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誘拐少女と探偵
2話
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「ここだよな?」
手元のメモを見る。チラシの裏に手書きされた地図は、簡潔ながら適切に目印が配置されており、迷うことなく目的地までたどり着くことができた。
目の前にある建物は飾り気のないコンクリートむき出しのビルで、同じような建物が周りにいくつも並んでいる。コンクリートジャングルという言葉がしっくりくる光景だった。
地図の中に記されたメモによると、目的の部屋は二階にあるらしい。
備え付けのエレベータに入ってみたが、表札や案内はなかった。不安を抱えつつ二階のボタンを押す。数秒後、僅かな金属の軋みと共に扉が開いた。
降りた先には扉が一つしかなかった。その横にはインターホンが付けられている。少し迷いながらも、僕はインターホンを押した。
「はいはい。どちら様ですか?」
若い女性の声がしたので、部屋を間違えてしまったのかと勘ぐってしまう。しかし、受付の女性社員なのかもしれないと思い直し、マイクに向かって訊ねる。
「奈々瀬さんの紹介で来た者です。こちらが紅坂探偵事務所で間違いないでしょうか?」
「おお、君が例の男の子だね。どうぞ入ってよ」
ご機嫌な声が返ってくる。マイクが切れると同時に錠が開く音がした。
緊張しながらも中へ入ると、室内も外面と同じコンクリートの壁で覆われていた。部屋の真ん中には、テーブルとそれを挟む二つのソファーが並んでいる。片方は三人掛けで、もう片方は一人掛けとなっている。応接用のものだろう。三人掛けソファーの後ろには、大きめのスチールデスクが設置されており、書類や本が几帳面に揃えられている。
入口以外にも四つの扉があった。そのうちの一つは「WC」と書かれているので、トイレであることがわかった。
室内の空気は暖かく、寒空の下を一時間近く歩いてきた身体を心地よく包み込んでくれる。穏やかな空気に交じって、甘い芳香剤の香りが鼻をくすぐる。
「そんなところに立ってないで、座りなよ」
一人崖のソファーに座った女性が声を掛けてきた。さきほどインターホンから聞こえた声の人物だ。
彼女は正面の三人掛けのソファーを指さしたので、僕はソファーの真ん中に腰を下ろした。探偵事務所という未知の空間にいるせいか、身体が強張ってしまう。
目前のテーブルには二つのカップが置かれていた。一つは女性の前、もう一つは僕の前。どちらもコーヒーが淹れられている。
まさかインターホンを押してから室内に入る数秒の間に準備したのだろうか。さすがにそんなはずはないと思うが、カップからたつ湯気は淹れられて間もないことを現していた。容量が良すぎて、何だか気味が悪い。
女性がにんまりと笑った。どこかいたずらっ子めいた目線で僕を見る。たれ目がちな大きな瞳で見つめられると、人の視線が苦手な僕は逃げ出したい気持ちになってしまう。
女性は若そうに見える。学生だと言われても納得しただろう。しかし探偵事務所で働いているということは、きっと成人した女性なのだろう。
「あの、奈々瀬さんの紹介を受けまして、ここで探偵をやっている紅坂さんという方を訪ねて来たのですが」
「うん。話は聞いてるよ」
「紅坂さんは留守でしょうか?」
「何言ってるの。あたしが紅坂だよ」
「え?」
反射的に素っ頓狂な言葉が漏れてしまう。
「あなたが探偵の紅坂さんですか?」
「そうだよ。他に誰だっていうのさ」
Vサインを突き出す紅坂さんに、僕は何も言えずに困惑してしまう。
探偵だと紹介されたものだから、勝手に大人の男性だと思い込んでいた。まさか、こんな若くて可愛らしい女性だったとは想定していなかった。
「何か不満でもあるの?」
「不満だなんて、そんな。少し意外だっただけです」
僕は慌てて反論する。
「まあ落ち着きなよ。コーヒーでも飲んだら?」
促されるまま、僕はコーヒーを一口啜った。程よい苦みと適度な温度が心地良い。まるで僕の好みを知っているかのような好みな味わいが口の中に広がる。
「落ち着いたなら話を聞かせてもらおうかな。姉さんから大体の経緯は聞いてるけど、君の口からここへきた理由と目的を教えてもらいたいんだ」
「はい」と返事をして、僕はこれまでのことを思い出しながら話し出す。
「僕は三日前に交通事故に遭いました。赤信号の歩道を渡ろうとして、車に引かれたそうです。大きなケガはありませんでしたが、目を覚ましたとき事故以前の記憶を思い出せなくなっていました。そんなわけで、家がわからず帰ることができなくなった僕を保護してくれたのが、警察官の奈々瀬さんでした。奈々瀬さんは病院の診察料の建て替えだけでなく、記憶を取り戻すまでの生活面のサポートもしてくれています」
「子供の保護は姉さんの趣味みたいなものだからね」
そう言う紅坂さんは、どこか嬉しそうに見えた。
「今も奈々瀬たち警察の方々が、捜索願いや目撃情報から僕のことを調べてくれています、ただ、手掛かりになりそうなものは見つかっていません。僕が覚えていることは、警察にはすべて話し終えていまして、現時点で僕にできることはないということで、奈々瀬さんから記憶を探す役に達かもしれないと紅坂さんを紹介されたんです」
