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見聞録
魔力制限がある国 ⑪
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リアトリスたちが、ア=ラウジ国の首都を発つ日がやって来た。
上空を見上げれば、秋晴れの空が広がっている。
リアトリスとシメジとアンズが「魔力断ち」の敷地外でカランと別れを済ます中、イーグルとイザベルは「魔力断ち」の敷地内でセニョフと会っていた。
人払いを済ませ、防音対策がきっちり施された個室で、イーグルとイザベルは、セニョフと向かい合って話し合っていた。
「セニョフ殿、お聞きしたいことがございます」
「なんでしょうか?」
途中、イザベルがセニョフにあのことを訊ねることにする。
「不躾な質問で大変恐縮ですが、『魔力断ち』なさっていらっしゃるのは、魔力に対しアレルギーがおありだからでしょうか?」
セリョフは目を見開いて驚いた後、にこりと笑った。
「その通りです。私たち一族は、代々その体質の者が生まれやすいのですよ。多くの方が思っていらっしゃる、特殊な呪いにかけられているわけではないのです」
どうやらリアトリスの憶測は、間違っていなかったらしい。
あっさりと肯定したセニョフに、今度はイザベルが目を丸くする。イーグルは静かにその様子を眺めていた。
「では、『魔力断ち』も『魔力制限』も、その対策、ということですか?」
「はい。本来の目的はそうです。ですが、公に発表している魔力による武力の衝突を避けるため、というのも、決して間違いではありません」
イザベルの指摘に、セニョフは軽く頷きながら言葉を紡ぐ。
その後、黙っていたイーグルが徐に口を開いた。
「お教えいただいて、果たして良かったのですか?」
「構いません。お二人はみだりにこのことを吹聴するような方でないと、知っておりますから」
セニョフが言い終えた直後、二人は軽く会釈する。
「また、絶対に秘密にしているというわけではないのですよ。ですが、皆さん中々お気づきにならないものでして。すっかり得体のしれない呪いに取り憑かれていると、噂がひとり歩きしていきました」
セニョフは困ったような眉をして、どことなく憂いた顔になった。だが、それもすぐに消え、セニョフは興味深そうな視線を二人に送る。
「それはさておき、いつ頃お気づきになられたのですか? 何かきっかけがおありで?」
「つい先日です。ですが、気づいたのは我々ではなく、親族の娘なのですよ。彼女は、首都の子どもたちから皆様のお話を伺い、その際に気づいたと申しておりました」
イーグルの返答に、セニョフは微かに納得がいった風に頷いた。
「そうなのですね。その話、詳しくお聞かせ願えますか?」
「もちろんです」
それから三人はしばらく一族の体質に関して語らい合い、イーグルは頃合いを見て本題に入る。
「絶対とは言い切れませんが、皆様の抱える問題は、パンピニョンで解決できる可能性が高いと思われます」
「ええ、私たちもそう思っております。実は、それが検証できそうなのです」
嬉しそうなセニョフの発言に、パンピニョンを譲るつもりであったイーグルとイザベルは、自分たちに見落としがあったことを思い出した。
「今朝方、カランから、思いもよらぬ贈り物をいただいたのですよ」
直後セニョフが「道具」から出現させたのは、先日リアトリスがカランに口止め料と称して渡した果実だった。
「こちら、一般に報告されているパンピニョンとは、少々見た目と効能が違いますが、パンピニョンであることに変わりません。不思議なことに、最近カランは『道具』を扱えるようになりまして、その中にこのパンピニョンが入っていたようなのですよ。こちらのパンピニョンを役立てて欲しいと、習いたての字でカランに訴えられまして・・・・・・。これも何かの縁かと思い、ありがたく頂戴させていただくことにしました」
