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見聞録

Who is ラシャンピニョン夫人 ? ③

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 ケヴァンと踊った後も、アンは様々な相手と踊り続けた。
 それはステラも同様で、お互い競い合うようにプロ並みの踊りを披露し続ける。
 飲み物で喉を潤すほどの小休憩や、客たちとの雑談もそこそこに、その他は専ら踊っていた。疲労など微塵も感じさせない。
 生き生きとする、踊り好きなアンとステラ。二人を見て、イグナシオはもはや呆れていた。

「あれはリースが言うところの、『ほりっく』だな」
「どういう意味ですか、それは?」

 隣に立つケヴァンが、聞き慣れない言葉に対し、興味深そうにイグナシオに訊ねる。
 シャルロットは既に意味を知っていたらしい。やや甘口の白ワインを、静かに飲んでいる。

「中毒だと。何かに対して強く依存するわけだから、何かが大好きだ的な意味でも使われるらしい」
「そうなのですね」

 男二人はアンとステラを見た。ホリックと揶揄されるほど、彼女たちは、確かに踊ることに夢中である。

「確かに彼女たちは踊りが大好きだろうが、イオに揶揄われる筋合いないと思うけどな。イオだって、ドラゴンや竜たちには『ほりっく』並みの執念があるだろ」

 シャルロットは冷静に指摘した。
 ケヴァンは「そうかもしれませんね」と、にこやかに相槌を打つ。
 一方、やや異常なまでのドラゴン系モンスター・竜系モンスター愛を揶揄されたイグナシオは、妻との会話を思い出していた。

『全くっ! ホリック並みに、イオはドラゴン系・竜系モンスターが大好きなんだから。・・・・・・あれ、でも? 猫好き・犬好きは、キャットパーソン・ドッグパーソンって言ってたっけ? ドラゴンホリック、ドラゴンパーソン・・・・・・。まあ、いっか。どうせもう正解なんて分からないし』

 その発言終わりの妻が明るかったからこそ、今イグナシオはクスっと思い出し笑いできる。
 楽しい雰囲気のイグナシオを、ケヴァンとシャルロットが優しく見ていた。

「どうしました?」
「実は」

 ケヴァンに促されるようにして、イグナシオは妻とのやり取りを二人に話す。
 話に耳を傾けつつ、ケヴァンとシャルロットは時折和やかに相槌を打った。妻と出会ってから幸せな顔が増えたイグナシオを、眩しそうに見つめながら。


 * * *


 舞踏会の終わりを告げる時刻が迫ってきた。
 シャルロットとケヴァンは、イグナシオに笑顔を見せて、どこかへと去って行く。
 イグナシオは真面目な瞳で見送った。二人の後ろ姿が見えなくなると、アンの姿を探す。
 青い双眸がアンの姿を捉えたとき、彼女はテラス席で休憩していた。
 一人でいるアンに、ステラが静かに近づいていく。
 ステラのアンへの接近に気づき、イグナシオの顔は険しくなる。距離があるアンたちの場所に、急ぎ向かった。

「想像を超えて、アン様の踊りは素晴らしかったですわ」
「あら、光栄ですわ。ステラ様の踊りも、聞き及んでいた以上に素敵でした」
「それはどうもありがとうございます」

 互いを褒めて、二人は勝気なほほ笑みをぶつけ合う。

「アン様。踊り疲れたでしょう? お飲み物はいかがですか?」

 アンは便利な異空間倉庫「道具」から、シャンパングラスを二つ取り出した。
 グラスには、赤い液体が既に注がれている。毒キノコアカタケを押し潰した際に出る汁に見えて、アンはなぜか頬を紅潮させた。

「ええ、喜んで」
「どうぞ」

 ステラは不敵な笑みで、アンにグラスを差し出す。淡い黄褐色の瞳に、不気味な闇が宿っていた。
 アンはステラに潜む不穏に気づいていながら、嬉々として怪しい飲み物を受け取る。「鑑定」せずとも、毒が混入されていると思われる飲み物だった。
 グラスをやや上に掲げるようにして、アンとステラは妖しく口角を上げる。
 イグナシオがテラスに足を踏み入れたとき、アンは毒々しい液体を煽っていた。
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