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見聞録
嘘つきさんは甘い蜜を吸っていたい ⑰
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つい先日、とある少女がソランジュの義妹になった。
名前はベアトリス。
目線の高さでポニーテールに結われた茶色い髪。毛先には、少しだけ波打っているような癖がある。
そばかすメイクしたかのように顔にあるそばかすが、印象的な少女だった。
ノムトン国城のとある部屋に、ベアトリスはいた。
控えめなノック音が聞こえ、ベアトリスは部屋のドアを開けに行く。
「ナタリヤ様のご様子はどう?」
「はい。先ほどお眠りになられたところです」
顔を出した上司に、ベアトリスはハキハキと報告した。
部屋のベビーベッドでは、イグナシオの姪の一人がすやすやと寝ている。
その様子を自身の目でしかと確認してから、ベアトリスの上司であり義姉となった人物は、再びベアトリスに視線を戻した。
「そう。なら、これから母のところに行ってきなさい。それで課題をもらって、しっかりこなしてきてね」
髪と瞳の色だけでなく、顔立ちまでソランジュに似ている女性は、ほほ笑んで告げる。
彼女はズザナ。正真正銘、ソランジュの姉だ。ベアトリスにとっては、義姉であり、上司である。
「はい」
ベアトリスは、一瞬顔を引きつらせた。
まだまだ未熟な義妹を、ズザナは表情だけでやんわり諫める。それから、いろいろな意味に取れそうな微笑を見せつけた。
「私、ソランジュほど甘くないから」
「はい、しかと理解しています」
手厳しい義姉の言動に、ベアトリスは嫌でももう一人の義姉を思い出す。次いで、ノムトン城へ訪問する前、ソランジュからされた忠告も思い出した。
『姉は私ほど甘くないから』
音には出さず「似た者姉妹」と本音を語るは、ベアトリスの唇。
気が重くなりながらも、ベアトリスは指示に従い歩き出した。これから容赦ない訓練が待っている。
日が暮れた頃、ベアトリスの訓練は終わりを告げた。
同い年の少女たちが音を上げるであろうしごきを受け、ベアトリスはくたくただ。真冬にもかかわらず大汗をかき、すぐにシャワーで体を清めなくてはいけなかった。
体力と気力の急激な消耗で食欲が落ちるどころか、むしろ食欲が増加するベアトリス。身なりを整えると、使用人たちに設けられた食堂に直行。同年代の少年たち並みの量の食事を、みるみるうちに平らげた。
夕食後、ベアトリスはさっさと食堂から出る。
共同の寝室部屋に行き、寝るのかと思いきや。ベアトリスはテーブルの上に焼き菓子や飲み物などを並べ始めた。椅子に座るなり、夕食後のおやつタイムがスタートする。
「ベアトリスったら、本当によく食べるわね。若いってすごいわぁ」
シャワーを浴びて戻って来たらしい年上の同僚が、ベアトリスを見て感心していた。
「若いって。先輩まだ二十代半ばじゃないですか」
「そうは言ってもらえてもねぇ。十代半ばと二十代半ばじゃ、全然違うものよ」
ベアトリスに先輩と呼ばれた女性は、腕組みしながら苦笑いする。
「そういうものですか」
「ええ。十年経てば、嫌でも分かるわよ」
人生の先輩の言葉に、ベアトリスはこくこくと相槌を打つばかり。
「それにしても、あなたって物好きよね。ナタリヤ様付きの侍女になるより、姫様のところにいた方が楽できたでしょうに」
ベアトリスと同室の彼女は、ズザナの親友だ。ズザナやソランジュの義妹になる前のベアトリスの正体を知っている。
真っ直ぐに本音をぶつけられ、ベアトリスは困ったように笑った。
「そうですね。ナタリヤ様の専属侍女への道は確かに苛酷で、毎日大変です。けど、この選択をしたことを後悔していません」
緑色のカラーコンタクトをしている瞳は、しかと覚悟を表している。
「あんなことをしでかした私だからこそ、自分の特技を活かしたいと思いました。それに、こちらで厳しく指導してもらって成長できれば、いつか姫様や私を信じてくれた人たちに恩返しできるはずなので」
やりがいに満ちた、楽しそうな顔を見せるベアトリス。
「そっか」
ベアトリスの隣の椅子に座りながら、先輩女性は安心したようにほほ笑んでいた。
「先輩もスコーンいかがですか?」
「じゃあ、一個だけもらうわ」
そうして二人は仲良くスコーンを食べる。
桑の実ジャムやこけももジャムに飽きたのか、ベアトリスは割ったスコーンに蜂蜜をたっぷりかけていた。
「そんなにかけて、甘ったるくない?」
「はい、私はこのくらい甘い方が好きなんですよね。私の生まれたところって、甘い物はご馳走で。角砂糖一つですら、特別なものでしたから」
「そうね。そうだったわね」
ベアトリスがあまりにも明るく言ったこともあり、先輩女性は敢えて同情しない。
ベアトリスは蜂蜜がたっぷりかかったスコーンの一切れを頬張る。蜂蜜ムースがおいしいミルクティーを飲んで、更に頬を綻ばせた。
「これからも甘くておいしいもの食べ続けるために、私と同じような境遇の子においしいもの食べさせてあげるためにも、私めげませんっ!」
「うんうん。そのためにも、いっぱい食べて成長しなさい」
