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見聞録

観光できる地下世界 ④

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 地面の下へと続く穴、というよりは勾配ある坂を、一行は下っていた。
 当然ながら、野生モンスターたちが利用することもあるその中は真っ暗だ。整備された観光地のように、人工的な灯りで照らされてなどいない。
 リース以外の全員は夜目が利く。彼らは何の明かりもなしに先へ進むのも困難ではない。
 しかし、リースに配慮し、一行は人工の明かりを使用することにした。
 リースの近くを、ぼんやりとした球体が宙を浮き、始終ついて回っている。その球体は、魔力を動力とする「魔道具」の一種である。その眩しすぎないぼんやりとした明かりのおかげで、リースは先へ進む足取りがおぼつかなくなることはない。

 エリチョク・妖精たちが先導しながら、中団をリースとエヴラール、そして後続もまたエリチョク・妖精たち。
 どんどん先へ進むが、辺りは観光地より見栄えが劣るだけで、そこまで大幅に異なりもしない。壁や地面は、白や黒っぽい岩石に近い材質なのだから。ある種、冒険心くすぐられるのは、観光地よりはこちらの天然寄りの方かもしれない。
 実際、リースとエヴラールは観光地では見られなかった珍しい光景を、目の当たりにすることとなった。それは、エリチョクたちの道案内の末、一行は行き止まりのような場所に辿り着いた際のこと。

「へえ。これは珍しい」
「はい。このようなものは初めて見ます」

 エヴラールは、しげしげとそれ・・を眺めながら、軽く驚きの表情。
 リースはそれ以上に目を輝かせて、好奇心を前面に押し出している。

 二人の視線の先、行き止まりとなっている壁の手前にそれ・・はあった。
 直径一メートルほどの円を描くように、蛍光色の光がほのかに輝きを放っている。暗闇の中に姿を現した青と緑系統の蛍光色は、どこか神秘的めいた気配があった。
 蛍光色を纏っているのは、形も大きさも異なるこぶし大ほどの石のようなものだ。それらがずらりと並び、環状を形成している。所々石と石を組み合わせ、積み木のように石が積み上げられている箇所もあった。

「なんだか、前世の、石を用いた歴史的建造物を思い出します」
「ふうん。その詳細は後々聞くけど、こちらの世界にもおそらくリースが示唆するものと似たようなものはあると思うよ。リースが知らなかっただけでね」
「そうですか。こちらの世界にもあるのですね」

 二人がそれに興味をそそられている中、エリチョクが一匹ぴょんとその輪の中に飛び込む。すると、輪の中心の地面に足が着くや否や、そのエリチョクの姿は一瞬にして消え去った。
 その後、次々とエリチョクたちはその輪の中心に入っては、その姿を消していく。
 そのような光景を目前にして、二人は特に反応することはなかった。平常心そのものである。

「俺たちもそろそろ移動しよう」
「はい」

 エヴラールが静かに促せば、リースはその提案にすぐ応じる姿勢を見せた。

「では、私が先に参ります」
「どうぞ」

 リースはなんの躊躇もなく、不思議なサークルの中に足を踏み入れる。そうして、いなくなったエリチョクたち同様、リースも見る影もなく消えた。

「さて、俺も行くとするか。・・・・・・なんだか嫌な予感しかしないから、すぐに追っては来ないように」

 エヴラールの冷静ながらはっきりとした口調が、暗闇の中に小さく響く。
 直後、エヴラールは足取り軽く環状の中へ入った。たちまちエヴラールもその場から姿をくらます。
 だから、エヴラールに命令された者たちから返事があったとしても、彼の耳に入ることはなかったのだった。


 * * *


 不思議な輪の中に入り姿を消した一行は、完全に姿を消したわけではなかった。先ほどの場所から、別の場所に瞬間移動しただけである。
 先ほどの発光する不思議な石で形成された不思議な輪には、そのような効果があった。こちらの世界で「妖精の輪」と呼ばれている。

