魔法使いの同居人

たむら

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この中に魔女がいる

14話

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 面会の場所として指定されたのは、郊外にあるカラオケチェーンの一室だった。

 初対面の殺し屋と会う場所が密室というのは抵抗があったけれど、会話の内容が内容なだけに仕方がないと覚悟を決める。見知らぬビルや廃工場に連れ込まれるよりはずっとマシだと自分に言い聞かせた。

 指定された部屋に入り、そこにいた人物を見たとき、部屋を間違えたかと思った。

 一人は胸に東京の有名私立高校名がプリントされた紫色のジャージを着た男だった。しかしどう見ても高校生という年齢ではなかった。

 もう一人は驚くほどの端正な顔立ちの美少女で、こちらは年齢がよくわからない。幼いようにも成熟しているようにも見えた。

「あんたが赤峰月乃?」

 男が快活に笑いながら手を振る。そこでようやく彼らこそが、今回の面会相手だと認識することができた。それでも、この二人が殺し屋だと考えたわけではない。きっと仲介役か何かだろうと思った。

 しかしその考えは「俺が今回依頼を受けた殺し屋だ」と男が名乗ったことで砕け散った。

 この人たちが殺し屋?

 にわかには信じられなかった。

「心配すんな。これまで依頼に失敗したことがないのが俺たちの取り柄だ。ただ死体が残らずに依頼主と揉めたことは何回かあったけどな」

 俺の同様に気づいたのか、男は補足した。
 もちろん、そんな言葉で安心できるはずもない。

「俺は鏡音。こっちはアリスだ。どっちも偽名だけどな」

 鏡音は手を差し出した。無視するわけにもいかず、躊躇いながらも手を取る。

 隣にいるアリスと呼ばれた少女は俺に目もくれず、「兄様、次は何を飲みますか?」と微笑んでいた。俺は彼女との挨拶は後まわしにして二人の対面のソファーに座った。

「堅苦しいのは苦手なんだ。お互い敬語はなしにしよう」

 鏡音は前置きしてから本題に入る。

「依頼内容の概要はすでに聞いてる。今回は詳細を詰めたいんだけど、その前に俺の能力について説明は受けているか」
「能力? いいや、知らない。完全犯罪専門の殺し屋とだけ聞いている」

 鏡音を紹介してくれた人物はそれだけしか教えてくれなかった。あとは会ってからのお楽しみだと彼女は言っていたが、殺し屋と会うのが楽しいはずがなかった。

「お前の周りにトラブルメーカーって呼ばれるやつはいないか? そいつ自身が何をしているわけではないのに、なぜか周囲で事件が起きるやつ」
「やたら不運に見舞われる、不幸体質の友人ならいるけど」

 話が見えず、首を傾げながら俺は返した。

「俺はその不幸体質の極みみたいな存在なんだよ」

 意味がわからずに俺は黙ることで説明を促す。

「俺の周りではやたらと事件が起きる。それも殺人事件やら強盗だの物騒な事件ばかりな。ガキの頃から、とても偶然とはいえない頻度で起きるんだ。何故かなんて聞くなよ。お前だって生まれ持った体質や性格を指して、どうしてそんなもの持っているのかと聞かれたところで答えられないだろ。まあ、そんな普通に生活するうえで邪魔でしかない体質を何か活かせないかと俺は考えたわけだ。どんな能力だろうと、活かせる場所はあるはずだからな。そこで知り合いから提案されたのが、殺し屋になることだった。やり方はいたって簡単。俺がターゲットの周りをうろつくだけでいい。そうすれば事件が起きて勝手に死んでくれる。俺が直接手を下すわけじゃないから、捕まることもない」

