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見聞録

嘘つきさんは甘い蜜を吸っていたい ⑱

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 時は遡る。
 イグナシオが筆頭となり、邪教信者たちとの争いを終える頃。

 某国の魔瘴の封印結界があった付近からやや離れた場所の地面に、異変が生じていた。
 なんの変哲もない土肌の地面の一か所が、徐々に盛り上がっていく。みるみるうちに出来上がっていく、巨大なモグラ穴のようなもの。

 最終的に開通したそこから顔を出したのは、モグラではなくモンスターだった。

 巨大なねずみに近しいモンスターであるラスリと、巨大なハリネズミに近しいモンスターであるエリチョクたち。彼らがぞろぞろと地面から出てくる。
 ラスリとエリチョクは、鋭い鉤爪を持っていた。その爪で敵を攻撃するだけでなく、穴も掘る。

 しかしながら、ここら一帯にラスリやエリチョクたちは元々生息していない。
 彼らは要請を受け、他国からわざわざこちらに赴いていた。

「あ~、やっと地上に戻れたっ!」

 ラスリやエリチョクたちが掘った穴から、人族が一人這い出てくる。
 軍手とゴーグルとマスクをつけ、探鉱者のような格好。背は低く、百五十センチほどもない。体のシルエットは、女性であることを示す。

「地上の空気だ~」

 最初に軍手、それからゴーグル・マスク・ヘルメットを外し、女性は大きく伸びをした。ヘルメットの中に押し込んでいた薄葡萄色の髪が、風で揺れる。
 その女性は、リアトリスだった。

「本当に、地上の空気が新鮮」

 リアトリスの後に地面から出てきたトリクシーが、ほっとしたように呟く。

「ね~」

 リアトリス同様土塗れになったトリクシーに、リアトリスは苦笑しながら返事をするばかり。

「ともかく、お疲れさまでした。みんなの協力のおかげで、魔瘴消滅とトリクシーの救助が無事達成できました。改めてありがとうございます」

 髪の毛が地面につきそうになるほど、深々と頭を下げるリアトリス。
 ラスリやエリチョクたちが数匹鳴き声を出すと、リアトリスはゆっくりと顔を上げた。
 薄葡萄色の瞳には、やり切った感に満ちたラスリやエリチョクたちが映る。

 トリクシーが本当に魔瘴を消滅したかのように演出できたのは、ラスリやエリチョクたちの協力のおかげだ。彼らはまさしく陰の功労者だった。

 トリクシーたち一行が国を訪問する一足先に、リアトリスやラスリやエリチョクたちはこの地を訪れていた。
 予め魔瘴の封印結界の場所を教えられていたリアトリスたちは、今いる場所の地下から魔瘴の封印結界に向かって穴掘りを開始。もちろん、穴掘りのほとんどはラスリやエリチョクたちが担った。

 ラスリやエリチョクたちが、地面に半分埋められた魔瘴の封印結界の根元まで穴を掘り続けることは、できなかった。
 モンスターたちとて、魔瘴の狂気に嫌悪感を抱く。

 そのため、途中からはリアトリスがせっせとシャベルを動かして、魔瘴の封印結界の根元が見えるまで土を掘り続けた。
 それから、通信の魔道具を介し、地上にいるトリクシーの言動を把握しながら、リアトリスが魔瘴の封印結界内に自身の魔力を注入。魔瘴を消滅する作用のあるリアトリスの魔力によって、封じられていた魔瘴は完全に失われた。
 そうすることで、地上にいるトリクシーがあたかも魔瘴を消滅したかのように見せたのである。

 魔瘴消滅後は、邪教信者たちを捕縛するどさくさに紛れて、トリクシーは自身に「気配遮断の魔法」を行使。大勢の者から自分の姿を見えなくしながら、魔瘴の封印結界があったくぼんだ地面に敢えて落ちた。
 くぼんだ地面の底には、リアトリスが開けた穴があり、トリクシーはその穴を通じてリアトリスたちと合流。
 その後は、ラスリやエリチョクやリアトリスの掘った穴をきちんと塞ぎ、地上へ戻るだけ。

 見事計画通り。
 偽物ながら聖女としての役目を終えたトリクシーの瞳から、ぽろっと涙が零れ落ちる。

 今、無傷で生きていることの安堵感。
 大勢を騙した罪悪感。
 偽物の聖女を演じる重圧からの解放感。 

 そんな感情がどっと押し寄せ、トリクシーの目から涙を流させる。
 涙で視界を歪めながらも、トリクシーは周囲の者たちに勢いよく頭を下げた。

「私の方こそ、本当にお世話になりましたっ!!」

 涙声の感謝に対し、モンスターたちは次々に鳴き声で返事をする。
 トリクシーの姿を見て、リアトリスは自分の決断は間違っていなかったと改めて思った。


 * * *


 泥や土汚れを落としてから、一仕事終えたリアトリスたちはルミエル国南部にある温泉へ向かう。
 やや熱めの温泉に、リアトリスとトリクシーは浸かっていた。周囲には、ニオイバンマツリの花の芳香に近しい香りが漂っている。
 すっぴんのトリクシーの顔や頬には、そばかすがあった。普段は化粧で隠していたらしい。

「あの、リース」
「何?」
「その、自分の魔力の秘密、世間に公表しないままで本当にいいんですか? もちろん、そうせざるを得ない理由は、理解してますけど」

 躊躇いながらもされた質問に、リアトリスはゆっくりと首を縦に振った。

「うん、それでいい」
「私のような偽者がまた現れるかもしれませんよ。それで功績や名声を奪われるんです」
「それでも、私は構わないよ。まあ、やっぱり褒められたことじゃないとは思うけどね」
「そう、ですよね」

 罪悪感で縮こまるトリクシーを見て、リアトリスは困った表情になる。

「あのね、トリクシー。詳細は明かせないけど、魔瘴あれをなくすことで、私が本当に欲しいものの一つは、トリクシーが想像してるようなものじゃないんだ」

 悩んだ末、リアトリスはやや話題を逸らすことにしたようだ。

「そう、なんですか?」
「うん。でもってそれは、私の秘密や存在を明るみしにしなくても、多分得られるもので。だから、私はこのままでいいの」

 落ち着いて言い切ったリアトリスの横顔は、とても穏やかだった。
 トリクシーは二度ほど首を縦に振る。そうさせるほど、リアトリスは穏和な表情を浮かべていた。

「とにかく、トリクシー。私に対して負い目を感じる必要は一切ないから」
「・・・・・・はい」
「こう言っちゃなんだけど。偽物とか本物とか、はっきり見破らない方がいいものも、世の中にはあると思うんだよね。偽っているのは、複雑な事情がある場合もあるからさ。本物なのに偽物でいなくちゃいけない、それなりの理由があるっていうかさ」
「えっ!?」

 独り言のように呟いたリアトリスの発言内容に、トリクシーはやや驚く。
 そんなトリクシーに、リアトリスは清々しい笑顔を見せた。

「もう少ししたら、帰ろっか?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、イオたちにもそろそろ帰ろうって言ってくるね」
「分かり、ました」

 リアトリスは温泉から上がると、水着姿で夫たちを探しに行く。
 リアトリスの後ろ姿を見送りつつ、トリクシーは頭を悩ませる。

 本物なのに、偽物として振る舞っている人物。
 リアトリスが示唆したのは、リアトリス本人のことか。それとも、夫であるイグナシオのことか。
 あるいは、その両方か。

 どれが正解か、トリクシーは結局分からなかった。
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