 「妖精の輪」で瞬間移動したエヴラールは、先ほどと異なる場所に着いた途端、自身の嫌な予感が的中していたことを知った。腕組みをして、軽くやれやれと呆れてしまう。

「痛い痛いっ!」
「お、おいっ! そこだけは止めろっ!」
「うぐっ・・・・・・」

 耳に入ってきたのは、男たちの苦痛に呻く訴えだ。
 作業着のようなものを着た彼らは、エリチョクたちや妖精たちによって、ことごとく自由を奪われていた。ある者は地面に抑え込まれ、ある者は地面の中に首から下を埋められ、ある者は蔓のようなもので簀巻きにされている。
 それを実行するエリチョクたちはややご立腹だ。対して妖精たちはくすくすと笑い、楽しそうである。
 そして、リースはといえば、ただじっと静観していた。

「一応聞くけど、リースが命じたんじゃないね?」
「はい。一応報告しますと、あれよあれよといううちに、気づけばこのような状態に化していました」

 エヴラールの指摘に、リースはどこか呆然気味に応えた。
 リースの説明を補足するように、妖精たちがエヴラールの耳元で情報を流す。

「こいつら、彼女を見るなり、捕まえようとしたの」
「そしたら、エリチョクたちが怒ってしまったわ」
「なんだか楽しそうだから、私たちもエリチョクたちに混じって遊んでいるのよ」

 愉快そうな、くすぐったい笑い声混じりの説明に、エヴラールは苦笑いしつつ事情を飲み込んだ。
 リースたちは、突如この場に出現した侵入者に相違ない。元々この場所に正式な理由で滞在していたであろう彼らが、リースを訝しみ捕まえようとするのは普通だ。
 しかしながら、エリチョクたちはその対応に納得できなかったようだ。もしかしたら、彼らは最初から、リースを武力で屈服させる気配を見せたのかもしれない。
 ともかく、エリチョクたちはリースに害なそうとした彼らを敵認定し襲撃。悪戯好きの妖精たちも面白そうだとそれに便乗。
 そうして、今に至るということなのだろう。

「そういうこと」

 エヴラールに相槌を打つかのように、妖精たちは笑い声を弾ませ、エリチョクたちは怒気を孕んだ鳴き声を上げる。
 その最中も、リースはひたすら困惑の面持ちで突っ立っているだけだ。事態を収められるであろう彼女は、全く役に立ちそうにない。
 そのため、エヴラールがその役を買ってでるしかなかった。この小さな混沌と化した場を収集すべく、エヴラールがエリチョクたちや妖精たちに制止を求めようとした、まさにそのときだ。

「もうそのくらいにしてはもらえんか」

 第三者が、エヴラールの言葉を代弁してくれた。
 芯のはっきりとした、よく通る男性の声だった。ほんの少し笑いを含んでいたように感じられるのは、気のせいではないだろう。
 実際、声の主はリースたちに近づきながら、見ている方が気持ちいいほど腹の底から笑っていた。
 そんな風に体を震わせているのは、初老の男性だ。後ろになでつけられた少し癖のある髪も、上品なスタイルの髭も、黒・白・灰色で構成されている。背が高く、背筋もよいからか、若々しさ溢れる印象を持つ男性だ。
 その男性の背後には、数人の若者が付き従っている。見るからに、その男性の立場が上であることを証明していた。
 男性の申し出に、エリチョクたちや妖精たちは意外にもそれを聞き入れる。襲撃の手をぱたりと止めた。

 エヴラールの青に近しい緑の瞳と、その男性のトルコ石のような青い瞳が互いを認め合う。
 直後、エヴラールはリースの背に手を回し、その男性に恭しく頭を下げた。エヴラールに促され、空気を読んだリースも同様に深々と頭を下げる。

「なに、責めるつもりはない。頭を上げてくれ」
「恐縮です」

 男性は二人に気軽に声をかけた。
 エヴラールが申し訳なさそうな顔で、ゆっくりと頭を上げる。エヴラールが頭を上げたのを確認してから、リースも失礼のないようにゆっくりとした動作で頭を上げた。
 エヴラールににこやかに笑いかける男性は、ついと視線をずらす。顔を上げたリースを間近で見るなり、男性は驚愕の色を瞳に湛え、次第に目を細めていく。
 俯きがちのリースは、男性のその仕草に気づくことはなかった。

「それで、事情を話してもらえるかな? 無論、可能な範囲で構わない」
「はい」

 優し気な口調の男性の申し出に、エヴラールは敬意を示しながら軽く会釈する。
 エヴラールは事の経緯を、可能な範囲で静かに語り始めた。
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