元偽物聖女だった少女は、王女の専属侍女になるため、これからも奮闘し続けていく。
名前はベアトリス。
目線の高さでポニーテールに結われた茶色い髪。毛先には、少しだけ波打っているような癖がある。
そばかすメイクしたかのように顔にあるそばかすが、印象的な少女だった。
ノムトン国城のとある部屋に、ベアトリスはいた。
控えめなノック音が聞こえ、ベアトリスは部屋のドアを開けに行く。
「ナタリヤ様のご様子はどう?」
「はい。先ほどお眠りになられたところです」
顔を出した上司に、ベアトリスはハキハキと報告した。
部屋のベビーベッドでは、イグナシオの姪の一人がすやすやと寝ている。
その様子を自身の目でしかと確認してから、ベアトリスの上司であり義姉となった人物は、再びベアトリスに視線を戻した。
「そう。なら、これから母のところに行ってきなさい。それで課題をもらって、しっかりこなしてきてね」
髪と瞳の色だけでなく、顔立ちまでソランジュに似ている女性は、ほほ笑んで告げる。
彼女はズザナ。正真正銘、ソランジュの姉だ。ベアトリスにとっては、義姉であり、上司である。
「はい」
ベアトリスは、一瞬顔を引きつらせた。
まだまだ未熟な義妹を、ズザナは表情だけでやんわり諫める。それから、いろいろな意味に取れそうな微笑を見せつけた。
「私、ソランジュほど甘くないから」
「はい、しかと理解しています」
手厳しい義姉の言動に、ベアトリスは嫌でももう一人の義姉を思い出す。次いで、ノムトン城へ訪問する前、ソランジュからされた忠告も思い出した。
『姉は私ほど甘くないから』
音には出さず「似た者姉妹」と本音を語るは、ベアトリスの唇。
気が重くなりながらも、ベアトリスは指示に従い歩き出した。これから容赦ない訓練が待っている。
日が暮れた頃、ベアトリスの訓練は終わりを告げた。
同い年の少女たちが音を上げるであろうしごきを受け、ベアトリスはくたくただ。真冬にもかかわらず大汗をかき、すぐにシャワーで体を清めなくてはいけなかった。
体力と気力の急激な消耗で食欲が落ちるどころか、むしろ食欲が増加するベアトリス。身なりを整えると、使用人たちに設けられた食堂に直行。同年代の少年たち並みの量の食事を、みるみるうちに平らげた。
夕食後、ベアトリスはさっさと食堂から出る。
共同の寝室部屋に行き、寝るのかと思いきや。ベアトリスはテーブルの上に焼き菓子や飲み物などを並べ始めた。椅子に座るなり、夕食後のおやつタイムがスタートする。
「ベアトリスったら、本当によく食べるわね。若いってすごいわぁ」
シャワーを浴びて戻って来たらしい年上の同僚が、ベアトリスを見て感心していた。
「若いって。先輩まだ二十代半ばじゃないですか」
「そうは言ってもらえてもねぇ。十代半ばと二十代半ばじゃ、全然違うものよ」
ベアトリスに先輩と呼ばれた女性は、腕組みしながら苦笑いする。
「そういうものですか」
「ええ。十年経てば、嫌でも分かるわよ」
人生の先輩の言葉に、ベアトリスはこくこくと相槌を打つばかり。
「それにしても、あなたって物好きよね。ナタリヤ様付きの侍女になるより、姫様のところにいた方が楽できたでしょうに」
ベアトリスと同室の彼女は、ズザナの親友だ。ズザナやソランジュの義妹になる前のベアトリスの正体を知っている。
真っ直ぐに本音をぶつけられ、ベアトリスは困ったように笑った。
「そうですね。ナタリヤ様の専属侍女への道は確かに苛酷で、毎日大変です。けど、この選択をしたことを後悔していません」
緑色のカラーコンタクトをしている瞳は、しかと覚悟を表している。
「あんなことをしでかした私だからこそ、自分の特技を活かしたいと思いました。それに、こちらで厳しく指導してもらって成長できれば、いつか姫様や私を信じてくれた人たちに恩返しできるはずなので」
やりがいに満ちた、楽しそうな顔を見せるベアトリス。
「そっか」
ベアトリスの隣の椅子に座りながら、先輩女性は安心したようにほほ笑んでいた。
「先輩もスコーンいかがですか?」
「じゃあ、一個だけもらうわ」
そうして二人は仲良くスコーンを食べる。
桑の実ジャムやこけももジャムに飽きたのか、ベアトリスは割ったスコーンに蜂蜜をたっぷりかけていた。
「そんなにかけて、甘ったるくない?」
「はい、私はこのくらい甘い方が好きなんですよね。私の生まれたところって、甘い物はご馳走で。角砂糖一つですら、特別なものでしたから」
「そうね。そうだったわね」
ベアトリスがあまりにも明るく言ったこともあり、先輩女性は敢えて同情しない。
ベアトリスは蜂蜜がたっぷりかかったスコーンの一切れを頬張る。蜂蜜ムースがおいしいミルクティーを飲んで、更に頬を綻ばせた。
「これからも甘くておいしいもの食べ続けるために、私と同じような境遇の子においしいもの食べさせてあげるためにも、私めげませんっ!」
「うんうん。そのためにも、いっぱい食べて成長しなさい」
元偽物聖女だった少女は、王女の専属侍女になるため、これからも奮闘し続けていく。
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