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見聞録
嘘つきさんは甘い蜜を吸っていたい ②
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「おいっ。見つけたかっ?」
「いや。どこにもいない」
「くそっ。もう一度くまなく探せっ! 彼女が無事でなかったら、大問題どころじゃないっ!」
島国であるルミエル国首都の港に停泊する大型客船では、少々騒がしい事態になっていた。
船員や警備の者らしき大勢が慌てふためきながら、とある一人の人物を見つけるべく、血眼になって動き回っている。
そんな様子をやれやれと内心思いつつ、恰幅のいい中年男性は甲板で高みの見物を決め込んでいた。どうやら、他の者たちと一緒になって探し人を見つける気はないようである。
そんな男性の元へ、海鳥とは違う鳥が颯爽と飛んで行く。中型サイズの鳥は、男性の目の前で器用に翼をはためかせながら、一通の封筒を差し出した。
それをすぐに受け取り、男性は中に入っていた手紙にすぐさま目を通す。直後、男性の顔はみるみる呆れた表情へと様変わりした。また、あからさまにフウと嘆息をもらす。
未だ傍で羽ばたきの音をさせる鳥に、男性は手でもう用はないことを示した。すると、鳥はその意を察し、その場からたちまち飛び去ってしまう。
男性は脂肪を蓄えた腹を揺らしながら、甲板の中央へと移動した。そして、大きく息を吸って、口を開く。
「皆さん、聖女様は無事です。今しがた、彼女から手紙が届きました。またもや、しばし見聞を広めるべく、お一人で遊学するそうです。出立日前にはこちらへ必ず戻ると仰せですから、私たちは信じて待ちましょう」
声を張り上げて伝えられた内容を聞き、てんやわんやしていた一同は、ぴたっと静止した。
直後、苦笑や安堵の息が次々と聞こえてくる。
「全く、聖女様はお転婆だな」
「もうちっと、おとなしくしてくれないかね」
「そこはおしとやかにしてくれないかじゃないか?」
混乱が落ち着きを見せたかのように、そんな軽口まで叩かれる。
そんな中、彼らから聖女と称される人物から手紙を受け取った男性に、何人かが駆け寄ってきた。次いで、小声で耳打ちする。
「ホラッパ様。ルミエルは小国、行く場所も限られるでしょう。何人か追っ手を遣わしますか?」
「ああ。見つけ次第、うまく尾行させろ」
「御意に」
そうして、船から数人そそくさと消えていく。
「今回も何事もなければよろしいのですが・・・・・・」
「何、大丈夫だろう。彼女は自分の役割をよく理解しているはずだ。何があろうとここに戻ってくるさ」
傍らの男の杞憂を、ホラッパと呼ばれた男は笑い飛ばした。ホラッパのふくよかな体は、笑いの振動でかすかに揺れている。
そんな一物含んだ腹を持つホラッパを、遠くから監視している者が数多いることを、本人は知る由もないのであった。
* * *
一方その頃。
時の人として騒がれている少女は、足早に目的地へと向かっていた。
十数分前、彼女はルミエル国首都の港に停泊する大型客船を、こっそり抜け出した。
そのまま誰に引き留められることもなく、彼女は難なく首都南門を出る。そうしてまっすぐ、目的地へと繋がる街道を突き進んだ。
今も尚、彼女は歩みを止めることはない。
そんなことができたのも、彼女が行使するお得意の魔法のおかげだろう。
けれども、彼女は安心しきってなどいなかった。
いや、本当であれば、周囲をまんまと出し抜き喜べたはずだ。それなのに、予定と違い、彼女は素直に喜びを噛みしめられない状況に陥っている。
その原因は、シェンの村へと続くオーク街道の茂みのあちこちから、ひしひしと感じる視線だった。オーク街道に足を踏み入れてから、彼女は生々しい視線が己に突き刺さるのを感じている。
視線の持ち主たちは、彼女に近づくことはない。ただ、彼女の存在を遠くからじっと観察し続ける。
それが、何よりも彼女を平然ではいられなくさせた。
焦燥と恐怖と混乱。
それらがないまぜとなり、彼女はひたすら足を動かして、目的地であるシェンの村へと急ぐ。
はっはと息を切らしながら、彼女は傍観者たちを憎々し気に一瞥する。
「なんで、どうしてっ!」
小さく吐かれた罵倒は、ありありと苛立ちを含んでいた。
「ここのモンスターたちは、今の私の姿を把握できるのよっ!」
叫ぶように彼女の口から出た悪態。
その理由の答えを、オーク街道に住むモンスターたちは教えることはなかった。ただじっと、彼女の姿を把握していることを、無言で訴え続けるばかりである。
