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魔法使いの同居人
12話
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放課後になり、僕は雨森さんのクラスにやってきた。
教室から出てしまう前にと急いで来たつもりだったけれど、すでに姿はない。教室にいた生徒に雨森さんの行方を聞いてみたが、誰も知らなかった。
正式な部活動であれば部室まで追いかけるという手もあったけれど、愛好会ですらない新聞部には当然部室なんてない。
手帳を返すのは明日にしよう。そんな考えに傾きかける。
別にこの手帳がなければ、新聞部の活動ができないというわけでもないだろう。
しかし、勝手に写真を見てしまったという罪悪感が、さっさと退却することを躊躇わせる。もう少しだけ探してみよう。
僕は最後に涼川さんが手帳を拾ったという鶏小屋へ行ってみることにした。
小屋のある中庭にたどり着くと、目的の人物をあっさりと見つけることができた。雨森さんは地面に這いつくばって、周囲をきょろきょろと見渡している。探し物をしていることがわかる。
ただでさえ小柄な体を丸く屈めているため、より小ささが強調される。小屋の前にいると逃げ出した小動物のようにも見えた。
僕の足音に気づいた雨森さんが振り返る。大きな目が今にも泣きだしそうなに潤んでいる。
「……千花くん、助けて。手帳をなくしちゃったの」
不憫に思ってしまうほど落ち込んでいた。
普段の自信満々な彼女とのギャップが激しい。
「これでしょ」
手帳を差し出した瞬間、目にも止まらぬ早業で奪い取られていた。獲物に飛び掛かる肉食獣のような機敏さだった。
奪われたときに爪が手の甲をかすめ、微かに血が滲みだしたが、愛おしそうに手帳を抱きしめる雨森さんを前に言い出すことはできなかった。
「ありがとう! でも、どうして千花くんが持ってるの?」
「友達が拾ったんだよ」
「よかった」
安堵の表情を浮かべる雨森さんだったが、だんだんと落ち着きを取り戻すと今度は顔が青くなっていく。
「中を見てないよね?」
「見てないよ」
反射的にそう答えてしまった。清々しいほどの大嘘だ。
一度言ってしまったからには、いまさら「実は――」とは口が裂けても言えない。僕は嘘を突き通すことを心に決めた。
頭の中から写真の記憶を追い出して、僕は雨森さんと向き合う。感情が顔に出ていないかが心配になり、こちらを観察するような丸い目から逃げ出したくなる。
しばらく見つめ合うと「まあ大丈夫だよね。千花くんは信用できる人だし」と笑顔になる。純粋な反応に胸が痛む。
「そうだ。千花くんに見てもらいたいものがあるんだ」
雨森さんは手帳を開くと一枚の紙を取り出した。差し出された紙を受け取ると、それは僕が見てしまった例の写真だった。背筋が冷たくなる。
「写真がどうかしたの?」
雨森さんの顔色を窺いながら、僕は恐る恐る訊ねる。
「というか、僕が見ちゃって大丈夫なの?」
「調査の一環なので問題なし」
親指を立てる雨森さんを見て肩から力が抜ける。この様子なら、覗き見てしまったことも、素直に言えば許してもらえたに違いない。無駄な気をまわしてしまった。
「この人に見覚えない?」
雨森さんに言われ、僕は教室で確認済みの写真を改めて覗く。初見のふりをすることは忘れない。「これは何の写真だ?」なんて白々しいセリフを言ってみたりする。
雨森さんの言っている「人」とは、フェンスの向こう側を歩いている二人の少女のことだろう。それ以外に人がいないのだから間違いない。
しかし、少女たちはだいぶ離れた位置にいるうえ、背中を向けているので、たとえそれが僕の知人であったとしても判断がつくはずがなかった。しかし僕に小学生の知り合いはいないので、顔が見えずとも回答は決まっていた。
「悪いけど、この子たちに見覚えはないかな」
「この子たち? 誰のことを言ってるの?」
「……? このランドセル背負った小学生の女の子のことだけど」
僕が指をさして説明すると、雨森さんはきょとんとした顔をしている。何かまずいことを言ってしまったのか。しかしいくら考えても自分の落ち度がわからない。お互いに黙っている時間が数秒続く。先に口を開いたのは雨森さんだった。
「他に気になることはない?」
試すような視線で僕を見上げてくる。目には彼女らしくない鋭さがあり、こちらの一挙手一投足を観察されているような緊迫感があった。
僕はもう一度写真を眺める。雨森さんのセリフには、この写真にはほかにも重要な何かが隠されているような含みがあった。それが何かを探り当てたい。しかし木の陰から空に浮かぶ雲まで隈なく観察してみてもそれらしいものは見つけられなかった。
「わからないな。僕何か見落としてる?」
「ううん、大丈夫。何でもないの」
何かを誤魔化しているのはあきらかだった。
雨森さんは顔色が見る見る赤みを帯びていく。興奮を抑えられないといった様子だ。
雨森さんの反応から重大な何かが起きたことは想像がついた。
しかし、その何かがわからない。かといって、一度「何でもない」と話を逸らされてしまっては、それ以上踏み込むことは難しい。もどかしさを覚えつつも、僕は黙ることしかできなかった。
「手帳拾ってくれてありがとね。それでは雨森特派員は取材に戻ることにします」
雨森さんはきれいに直立すると敬礼のポーズをとった。勢いあまって、掛けていた眼鏡が斜めに傾く。僕もつられて敬礼を返すと、雨森さんは回れ右をして足早に去っていった。
