上 下
42 / 69
見聞録

観光できる地下世界 ①

しおりを挟む
 薄暗い地下の世界を、淡い照明の光が照らしだす。
 ひっそりと佇む、地面を深く掘って作り出された地底世界。
 辺り一面見渡す限り、壁や地面を形成するのは、白や黒っぽい岩のような固い材質ばかりである。
 独創的な雰囲気を演出するその場所は、ひんやりとした空気が漂っていた。そこにいる者であれば、心なしか空気が薄くも感じるだろう。

 そんな地下世界が広がる入り口付近や内部には、観光客目当ての露店や店が並ぶ。
 実際、それなりの数の観光客が訪れていた。ここでは閑古鳥が鳴く方が珍しいに違いない。
 ツアーのようなものまで組まれているのか、案内人の説明つきで、集団行動を取る者たちもいた。

「賑わってるねえ」
「そうですねぇ」

 わいわいがやがやとごった返す人混みを眺めながら、簡易ベンチに座っていた二人が感想を呟く。
 その二人は、近くの店で購入したジェラートをのんびりと食べている。

 一人は、二十代ほどの男性だ。
 短すぎない、白っぽい銀髪。青に近しい色合いの緑の瞳が、鮮やかに映える。
 彼を視界に入れた者はしばし見惚れてしまうほどの、他者を惹きつける見目麗しい顔をしていた。

「そこのカッコいい人。観光がまだなら私と行かない?」

 突然近づいてきた美女が、彼に滑らかに話しかけた。

「お誘いありがとう、麗しい人。残念ながら、もう義妹いもうとと見終わってしまったよ」
「あら、それは本当に残念」

 脈がないと悟ると、美女は別れの言葉を告げて、あっさり引き下がり去って行く。
 そんな彼女を、彼も爽やかに見送った。

 それからも、何人かに彼は声をかけられる。

「やあ、君一人かい?」
「いいや。隣に義妹がいるよ」
「ふうん」

 今度彼に話しかけてきたのは、陽気な三十路ほどの男性だ。
 ちらり、彼の右隣に座る少女に視線が送られる。
 しかし、少女は我関せずとジェラートだけに集中していた。
 それ幸いと、陽気な男性は彼に何やら耳打ちする。

「悪いね。俺はもう決めた相手がいるから」

 耳打ちされた内容に、彼はにっこりと返事をした。
 直後、陽気な男性は眉尻を下げる。

「そうか。その相手が羨ましいよ」
「そう言ってもらえて光栄だ」

 彼は実に晴れやかに男性にほほ笑む。
 そうして、陽気な男性もその場から立ち去った。

「あなた、うちで働かない? あなたにぴったりな仕事があるんだけれど」

 マダム然とした女性が、そんな言葉をかけることもあった。

「申し訳ありませんが、今の仕事で十分手一杯でして。副業をする余裕はありません」

 彼は誰一人として邪険に扱う素振りを見せず、対応をこなしていく。
 そんな様にもう慣れた彼の義妹は、ジェラートをすっかり食べ終えていた。近くに人がいない頃合いを見計らい、少女はやおら口を動かす。

「ひらめきや直感だけで、他者の多少の性質を判断できるものなんですね」
「全否定はしない。己が同じ部類に属すなら、自然にそれが分かってしまうものはあるからね」

 少女のしみじみとした思いに、彼は落ち着いた口調で返す。

「前世では、そういったことを『類は友を呼ぶ』や『類友』と言いますね」
「ふ~ん、なるほどね」

 少女は、この世界の言語と異世界のそれを混ぜて話した。
 それに対して、彼は目を細めて興味深そうに少女を横目で見る。

 薄葡萄色の瞳と長い髪。それらを持つ少女は、見た目は十代前半に思わされる。
 幼い見た目が、前世の彼女自身の価値観からしても、彼女を実年齢より若く見えさせた。

「お義兄様。私に構わず、誰かのお誘いを受けてくださっても大丈夫ですよ」
「意外。リースにそう言われるとは思わなかったよ」

 静かに語られた内容に、少女の義兄は目を瞠った。

「正直に申せば、スフェンお義兄様とラリマーお義姉様から『一緒に食事までなら許す』との伝言はいただいております」

 リースと呼ばれた少女は、義兄にありのままを伝えた。
 伴侶二人からの言伝に、彼はふっと笑みを浮かべる。

「信用されてるんだか、そうでないのか。俺は二人がいてくれるだけで、十分満足してるんだけどな」
「どうでしょうね。それは、お三方しか分かりません」
「それもそうだ」

 可愛げがないようにも取れる言葉を発したリースは、わずかに首を傾げた。
 リースの傍らにいる存在は、それにさして気分を害した様子はない。
 
「ただ、エヴラールお義兄様を慮り、休息を取ってもらおうと、お二人がお義兄様を私とここに行くよう手配しました。お二人なりに、仕事で多忙だったお義兄様の身を案じているのは確かです」
「そうは言うけどね。二人からていよく、厄介払いされた気分だよ」

 エヴラールと呼ばれた彼は、ふうと息をつく。
 リースはしばし考える。考えた末、正直な思いを明かした。

「すみません。それに関しては、否定できそうにないです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換スーツ

廣瀬純一
ファンタジー
着ると性転換するスーツの話

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

処理中です...