そんな状況下でやや恐慌状態になりながら、聖女ともてはやされる一人の少女は、無事シェンの村へと辿り着くのであった。
「いや。どこにもいない」
「くそっ。もう一度くまなく探せっ! 彼女が無事でなかったら、大問題どころじゃないっ!」
島国であるルミエル国首都の港に停泊する大型客船では、少々騒がしい事態になっていた。
船員や警備の者らしき大勢が慌てふためきながら、とある一人の人物を見つけるべく、血眼になって動き回っている。
そんな様子をやれやれと内心思いつつ、恰幅のいい中年男性は甲板で高みの見物を決め込んでいた。どうやら、他の者たちと一緒になって探し人を見つける気はないようである。
そんな男性の元へ、海鳥とは違う鳥が颯爽と飛んで行く。中型サイズの鳥は、男性の目の前で器用に翼をはためかせながら、一通の封筒を差し出した。
それをすぐに受け取り、男性は中に入っていた手紙にすぐさま目を通す。直後、男性の顔はみるみる呆れた表情へと様変わりした。また、あからさまにフウと嘆息をもらす。
未だ傍で羽ばたきの音をさせる鳥に、男性は手でもう用はないことを示した。すると、鳥はその意を察し、その場からたちまち飛び去ってしまう。
男性は脂肪を蓄えた腹を揺らしながら、甲板の中央へと移動した。そして、大きく息を吸って、口を開く。
「皆さん、聖女様は無事です。今しがた、彼女から手紙が届きました。またもや、しばし見聞を広めるべく、お一人で遊学するそうです。出立日前にはこちらへ必ず戻ると仰せですから、私たちは信じて待ちましょう」
声を張り上げて伝えられた内容を聞き、てんやわんやしていた一同は、ぴたっと静止した。
直後、苦笑や安堵の息が次々と聞こえてくる。
「全く、聖女様はお転婆だな」
「もうちっと、おとなしくしてくれないかね」
「そこはおしとやかにしてくれないかじゃないか?」
混乱が落ち着きを見せたかのように、そんな軽口まで叩かれる。
そんな中、彼らから聖女と称される人物から手紙を受け取った男性に、何人かが駆け寄ってきた。次いで、小声で耳打ちする。
「ホラッパ様。ルミエルは小国、行く場所も限られるでしょう。何人か追っ手を遣わしますか?」
「ああ。見つけ次第、うまく尾行させろ」
「御意に」
そうして、船から数人そそくさと消えていく。
「今回も何事もなければよろしいのですが・・・・・・」
「何、大丈夫だろう。彼女は自分の役割をよく理解しているはずだ。何があろうとここに戻ってくるさ」
傍らの男の杞憂を、ホラッパと呼ばれた男は笑い飛ばした。ホラッパのふくよかな体は、笑いの振動でかすかに揺れている。
そんな一物含んだ腹を持つホラッパを、遠くから監視している者が数多いることを、本人は知る由もないのであった。
* * *
一方その頃。
時の人として騒がれている少女は、足早に目的地へと向かっていた。
十数分前、彼女はルミエル国首都の港に停泊する大型客船を、こっそり抜け出した。
そのまま誰に引き留められることもなく、彼女は難なく首都南門を出る。そうしてまっすぐ、目的地へと繋がる街道を突き進んだ。
今も尚、彼女は歩みを止めることはない。
そんなことができたのも、彼女が行使するお得意の魔法のおかげだろう。
けれども、彼女は安心しきってなどいなかった。
いや、本当であれば、周囲をまんまと出し抜き喜べたはずだ。それなのに、予定と違い、彼女は素直に喜びを噛みしめられない状況に陥っている。
その原因は、シェンの村へと続くオーク街道の茂みのあちこちから、ひしひしと感じる視線だった。オーク街道に足を踏み入れてから、彼女は生々しい視線が己に突き刺さるのを感じている。
視線の持ち主たちは、彼女に近づくことはない。ただ、彼女の存在を遠くからじっと観察し続ける。
それが、何よりも彼女を平然ではいられなくさせた。
焦燥と恐怖と混乱。
それらがないまぜとなり、彼女はひたすら足を動かして、目的地であるシェンの村へと急ぐ。
はっはと息を切らしながら、彼女は傍観者たちを憎々し気に一瞥する。
「なんで、どうしてっ!」
小さく吐かれた罵倒は、ありありと苛立ちを含んでいた。
「ここのモンスターたちは、今の私の姿を把握できるのよっ!」
叫ぶように彼女の口から出た悪態。
その理由の答えを、オーク街道に住むモンスターたちは教えることはなかった。ただじっと、彼女の姿を把握していることを、無言で訴え続けるばかりである。
そんな状況下でやや恐慌状態になりながら、聖女ともてはやされる一人の少女は、無事シェンの村へと辿り着くのであった。
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