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見聞録

Who is ラシャンピニョン夫人 ? ②

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 純白のドレス姿の少女たちと、彼女たちとペアになる男性のダンスで、舞踏会は幕を開ける。
 純白のドレスに身を包んだ少女たちは、全員この舞踏会の初参加者たちだ。初々しい様子で、円舞曲に合わせてステップを踏む。

 アンも舞踏会は初参加だが、彼女たちに加わらなかった。夫人の立場として、未婚のうら若い乙女たちと踊ることは避けた次第である。
 そもそも、アンのイブニングドレスはエメラルドグリーン。ドレスの色が、舞踏会で最初に踊るわけがないことを告げていた。

 少女たちのお披露目が終われば、まだ踊っていない招待客たちが、ダンスホールへ流れるようになだれ込む。
 その流れに乗ることをイグナシオは軽く渋っていたが、踊る気満々のアンに連れ出された。
 再び生演奏の円舞曲が奏でられる。音楽に合わせて、客たちは一斉に踊り始めた。
 踊りが得意な者、踊りなれない者。客たちの踊る力量には、ピンからキリまである。それでも、みな思い思いにダンスの時間を楽しんでいた。

「イグナシオ王子とお連れ様、素敵だわ」
「本当に。息が合っていらっしゃる」

 先ほど踊り終えた少女たちが、ほうと感嘆の声をもらす。
 少女たちの視線の先には、優雅に踊るイグナシオとアンの姿があった。

「ステラ様を見て」
「まあ。あんなに華麗な動きで踊れるなんて、さすがステラ様だわ」

 違う少女たちは、黄土色の髪を結った少女を称賛していた。彼女はホスト側の娘だ。
 ステラとペアの男性のキレのあるダンスは、見ている方も気持ちがいい。視界に入れば、ついつい魅了されてしまう。
 踊り終わり、アンとステラはどちらともなく互いを見た。視線がぶつかった瞬間、アンはにこりと、ステラは好戦的な笑みを浮かべる。
 ただ、ステラの淡い黄褐色の瞳の奥には、不穏な翳りがあった。
 イグナシオは見つめ合う二人を遠ざけるように、アンの手を引いてダンスフロアから離れる。

「安心はできないな」

 拙い日本語で、イグナシオは呟く。

「やっぱり、自然に解除される見込みはなさそうね。踊りが好きな本能が、あれに・・・勝ってくれることを願っていたのだけれど」

 打ち合わせ通り、アンはイグナシオに分かる日本語で返事をした。イグナシオとは違い、流暢に日本語を話す。
 イグナシオは目を細め、何やら考え込む。

「やはり、そう上手く事は運ばない、か」
「そうかもしれない。だけど、私たちが事を上手く運べばいいだけでしょう?」
「そうだな」

 明るく前向きなアンに、イグナシオは軽く笑った。
 イグナシオのそんな表情を初めて目にした者たちは、時が止まったかのように硬直した。それだけ、普段無表情に見えがちなイグナシオの笑みは珍しかった。
 
「さあ、また踊りましょう」
「俺は少し喉が渇いたんだが」

 アンとイグナシオは、日本語を話すのを止め、この世界の共通言語に切り替える。
 踊る意欲がありすぎるアンを、イグナシオはほんの少し呆れていた。
 そんな二人に、一組の男女が近づいてくる。

「それじゃあ、今度は私たちと踊らないか?」
「シャル、ケヴァン」

 イグナシオはまたもや口角を上げ、アンも嬉しそうに笑顔になる。

 二人に話しかけたのは、シャルロットだった。グランドゥール国の王女であり、イグナシオの幼馴染である。
 艶めくストロベリーブロンドの髪。ふさふさの長いまつげ、パッチリ二重の愛らしい大きな目には、エメラルドの輝き。色白で品格溢れる陶器肌。イグナシオの妻が大絶賛する美少女である。

 シャルロットのエスコートを務めるのは、当然彼女の夫であるケヴァンだ。
 白っぽい金の長髪はサラサラで、首の後ろで一つにまとめられている。薄い青空のような水色の瞳は、澄んでいるように美しい。物腰が柔らかい印象の、美丈夫だ。

「久しぶりに私と踊るのも悪くないだろ」
「そうだな」

 揶揄い口調のシャルロットに、イグナシオは手を差し出す。シャルロットがイグナシオの手を取ると、二人は慣れた歩調でダンスフロアに向かった。

「では、私たちも行きましょう」
「喜んで」
 
 ケヴァンとアンも、それぞれのパートナーを追うように、仲良くダンスフロアに立つ。
 曲調が変わり、そのビートに合わせて、フロア上の者たちの体が動き出した。

「やはり踊りが上手ですね」
「お世辞でも嬉しいですわ。ケヴァン、様、もお上手ですね」
「それは良かった」

 ケヴァンのリードは巧みで、アンはケヴァンと踊るのが本当に楽しい。それはアンの表情が、ありありと物語っていた。
 アンの様子に、ケヴァンは嬉しそうに目を細める。しかし、徐々に同情の面持ちに変わった。

「こんなに素敵なあなたと今宵踊れなくて、ご主人は残念でしたね。あなたと踊りたかったでしょうに」
「ええ。寝込み続ける彼女・・に八つ当たりしていたほどです」
「そうでしたか」

 アンとケヴァンは揃って苦笑いした。二人の頭には、不機嫌なアンの伴侶の姿が浮かんでいる。
 
「いつか、この姿でと踊れる日がきっと来るはず。そのときを楽しみに待つことにいたします」
「そうですね。あなた方の優しい首領が、いつの日かきっとその願いを叶えてくれるでしょう」
「はい。私たちの自慢の首領ですもの」

 その後二人は左回りに進むように、ステップを踏んだ。
 それから、アンは一度小首を傾げる。

「こうした踊りを嫌がる点だけは、いくら事情があるとはいえ、理解に苦しみますけどね。こんなに楽しいですのに」
「誰にもでも苦手なものが一つはあるものです」

 ケヴァンは眉を平らにして、優しく諭すように語った。
 アンはケヴァンが克服できないものを思い出す。

「そうですわねぇ」

 イグナシオたちとの新婚旅行での出来事を思い出しながら、アンはしみじみと同意した。
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