去り際に「もう一度作戦を練り直さないと」と呟く声が聞こえた。
教室から出てしまう前にと急いで来たつもりだったけれど、すでに姿はない。教室にいた生徒に雨森さんの行方を聞いてみたが、誰も知らなかった。
正式な部活動であれば部室まで追いかけるという手もあったけれど、愛好会ですらない新聞部には当然部室なんてない。
手帳を返すのは明日にしよう。そんな考えに傾きかける。
別にこの手帳がなければ、新聞部の活動ができないというわけでもないだろう。
しかし、勝手に写真を見てしまったという罪悪感が、さっさと退却することを躊躇わせる。もう少しだけ探してみよう。
僕は最後に涼川さんが手帳を拾ったという鶏小屋へ行ってみることにした。
小屋のある中庭にたどり着くと、目的の人物をあっさりと見つけることができた。雨森さんは地面に這いつくばって、周囲をきょろきょろと見渡している。探し物をしていることがわかる。
ただでさえ小柄な体を丸く屈めているため、より小ささが強調される。小屋の前にいると逃げ出した小動物のようにも見えた。
僕の足音に気づいた雨森さんが振り返る。大きな目が今にも泣きだしそうなに潤んでいる。
「……千花くん、助けて。手帳をなくしちゃったの」
不憫に思ってしまうほど落ち込んでいた。
普段の自信満々な彼女とのギャップが激しい。
「これでしょ」
手帳を差し出した瞬間、目にも止まらぬ早業で奪い取られていた。獲物に飛び掛かる肉食獣のような機敏さだった。
奪われたときに爪が手の甲をかすめ、微かに血が滲みだしたが、愛おしそうに手帳を抱きしめる雨森さんを前に言い出すことはできなかった。
「ありがとう! でも、どうして千花くんが持ってるの?」
「友達が拾ったんだよ」
「よかった」
安堵の表情を浮かべる雨森さんだったが、だんだんと落ち着きを取り戻すと今度は顔が青くなっていく。
「中を見てないよね?」
「見てないよ」
反射的にそう答えてしまった。清々しいほどの大嘘だ。
一度言ってしまったからには、いまさら「実は――」とは口が裂けても言えない。僕は嘘を突き通すことを心に決めた。
頭の中から写真の記憶を追い出して、僕は雨森さんと向き合う。感情が顔に出ていないかが心配になり、こちらを観察するような丸い目から逃げ出したくなる。
しばらく見つめ合うと「まあ大丈夫だよね。千花くんは信用できる人だし」と笑顔になる。純粋な反応に胸が痛む。
「そうだ。千花くんに見てもらいたいものがあるんだ」
雨森さんは手帳を開くと一枚の紙を取り出した。差し出された紙を受け取ると、それは僕が見てしまった例の写真だった。背筋が冷たくなる。
「写真がどうかしたの?」
雨森さんの顔色を窺いながら、僕は恐る恐る訊ねる。
「というか、僕が見ちゃって大丈夫なの?」
「調査の一環なので問題なし」
親指を立てる雨森さんを見て肩から力が抜ける。この様子なら、覗き見てしまったことも、素直に言えば許してもらえたに違いない。無駄な気をまわしてしまった。
「この人に見覚えない?」
雨森さんに言われ、僕は教室で確認済みの写真を改めて覗く。初見のふりをすることは忘れない。「これは何の写真だ?」なんて白々しいセリフを言ってみたりする。
雨森さんの言っている「人」とは、フェンスの向こう側を歩いている二人の少女のことだろう。それ以外に人がいないのだから間違いない。
しかし、少女たちはだいぶ離れた位置にいるうえ、背中を向けているので、たとえそれが僕の知人であったとしても判断がつくはずがなかった。しかし僕に小学生の知り合いはいないので、顔が見えずとも回答は決まっていた。
「悪いけど、この子たちに見覚えはないかな」
「この子たち? 誰のことを言ってるの?」
「……? このランドセル背負った小学生の女の子のことだけど」
僕が指をさして説明すると、雨森さんはきょとんとした顔をしている。何かまずいことを言ってしまったのか。しかしいくら考えても自分の落ち度がわからない。お互いに黙っている時間が数秒続く。先に口を開いたのは雨森さんだった。
「他に気になることはない?」
試すような視線で僕を見上げてくる。目には彼女らしくない鋭さがあり、こちらの一挙手一投足を観察されているような緊迫感があった。
僕はもう一度写真を眺める。雨森さんのセリフには、この写真にはほかにも重要な何かが隠されているような含みがあった。それが何かを探り当てたい。しかし木の陰から空に浮かぶ雲まで隈なく観察してみてもそれらしいものは見つけられなかった。
「わからないな。僕何か見落としてる?」
「ううん、大丈夫。何でもないの」
何かを誤魔化しているのはあきらかだった。
雨森さんは顔色が見る見る赤みを帯びていく。興奮を抑えられないといった様子だ。
雨森さんの反応から重大な何かが起きたことは想像がついた。
しかし、その何かがわからない。かといって、一度「何でもない」と話を逸らされてしまっては、それ以上踏み込むことは難しい。もどかしさを覚えつつも、僕は黙ることしかできなかった。
「手帳拾ってくれてありがとね。それでは雨森特派員は取材に戻ることにします」
雨森さんはきれいに直立すると敬礼のポーズをとった。勢いあまって、掛けていた眼鏡が斜めに傾く。僕もつられて敬礼を返すと、雨森さんは回れ右をして足早に去っていった。
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