魔法使いの同居人

たむら

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この中に魔女がいる

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「落ち着いて聞いてほしい。この中に魔女がいる」

 静まり返った室内に灰髪の男の言葉が響いた。

 言っている意味がすぐにわからなかったのは、男の台詞があまりに荒唐無稽だったことだけが原因ではない。

 俺は背後の男から正面に視線を戻す。

 二十代後半と思しき女性が仰向けに横たわっている。見る限り目立った外傷はなく、服装や部屋の様子にも乱れた様子はない。それでも一目でそれが死体だとわかったのは、見開かれたままの黒ずんだ目や、力なく投げ出された手足から生気というものが一切感じられなかったからだ。

 室内には、騒ぎを聞きつけた館の利用客が何人かいたが、女性に近づこうとする人はいなかった。みんな避けるように死体から一定の距離を取っている。

 室内に入れず廊下から様子を覗く客もいた。室内外を合わせれば、十人以上はいるだろう。

 誰一人身動きが取れずにいる。呼吸することすら許されない緊迫感が部屋中を覆っている。

 そのとき俺の脇小さな影がすり抜けた。

 それは楓夜子かえでよるこという名の中学生の少女だった。一歩進むたび、頭頂部やや左寄りに結った髪の毛が前後左右に揺れる。

 女性の脇に膝をついたとき夜子の横顔が見えた。顔面は蒼白で、唇が震えている。

 これだけ大人がいて、誰も次に取るべき行動がわからずに静止している中、彼女だけがするべきことをわかっているようだった。俺たちはそれを黙って見ているだけだ。

 夜子は倒れている女性の身体を揺すりながら「お姉ちゃん」と繰り返し呼んだ。そんなことをしても意味がないことはきっと本人にもわかっているだろう。それでも、夜子も周囲の人間もそれを止めなかった。

 昨日夜子と話したとき、いとこのお姉ちゃんと一緒にこの館に来たのだと言っていたことを思い出す。まさかその翌日にこんなことが起きるなんて知る由もなかった彼女は、今とは別人のような天真爛漫さでこの旅行を楽しんでいるように見えた。

 胸がちくりと痛んだ。この感情は罪悪感だろうか。彼女には悪いことをしてしまった。

 夜子が先陣を切ったことで、止まっていた時間がようやく解け出した。思い出したように周囲がどよめき出す。女性に駆け寄る者、悲鳴を上げる者が現れ、突然騒々しくなる。「救急車を呼べ!」と誰かの叫ぶ声が聞こえる。

 そんな中、俺は相変わらず立ち尽くすことしかできずにいた。
 あの男が予告した通りになった。その事実に恐怖で身体が動かない。

 気づくと隣に灰髪の男が立っていた。俺よりも頭一つ分背が高いため、見上げる形になる。男は落ち着いているというより無感情のまま、正面の女性の死体を見つめていた。そして先ほどと同じ台詞を繰り返した。

「みんな落ち着いて聞いてほしい。この中に魔女がいる」

 男の言葉は喧騒の中に消え、俺以外の耳には届かなかった。
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