「そうでしたか・・・・・・」
和やかにほほ笑むセニョフとは対照的に、イーグルはさして表情を変えない。
「吉報をお待ちしています」
「お心遣いありがとうございます。私たちは、この巡り合わせに感謝し、恩恵を授かったことを忘れません」
セニョフたちの幸せを願うイザベルに、セニョフは直接的に言葉にして伝えられない感謝と誠意を、この場にいない誰かにも向けて、深々と頭を下げて示す。
言葉で語られなかったセニョフの真意を、イーグルとイザベルはしかと察し、受け取ったのだった。
セニョフが夫妻を信用したように、セニョフも夫妻が秘密にして欲しいと願っていることを、みだりに吹聴して回ることは決してないだろう。
* * *
イーグルたちがドゥロ一族の敷地内を去ってから時間が流れ、午後となった。
うららかな昼下がり、縁側でカランと日向ぼっこするセニョフの姿がある。カランはセニョフの膝の上で、気持ちよさそうに昼寝していた。
そんなところに、老女がやって来た。老女は、シメジとアンズが冬虫夏草を購入した店の店主である。
「なんだい、暇そうだね」
「ようやく暇になったのですから、今くらい自由な時間を過ごしてもいいでしょう」
挨拶もなしに開口一番老女が皮肉を言えば、セニョフは苦笑を返す。
ここに老女が来た時点で、彼女が店を休んで来るほどの用事があることなど、セニョフにはすぐ分かった。
断りなく老女がセニョフの右隣に腰を下ろせば、控えていたものがお茶を出し、すぐに奥へと下がっていく。
甘露なお茶で喉を潤してから、老女は面白そうな視線をセニョフに送った。
「先日、とてもいいものを口止め料としてマイコニドからもらったんだが、いるかい?」
先日とは、リアトリスが朝から晩までずっと寝込んでいた日のことである。その日、シメジとアンズとカランが、三匹だけで老女の店を少し訪れていた。
「あら、ひいおばあ様もいただきましたの。もちろんいただけるなら遠慮なくいただき、有効に活用しますよ」
曾祖母に向かって、セニョフは少女めいたように笑う。
想像よりも驚いていないひ孫の様に、老女は少しつまらなそうな表情をしていた。
笑いの震えが収まってくると、セニョフは地面に視線を落としながら、老女に話しかける。
「ひいおばあ様は、こうなることをご存じだったのですね」
「全てを知っていたわけでも、教わっていたわけでもないさ。私が受けた忠告は、『嫌な時代がもし終わったら、数年後にマイコニドを連れた紫色の瞳の不思議な存在がやってくる。その存在に、魔瘴の封印場所を教えるといい。そうすれば、いつのまにか勝手に嫌なものは消えている』ってことだけだった」
「そうでしたか。・・・・・・では、嫌な時代が終わらなかった場合の忠告も、あったということですね」
「ああ、当然ね。海の一族は、こちらに借りがあるとはいえ、親切にいろいろと教えてくれたもんだ」
嫌な時代が続いていてもおかしくなかったことを想像して、暗くなりがちなセニョフとは対照的に、老女は軽快に明るく笑い声を出した。
「だけど、このことまでは教えてくれなんだ」
老女は一気に声のトーンを落とし、「道具」から何か取り出す。それは、リアトリスがカランに口止め料として渡した果実と、全く同一のものであった。
それを老女がセニョフに差し出せば、セニョフは会釈してからそれをしかと受け取り、すぐさま「道具」にしまい込む。
「それを昔手に入れてれば、あのときみんなが死なずに済んだのだろうか? 私と夫だけが生き残り、夫が最期まで過ちを悔いて死ぬことも、なかったのかね・・・・・・」
語られた言葉には、全面に後悔が滲み出る。
「そうなのかもしれません。ですが、ひいおばあ様。もしそうであれば、私はおそらく生まれていないでしょう。互いに違う婚約者がいた、ひいおばあ様とひいおじい様が結婚することは、なかったでしょうから」
