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見聞録

嘘つきさんは甘い蜜を吸っていたい ⑤

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 注文し提供された品々を、エリー・テネヴ・例の少女が大変満足しながら完食終えた後。
 時刻は十六時、【ムーンダスト】はいつも通り営業準備中となった。十七時になれば、再び夜の営業に入る。

 【ムーンダスト】の店内は、客がいなくなり、がらんとしていた。
 店内に残っているのは、店員とエリーとテネヴ、そして件の少女だけである。

 少女の目的であった、【ムーンダスト】の期間限定の菓子類。十六時少し前に、きちんと少女とエリーはそれらを買い終え、会計を済ませていた。
 本来であれば、少女が【ムーンダスト】に残る理由はもうない。
 けれども、少女が予想だにしなかった異例の事態により、そうもいかなくなってしまった。

 初対面であるソランジュたちが、少女の守り通したかった嘘を既に見抜いていたこと。また、少女自身、偽っていることをソランジュたちに正直に認めてしまった。
 少女にとってそれ以上に最悪だったのが、少女を邪魔に思っている連中の魔の手が迫っていたことである。

 それらの事態を、少女が全く予測していなかったわけではない。少女とて、遅かれ早かれいずれはそうなると踏んでいた。

 「魔瘴の消滅」。

 そんな神業ができると、大勢の目を欺く。
 それは、大芝居を打つようなもの。だから、そのリスクを背負う覚悟は、少女なりに持ってはいたのである。
 ただ、少女の予想に反して、危機が迫るのが思いの外早かった。そのため、少女はエリーやソランジュたちに「偽物」呼ばわりされて、動揺を隠せなかったのだ。

 少女は移動したテーブル席で、頭を悩ませている。
 ソランジュもエリーもテネヴも、少女と同席していた。

 ソランジュ以外の店員たちは、彼女たちをさして気にする様子もない。
 コカトリスたちモンスター店員に至っては、思い思いの場所で賄いを食べて寛いでいた。
 店主たちも似たようなもので、カウンター席で一息ついている。
 そんな店員たちが聞き耳だけはそれとなく立てる姿勢でいることなど、自分のことで頭がいっぱいな少女が気づけるはずもない。

「これからどうするつもり? まだあんな馬鹿げたこと続ける気なの?」

 右腕で頬杖をつきながら、ソランジュが呆れた口調で少女に問う。
 少女は首をゆっくりと横に振るも、難しい顔をしていた。

「まさか。私だって・・・・・・いつかは終わりが来ることくらい、終わらせなきゃいけないことくらい、覚悟してた。こんな嘘ずっと隠し通せるわけないし、一生続けられるなんて夢を見てはいなかったわよ」
「でしょうね」

 ソランジュだけでなく、エリーもテネヴも、少女の言葉に大きく頷く。
 そして少女は、深い溜息をもらした。

「でも、今すぐやめるわけにはいかない。いえ、そんなことできないわ」

 膝の上でこぶしを固く握りしめたまま、少女は真剣な口調で覚悟を示す。
 少女のそんな様子は、彼女が訳ありだからこそあんな愚行をしていることを、ありありと物語っていた。
 エリーとテネヴは、そんな少女をじっと無言で見つめている。
 ソランジュといえば、何やら考え込んでいるようだった。

 数分後に口を開いたのは、ソランジュである。

「確認したいことがあるんだけど、いいかしら?」
「・・・・・・どうぞ」
「あんな馬鹿げたこと、バレるまでやり抜こうなんて本当に思ってない?」
「思ってないわ」

 ソランジュから目を逸らすことなく、少女ははっきりと即答する。

「そう。今すぐやめられない事情があるみたいだけど、いつか本気でやめる気はあったのね? いえ、あるのね?」
「そう言っているでしょ」

 再確認するソランジュ。
 少女は質問に対してくどいと示唆する気持ちと、今後の不安が募り、それらの感情がごちゃ混ぜになったのだろう。やや覇気に乏しい返事をした。
 ソランジュは少女を見定めるように見ながら、にやりと笑う。

「あなた、次を最後に道化をきちんと演じ切って、そこそこきれいに退場しちゃわない?」
「へ?」

 ソランジュの提案に、少女は間抜けな声を出した。
 それを聞いた【ムーンダスト】の店主夫妻は、ふっとほほ笑みを浮かべる。
 困惑する少女に、ソランジュはにんまりとした笑顔で話しかけた。

「それが最善だと思うわよ。嘘とはいえ、あなたたちが表立って魔瘴を消していくように見せかける行為を、これ以上良しとしない連中が動き出してる。あの国・・・の奴らは、あなたの命を奪う気満々よ~。だったら、殺される前に、あなたの方で先に表舞台から・・・・・消えてしまえばいい」
「つまり、次で逃げろと?」
「まあ、そうなるわね」

 恐る恐るといった感じの少女の確認に、ソランジュはあっけらかんと肯定する。
 少女はぎゅっと唇を結びながら、顔面が絶望の色に染まりつつあった。

「できるなら、私だってそうしたい・・・・・・。でも、無理よ。そんなの、不可能だわ」
「不可能じゃあないわよ。なんたって、こっちには各国の有力者たちの援助がついてるんだから」
「はあ?」

 ソランジュの発言は、少女にとって絵空事に等しかった。
 少女は訳が分からないと訴えんばかりに、素っ頓狂な声を上げる。
 大きく目を見開き怪訝な顔をする少女を見て、ソランジュは体を震わせて笑っていた。