手元のメモを見る。チラシの裏に手書きされた地図は、簡潔ながら適切に目印が配置されており、迷うことなく目的地までたどり着くことができた。
目の前にある建物は飾り気のないコンクリートむき出しのビルで、同じような建物が周りにいくつも並んでいる。コンクリートジャングルという言葉がしっくりくる光景だった。
地図の中に記されたメモによると、目的の部屋は二階にあるらしい。
備え付けのエレベータに入ってみたが、表札や案内はなかった。不安を抱えつつ二階のボタンを押す。数秒後、僅かな金属の軋みと共に扉が開いた。
降りた先には扉が一つしかなかった。その横にはインターホンが付けられている。少し迷いながらも、僕はインターホンを押した。
「はいはい。どちら様ですか?」
若い女性の声がしたので、部屋を間違えてしまったのかと勘ぐってしまう。しかし、受付の女性社員なのかもしれないと思い直し、マイクに向かって訊ねる。
「奈々瀬さんの紹介で来た者です。こちらが紅坂探偵事務所で間違いないでしょうか?」
「おお、君が例の男の子だね。どうぞ入ってよ」
ご機嫌な声が返ってくる。マイクが切れると同時に錠が開く音がした。
緊張しながらも中へ入ると、室内も外面と同じコンクリートの壁で覆われていた。部屋の真ん中には、テーブルとそれを挟む二つのソファーが並んでいる。片方は三人掛けで、もう片方は一人掛けとなっている。応接用のものだろう。三人掛けソファーの後ろには、大きめのスチールデスクが設置されており、書類や本が几帳面に揃えられている。
入口以外にも四つの扉があった。そのうちの一つは「WC」と書かれているので、トイレであることがわかった。
室内の空気は暖かく、寒空の下を一時間近く歩いてきた身体を心地よく包み込んでくれる。穏やかな空気に交じって、甘い芳香剤の香りが鼻をくすぐる。
「そんなところに立ってないで、座りなよ」
一人崖のソファーに座った女性が声を掛けてきた。さきほどインターホンから聞こえた声の人物だ。
彼女は正面の三人掛けのソファーを指さしたので、僕はソファーの真ん中に腰を下ろした。探偵事務所という未知の空間にいるせいか、身体が強張ってしまう。
目前のテーブルには二つのカップが置かれていた。一つは女性の前、もう一つは僕の前。どちらもコーヒーが淹れられている。
まさかインターホンを押してから室内に入る数秒の間に準備したのだろうか。さすがにそんなはずはないと思うが、カップからたつ湯気は淹れられて間もないことを現していた。容量が良すぎて、何だか気味が悪い。
女性がにんまりと笑った。どこかいたずらっ子めいた目線で僕を見る。たれ目がちな大きな瞳で見つめられると、人の視線が苦手な僕は逃げ出したい気持ちになってしまう。
女性は若そうに見える。学生だと言われても納得しただろう。しかし探偵事務所で働いているということは、きっと成人した女性なのだろう。
「あの、奈々瀬さんの紹介を受けまして、ここで探偵をやっている紅坂さんという方を訪ねて来たのですが」
「うん。話は聞いてるよ」
「紅坂さんは留守でしょうか?」
「何言ってるの。あたしが紅坂だよ」
「え?」
反射的に素っ頓狂な言葉が漏れてしまう。
「あなたが探偵の紅坂さんですか?」
「そうだよ。他に誰だっていうのさ」
Vサインを突き出す紅坂さんに、僕は何も言えずに困惑してしまう。
探偵だと紹介されたものだから、勝手に大人の男性だと思い込んでいた。まさか、こんな若くて可愛らしい女性だったとは想定していなかった。
「何か不満でもあるの?」
「不満だなんて、そんな。少し意外だっただけです」
僕は慌てて反論する。
「まあ落ち着きなよ。コーヒーでも飲んだら?」
促されるまま、僕はコーヒーを一口啜った。程よい苦みと適度な温度が心地良い。まるで僕の好みを知っているかのような好みな味わいが口の中に広がる。
「落ち着いたなら話を聞かせてもらおうかな。姉さんから大体の経緯は聞いてるけど、君の口からここへきた理由と目的を教えてもらいたいんだ」
「はい」と返事をして、僕はこれまでのことを思い出しながら話し出す。
「僕は三日前に交通事故に遭いました。赤信号の歩道を渡ろうとして、車に引かれたそうです。大きなケガはありませんでしたが、目を覚ましたとき事故以前の記憶を思い出せなくなっていました。そんなわけで、家がわからず帰ることができなくなった僕を保護してくれたのが、警察官の奈々瀬さんでした。奈々瀬さんは病院の診察料の建て替えだけでなく、記憶を取り戻すまでの生活面のサポートもしてくれています」
「子供の保護は姉さんの趣味みたいなものだからね」
そう言う紅坂さんは、どこか嬉しそうに見えた。
「今も奈々瀬たち警察の方々が、捜索願いや目撃情報から僕のことを調べてくれています、ただ、手掛かりになりそうなものは見つかっていません。僕が覚えていることは、警察にはすべて話し終えていまして、現時点で僕にできることはないということで、奈々瀬さんから記憶を探す役に達かもしれないと紅坂さんを紹介されたんです」
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