「お前からそれを言われる日が来るとは思わなんだ・・・・・・」
冷静ともとれるセニョフの言葉に、老女は落ち着いた驚きを見せた。
「・・・・・・極端に言えば、私は過ちの産物ですもの。ただし、私はそれを嫌だと思ったことはありません。ドゥロ一族として生を受けたことも、この体質も、巡り合わせと受け入れております」
セニョフは遠くを見つめるような眼差しのまま、意見を述べた。それに対して、老女の顔には不満気な色が浮かぶ。
「ふん、そんなのきれいごとさね。若さ故か、達観しているのか分からんが、一度も嫌だと思わないはずがない」
「確かに、一度も嫌だと思わなかったわけでないですよ。酷く怨み疎ましかったのは、中々私の後を継いでくれる人が見つからなかったことですね。ですが、それも無事解決しそうです。甥が先日セニョフになると口約束してくれました」
うふふと笑うセニョフに、老女は呆れ果てるしかない。
「あんた、まさか押し付ける気かい?」
「優秀な若い芽に早々に譲るといってください。大丈夫でしょう、おじ様やおば様方の補佐があれば。・・・・・・私とて押し付けられました、もう十分役目は果たしたはず。もう好きにさせてもらいます。甥だって、嫌になれば私のように誰かに押し付ければいいまで。縛られていた檻は、もうじき崩れます。これから、私たちはもっと変わっていかねばなりません」
「私も・・・・・・崩壊するならそれでもいいさ。たとえどんな結果になろうとね」
「ええ」
血のつながりある年の離れた女二人、不変ではなく変革を求める決意と気持ちは、似通っていた。
「今後の予定は決まっているのかい?」
「はい。カランとこの国を出て、好いた男の故郷を見てまいります」
惚気ともとれる内容に、老女は呆気に取られる。数秒後、老女は苦虫を嚙み潰したような顔に変わった。
「お前、まさかそのためだけに、こうなるよう仕組んだんじゃあるまいね」
「いいえ。私と彼は、違う客人からパンピニョンをいただこうとしていましたもの。まさか、カランとひいおばあ様が、私の元にもたらしてくださるとは思いませんでした」
セニョフの説明は、淀みなくすらすらしたものだった。
真相はどうだかと老女ははっと息を吐くが、深追いはしないことにする。
「そうか。それで、お前が好いた他国の男は、どういった奴なんだい?」
対して興味もなさそうな質問に、セニョフは紅潮した頬で、真に幸せな笑顔を見せた。
「馬鹿正直な演技もできる方です」
* * *
ア=ラウジ国の首都から離れた上空を、ドラゴン姿のイザベルが悠々と飛翔している。
イザベルはご機嫌で、ハミングを口ずさんでいた。行き同様、ゴンドラで運ばれているイーグルやシメジとアンズは、頭上から奏でられるそれを聞いている。
リアトリスというと、イザベルのハミングや鼻歌を子守歌代わりに、ゴンドラの中でうずくまり、意識は既に眠りの中だ。
「し、めじ・・・・・・。せめて寄生するなら、イナゴの佃煮にして。イナゴの佃煮なら・・・・・・食べたこと、あるから」
突然むにゃむにゃと語られたリアトリスの寝言は、日本語だった。
日本語を理解できるシメジは、一体どんな夢を見ているんだと、リアトリスをほとほと呆れる。
シメジ同様、リアトリスの寝言を理解したアンズは、それを想像して、キュキュキュキュキュと鳴きながら体を震わし、とても楽しそうだった。
上空を見上げれば、秋晴れの空が広がっている。
リアトリスとシメジとアンズが「魔力断ち」の敷地外でカランと別れを済ます中、イーグルとイザベルは「魔力断ち」の敷地内でセニョフと会っていた。
人払いを済ませ、防音対策がきっちり施された個室で、イーグルとイザベルは、セニョフと向かい合って話し合っていた。
「セニョフ殿、お聞きしたいことがございます」
「なんでしょうか?」
途中、イザベルがセニョフにあのことを訊ねることにする。