「あなた、ほんっとうにな~んにも知らずにここに来たのね」
「どういう、ことよ」

 揶揄うソランジュに、少女はむっとなる。

「その答えは、私たちから説明した方が早いわね」
「ああ、そうだな」

 そうして、カウンター席にいた【ムーンダスト】の店主夫妻が、ソランジュたちに近づいた。
 突然会話に加わってきた二人を、少女はまじまじと見る。しばらくして、少女の顔はどんどん恐怖に染まっていった。

「初めまして。もうお気づきのように、私はエルネスティーヌよ」
「そして俺は彼女の夫のファブラスだ」

 仲睦まじい夫婦は、少女ににっこりと笑顔を向ける。
 かつて暗黒時代を終幕に導いた英雄五人のうちの二人と、夫妻の名前と容姿は同じだった。
 少女は椅子を突き飛ばす勢いで立ち上がり、すぐさま二人の前で土下座する。

「す、すみませんでしたっ!」

 あっというような謝罪だった。
 のしかかる罪悪感と恐怖に苛まれ、少女はびくつき怯え切っている。額を床につけたまま、頭を上げようともしない。
 それには、夫婦は申し訳なさそうな顔を見合わせていた。

「驚かすつもりはあったけど、そこまで怖がらせるつもりはなかったのよ。頭を上げてちょうだい、謝罪もいいから」

 エルネスティーヌが優しく促すも、少女は頭を一向に上げない。
 それには、夫妻はますます困ってしまう。
 そんな様子を見かねて、エリーとテネヴ、コカトリス数匹が少女の傍らに来た。彼らは「大丈夫、怖がることはない」と少女に繰り返し語りかけ、やっとこさ少女の顔を上げさせることに成功する。
 顔を上げた少女は、涙でぐちゃぐちゃの顔になっていた。見るも無残な少女の顔の変貌に、エリーとコカトリスからハンカチとティッシュが少女に手渡される。
 その後、少女をなんとか元の椅子に座らせた。店主夫妻も、ソランジュたちと同席する。

「誠に、申し訳、ございませんでした・・・・・・」

 消え入りそうな声で、少女は再び謝罪の言葉を口にした。

「そこまで謝らなくていいわ。私たちはあなたを怒ってもいないし、責めるつもりもないの」
「ああ」

 夫妻は威圧的にならないよう、努めて気遣わし気に少女に本音を明かした。
 しかしながら、少女がそれで完全に納得した様子は感じられない。

「ですが、皆様方は本物の偉業を成し遂げている方をご存じで、そのお方の援助をしていらっしゃるはずです。だからこそ、私のような偽物の存在は、やはり、到底許されないのではないでしょうか?」

 涙声で少女が放った言葉に、今度はソランジュたちが面食らった。
 すぐに、エルネスティーヌが静かに少女に問いかける。

「どうして、私たちが本物・・を知っていると思ったの?」
「・・・・・・まず、英雄の皆様方が、誰一人私に接触なさらなかったからです。皆様方が私に会いに来られないのはもちろんのこと、私たち側から謁見を申し込んでも、ご存知の通り断られました。それらに関し、皆様は一線を退いたがために、偽物である私に期待し全てを任せているなどと情報操作されています。そして、皆様は誰一人として、その流言を真っ向から否定せずにいらっしゃいます」

 少女は鼻をすすりながら、自分の考えを述べ続けた。

「それで、私は気づいたのです。皆様方は、本物をご存じでいらっしゃる。私が偽物だと確信しているがゆえに、私に関わる気がないのだと。そしてなんらかの意図があり、私たちを見逃してくださっている。そうでなければ、皆様全員が高貴な身分といえど、誰一人として私に関わろうとしないのはいくらなんでもおかしすぎます」
「なるほどね」
「なるほどな」

 ぐすぐすと鼻を鳴らし少女が言い終えると、エルネスティーヌとファブラスは小さく納得する。
 少女は【ムーンダスト】の店員たちが思っていたより、浅はかな娘ではないようである。今までの少女の言動から、店員たちはその思いがより強まった。
 少しの間静観していたソランジュは、何気なく少女に確認することにした。

「・・・・・・それ、あなたのお仲間も全員知ってるの?」
「さあ? 冗談でもそういう話をしてはいけない雰囲気だから、分からないわ。でも・・・・・・私だってそんな風な考えに至ったのだもの、気づいてる者もいるはずよ」
「そうよね・・・・・・。ちなみに、あなたのお仲間は、あなたが偽物だって全員知っているの?」
「半々、かしら? ホラッパって奴は確実に気づいてる上で、私を利用してるけど」
「ふうん、なるほどなるほど」

 ソランジュは右人差し指でテーブルをトントンと叩きながら、何かの算段をつけているようだ。
 計画を練り上げている様相のソランジュを見て、少女は未だぐずつきながら不安がよぎる。

「ねえ。さっき言ってたこと、本当に、本当にできるっていうの?」
「できる。絶対にね」

 弱気な少女の問いかけに、ソランジュは語気を強めて返事をした。
 少女の不安を払拭するかのごとく、ソランジュは勝気な笑みを浮かべて念押しする。

「言ったでしょ? こっちには各国の要人たちが味方についてるのよ。だから、ね。できるできないの問題じゃない。生き延びるために、あんたはやるしかないのよ」
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