 鏡音は一通りの説明を終えるとテーブルに置かれたメロンソーダを飲んだ。アリスも彼に倣ってジュースを飲んで一息つく。

 俺はというと説明を受けてみたはいいが、まるで理解できなかった。鏡音の発言を素直に受け入れるには、気になる点があまりにも多すぎる。

「待ってくれ。まるでわからない。あんたの体質については百歩譲って信じたとしよう。でも発生する事件は鏡音がどうこうできるわけじゃないんだろ。どうやってターゲットをピンポイントで殺すんだよ」
「そいつが死ぬまでどこまでも付いて周ればいい。一回目の事件で死ななかったとしても、二回三回と続けばいつかは死ぬ。俺がいれば刃傷沙汰には事欠かないからな。そんなわけだから、殺し方、場所、時間の指定は受け付けないぜ。そればっかりは俺には制御できない。それとターゲットをピンポイントで狙うことも無理。少なくない人間を巻き込むことになる。その代わり、一切の証拠を残すことなく仕事を完遂することは約束するぜ」

 ここまで聞いて、鏡音の話を鵜呑みにできるかと言われると、難しいというのが率直な意見だった。

 それでも、この男へ依頼することを決断したのは、紹介してくれた人物を信頼していたのと、失敗したとしてもリスクがないと思ったからだった。

「好都合なことにターゲットは来月、孤島に建てられた旅館へ宿泊するツアーに参加するらしい。これはチャンスだぜ。孤島と俺の組み合わせは最強だ。何も起きないはずがない」
「よくわからないけど、とりあえず頼んだよ。俺は適当な場所で報告を待ってる」
「何言ってんだ。お前も来るんだよ」
「何でだよ」

 思わず声が大きくなってしまった。
 そんな危険な現場に居合わせなければいけない理由がない。

「兄様の前で大きな声を出さないで」

 アリスが睨みつけてくる。

「場所を選びなさい」

 カラオケ店なのだから大きな声を出す場所としては適切だとは思うが、話が逸れるので脇に置く。俺は鏡音に向かって抗議する。

「そんな危ない場所に、何で依頼人が同行しなくちゃいけない」
「何でもくそもないだろ。殺しの場に居合わせるってのが、お前からの依頼じゃねぇか」

 そうだった。俺は自分の依頼内容を思い出して閉口する。

 目的を果たすためには俺が現場に居合わせることは絶対条件なのだった。しかし、まさかこんなわけのわからない方法で人殺しをするやつに依頼することになるなんて誰が想像できる。このことで過去の俺を責めるのはお門違いだろう。

「その事件ってのは、俺だけ都合よく巻き込まれないようにはできないのか?」
「事件を起こすんじゃなくて、勝手に起きるだけだ。俺には制御できねぇって言ったろ」

 の俺の望みは鏡音に一蹴される。肩から力が抜けていく。

「こんな不確定な殺し方で、今までよく客と揉めなかったな」
「依頼人が殺害現場に居合わせるなんて条件、始めてだっての。普通の依頼人は、安全な場所でコーヒーでも飲んで待つわけだから、殺しの方法についてあれこれ言ってこない。まあ、別の原因で客とは揉めることはよくあるが」
「お前自身はどうなんだよ。何が起きるかわからない以上、お前が被害者になる可能性だってあるわけだろ。どうやって生き延びるんだ?」
「俺にはこいつがいる」

 鏡音は隣のアリスの頭を撫でた。

「アリスは業界最強と言われている殺し屋だ。アリスがいる限り、何が起ころうと俺の安全は保障されたも同然だ」
「もちろんです。兄様は命に代えてもお守りします」

 目を瞑って鏡音の手に身をゆだねているアリスを見る。
 最強の殺し屋? この細身の少女が? 

「そんなわけで、お前も俺から離れるなよ。それを守れば何が起きようと安全は保障する」
「アリスから離れるな、じゃなくて?」
「アリスは俺から五メートル以上離れられないんだよ」

 俺が頭を傾げていると、艶っぽい表情で言った。

「五メートル以内であれば、核兵器が降ってこようと兄様を守れます。ですから、私はそれ以上兄様から離れません」

 なんとなく理屈はわかった。
 が、それ以上に気になることがあった。

「そんなに強いなら、アリスがターゲットを殺せば済む話じゃないのか?」

 鏡音が大げさにため息を吐く。

「それじゃあ完全犯罪にならないだろ。世界中に人殺しを生業にするやつは山ほどいる。けどな、自分の手を一切下さずに事を成し遂げられる奴は俺しかいないぜ。だから完全犯罪専門の殺し屋なのさ」
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