは想定していなかった。

「何か不満でもあるの?」
「不満だなんて、そんな。少し意外だっただけです」

 僕は慌てて反論する。

「まあ落ち着きなよ。コーヒーでも飲んだら?」

 促されるまま、僕はコーヒーを一口啜った。程よい苦みと適度な温度が心地良い。まるで僕の好みを知っているかのような好みな味わいが口の中に広がる。

「落ち着いたなら話を聞かせてもらおうかな。姉さんから大体の経緯は聞いてるけど、君の口からここへきた理由と目的を教えてもらいたいんだ」

「はい」と返事をして、僕はこれまでのことを思い出しながら話し出す。

「僕は三日前に交通事故に遭いました。赤信号の歩道を渡ろうとして、車に引かれたそうです。大きなケガはありませんでしたが、目を覚ましたとき事故以前の記憶を思い出せなくなっていました。そんなわけで、家がわからず帰ることができなくなった僕を保護してくれたのが、警察官の奈々瀬さんでした。奈々瀬さんは病院の診察料の建て替えだけでなく、記憶を取り戻すまでの生活面のサポートもしてくれています」
「子供の保護は姉さんの趣味みたいなものだからね」

 そう言う紅坂さんは、どこか嬉しそうに見えた。

「今も奈々瀬たち警察の方々が、捜索願いや目撃情報から僕のことを調べてくれています、ただ、手掛かりになりそうなものは見つかっていません。僕が覚えていることは、警察にはすべて話し終えていまして、現時点で僕にできることはないということで、奈々瀬さんから記憶を探す役に達かもしれないと紅坂さんを紹介されたんです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

ビジョンゲーム

戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

面白ミステリー『名探偵マコトの事件簿』

naomikoryo
ミステリー
【少年の心を持つ、ミステリー好きユーザーにお届けします】 ——ある日、消えた消しゴム! 逃げたハムスター! ぺちゃんこになったボール! そして…消えた校長先生の椅子!? この学校、事件が多すぎるッ!! だけど安心してくれ! この学校には、名探偵がいるのだ!! その名も…… 名探偵マコト!(小学4年生) テレビの探偵ドラマに憧れて、学校中の「事件」を解決しまくるぞ! でも、毎回どこかちょっとズレてる気がするのは…気のせい!? そんなマコトを支えるのは、しっかり者の学級委員長 早紀! 「真人、また変なことしてるでしょ!」って、ツッコミながらもちゃんと助けてくれるぞ! そしてクラスメイトの 健太、翔太、先生たち まで巻き込んで、ドタバタ大騒ぎの探偵ライフが始まる! 果たして、マコトは本物の名探偵になれるのか!? それともただの 迷探偵(?) のままなのか!? 大爆笑まちがいなし! 事件の真相は、キミの目で確かめろ!!

捜さないでください

ほしのことば
ミステリー
心春は、同棲中の僕の彼女。 真面目で優しくて、周りの皆を笑顔に出来る明るい子。そんな彼女がある日、「喜びの感情」を失ってしまった。 朝起きると、テーブルの上には 『捜さないでください ヨロコビ』 とだけ書かれた置き手紙。 その日から心春は笑わなくなり、泣いたり怒ったりすることが増えた。いつか元に戻るだろうと信じていたが、一向に戻る様子がなく、このままではいけないと奮起する。 「心の研究所」を謳う施設の神谷こころという医師に出会い、心春の脳内を覗いて思い出を再生するという不思議な体験をする。 僕と神谷先生は心春の沢山の思い出を再生し、心春のヨロコビが居なくなった原因を探るが見つからない。 果たして心春の喜びを奪ったものはなんなのか。 自分の全ての感情を許して愛すための作品です。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

祝福ゲーム ──最初で最後のただひとつの願い──

相田 彩太
ミステリー
 世界各地から選ばれた24名の前に現れたのは自称”神”。  神は告げる「汝らに”祝福”を授けた」と。  そして「”祝福”とは”どんな願いでもひとつ叶える権利”だ」と。  ただし、そこには3つのルールがあった。  1.”祝福”の数は決して増えない  2.死んだ人間を生き返らせることは出来ない  3.”祝福”を持つ者が死んだ時、その”祝福”は別の人類にランダムに移る  ”祝福”を持つ者はその境遇や思惑に沿って、願いを叶え始める。  その果てにどんな結末がもたらされるかを知らずに。    誰かが言った。 「これは”祝福ゲーム”だ」と。  神は言わなかった。 「さあ、ゲームの始まりだ」と。 ※本作は小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...