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見聞録

嘘つきさんは甘い蜜を吸っていたい ④

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 【ムーンダスト】の店内は暖かかった。
 初冬並みの外の寒さからやって来た者には、尚更暖かく感じることだろう。少女とてそれは例外ではなかった。
 ちょうど午後のカフェタイムといった頃合い。店内のほとんどのお客は、コーヒーやお茶、デザートや軽食を楽しんでいた。
 パッと店内を見るだけでも、客層はまばらだと分かる。加えて、幅広い年代や多くの種族にこの店が愛されていることもまた分かるはずだ。

「そうねぇ・・・・・・。ひとまず、カウンター席に座ってもらえる?」
「うん」

 ソランジュの提案に、エリーとテネヴは即同意。エリーはコートを脱ぎ、「道具」という亜空間倉庫にすぐさまコートをしまってから、カウンター席に着く。その最中も、ずっとテネヴはお行儀よくエリーの頭か肩の上に乗っかっていた。

「分かったわ」

 下手に反論する気力もない少女は、素直にソランジュに従った形だ。
 着の身着のままで、少女はエリーの左隣に腰を下ろした。

「取りあえず何か注文なさい。みんなせっかく来たんだし。はい、メニュー表」

 ソランジュが娘のエリーにそんな家族間対応の接客をする中、少女はホール担当のコカトリスから丁寧な接客を受けていた。
 浮遊魔法で自分のもとに来たメニュー表を、ありがたく少女は受け取る。
 そんな中、ソランジュは苦笑しつつ、自分含む少女やエリーたちにとある魔法をかけた。
 それは、少女が得意とする魔法。
 ソランジュの行動と、自身にかけられたその魔法に、少女は目を見開く。

「どうして?」
「これなら、コートとマフラーを脱いでも大丈夫。おまけに変にコソコソ人目を気にしなくていいでしょう?」

 すました顔で、ソランジュは少女の疑問に答えた。

「・・・・・・そうね。どうもありがとう」
「どういたしまして」

 素直に礼を述べる少女に、ソランジュは内心感心した。ソランジュが想像していたよりも、少女は礼儀正しい面があるようだ。
 少女はソランジュが促したように、やっとマフラーとコートを脱いで「道具」の中にしまう。

「私は決まったけど、テネヴは?」

 少女の隣では、エリーが頭上のテネヴに問いかけていた。
 テネヴは困ったように小さく鳴く。

「分かった。大丈夫、ゆっくり決めていいよ」

 そんな幼女とモンスターのやり取りが身近で行われ、少女もメニュー表を見ていくことにする。
 エリーの驚愕な事実に、少女が気づいた様子はまだない。
 少女は、メニュー表を全部ざあっと見る。最終的に、テイクアウトメニューを食い入るように見つめていた。
 知り合いたちに今季限定のお菓子を渡したい少女の意気込みを理解しつつも、ソランジュはやれやれと肩を落とす。

「持ち帰りのお土産を選ぶのはあとにしたら? まずは、自分にご褒美として何か選びなさいよ」
「ご褒美って・・・・・・」

 ソランジュの指摘に、少女は困惑する。
 そんな少女に、ソランジュは優しい口調で語りかけた。

「普段頑張ってる自分にご褒美をあげるのも、大事なことよ。それがたとえ、偽りを演じることだとしてもね」
「・・・・・・嘘をついて大勢を騙しているのに?」

 ソランジュたちにとって、少女が取り返しのつかない嘘で、巷を騒がせていることは既知の事実。
 ソランジュの魔法の効果もあって、少女はもう包み隠さず白状した。先ほどの店の入り口前での態度とは打って変わって、少女は反省の色を見せている。

 少女たちが行っている不正が表立って取り沙汰されれば、大問題になるのだ。
 そもそも、少女たちがしている不正行為自体が大問題。不正がバレたとして、謝って済むレベルの話では到底ない。
 できもしないことをやったと見せかけて、少女たちは方々から報酬や多種多様にわたる施しを受け取っている。
 少女が「魔瘴という負の遺産を消滅できる」と、本当に信じ切っている者たちからすれば、真相が明らかになった際、怒涛の勢いで糾弾されること間違いなし。少女たちの命運は、そこで尽きるに違いない。

 一方、ソランジュたちは少女に対して責めるどころか、もはや怒っている素振りもなかった。

「そうよ。それでも、あなたは頑張ってる。嘘をつくのってしんどいこともあるのに、それを貫き通す姿勢を見せてるじゃない。事情はよく知らないけど、あなたが頑張ってるってことは、間違いないでしょう?」
「・・・・・・そうよ。私は偽物なりに、本物を演じようと頑張ってる」
「そうそう。だから、今くらいは自分を甘やかしてあげなさい」

 ソランジュの説得に、少女はそっと目を伏せ考える。少し考えた末、天邪鬼な気質がないわけではない少女は、素直にソランジュの助言を受けることにした。パラパラとメニュー表をめくり、少女は己が欲する品を見定めていく。
 少女のそんな様子に、ソランジュは少しだけ口の端を上げていた。

「お母さん、注文決まった」
「そう、で?」

 先を促され、エリーはソランジュに淡々と注文を告げる。

「ショコラショー、バナナミルクジュース、バナナチョコマフィンを一つずつ。あと、アップルカスタードパイは二人前で。帰りにまた何か買って帰る」
「・・・・・・今日はやけに頼むわね」
「臨時収入があったから」

 ソランジュの疑問気味な呟きに、エリーはへにゃりと笑った。テネヴも上機嫌に小さな鳴き声で、ソランジュに何やら訴える。

「ふうん。臨時収入ねぇ」
 
 エリーのテネヴの様子に、ソランジュは少々呆れた視線を返した。母親だからか、それとも生来の勘の良さもあるせいか、ソランジュはその臨時収入が怪しげなものだと推測しているようである。
 そうこうしているうちに、少女も注文を決めたようだ。

「私も注文いい?」
「どうぞ」
「じゃあ、このイチゴのミルフィーユ・イチゴのムース・イチゴ生クリーム大福を。あと飲み物は、カフェモカで」
「・・・・・・かしこまりました」

 少女なりにご褒美として選んだ品を、少女はきちんとソランジュに注文した。
 営業スマイルを顔に貼り付けたようなソランジュよりも早く、近くにいたホール担当のコカトリスが厨房に注文を伝えに行ってしまう。そのコカトリスなりに、ソランジュの身を案じた故の行動だろう。
 数秒後、ソランジュが先ほど抱いたような感想を、エリーが代わりに声に出す。

「みんな甘々だ」
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