「不躾な質問で大変恐縮ですが、『魔力断ち』なさっていらっしゃるのは、魔力に対しアレルギーがおありだからでしょうか?」
セリョフは目を見開いて驚いた後、にこりと笑った。
「その通りです。私たち一族は、代々その体質の者が生まれやすいのですよ。多くの方が思っていらっしゃる、特殊な呪いにかけられているわけではないのです」
どうやらリアトリスの憶測は、間違っていなかったらしい。
あっさりと肯定したセニョフに、今度はイザベルが目を丸くする。イーグルは静かにその様子を眺めていた。
「では、『魔力断ち』も『魔力制限』も、その対策、ということですか?」
「はい。本来の目的はそうです。ですが、公に発表している魔力による武力の衝突を避けるため、というのも、決して間違いではありません」
イザベルの指摘に、セニョフは軽く頷きながら言葉を紡ぐ。
その後、黙っていたイーグルが徐に口を開いた。
「お教えいただいて、果たして良かったのですか?」
「構いません。お二人はみだりにこのことを吹聴するような方でないと、知っておりますから」
セニョフが言い終えた直後、二人は軽く会釈する。
「また、絶対に秘密にしているというわけではないのですよ。ですが、皆さん中々お気づきにならないものでして。すっかり得体のしれない呪いに取り憑かれていると、噂がひとり歩きしていきました」
セニョフは困ったような眉をして、どことなく憂いた顔になった。だが、それもすぐに消え、セニョフは興味深そうな視線を二人に送る。
「それはさておき、いつ頃お気づきになられたのですか? 何かきっかけがおありで?」
「つい先日です。ですが、気づいたのは我々ではなく、親族の娘なのですよ。彼女は、首都の子どもたちから皆様のお話を伺い、その際に気づいたと申しておりました」
イーグルの返答に、セニョフは微かに納得がいった風に頷いた。
「そうなのですね。その話、詳しくお聞かせ願えますか?」
「もちろんです」
それから三人はしばらく一族の体質に関して語らい合い、イーグルは頃合いを見て本題に入る。
「絶対とは言い切れませんが、皆様の抱える問題は、パンピニョンで解決できる可能性が高いと思われます」
「ええ、私たちもそう思っております。実は、それが検証できそうなのです」
嬉しそうなセニョフの発言に、パンピニョンを譲るつもりであったイーグルとイザベルは、自分たちに見落としがあったことを思い出した。
「今朝方、カランから、思いもよらぬ贈り物をいただいたのですよ」
直後セニョフが「道具」から出現させたのは、先日リアトリスがカランに口止め料と称して渡した果実だった。
「こちら、一般に報告されているパンピニョンとは、少々見た目と効能が違いますが、パンピニョンであることに変わりません。不思議なことに、最近カランは『道具』を扱えるようになりまして、その中にこのパンピニョンが入っていたようなのですよ。こちらのパンピニョンを役立てて欲しいと、習いたての字でカランに訴えられまして・・・・・・。これも何かの縁かと思い、ありがたく頂戴させていただくことにしました」
「そうでしたか・・・・・・」
和やかにほほ笑むセニョフとは対照的に、イーグルはさして表情を変えない。
「吉報をお待ちしています」
「お心遣いありがとうございます。私たちは、この巡り合わせに感謝し、恩恵を授かったことを忘れません」
セニョフたちの幸せを願うイザベルに、セニョフは直接的に言葉にして伝えられない感謝と誠意を、この場にいない誰かにも向けて、深々と頭を下げて示す。
言葉で語られなかったセニョフの真意を、イーグルとイザベルはしかと察し、受け取ったのだった。
セニョフが夫妻を信用したように、セニョフも夫妻が秘密にして欲しいと願っていることを、みだりに吹聴して回ることは決してないだろう。
* * *
イーグルたちがドゥロ一族の敷地内を去ってから時間が流れ、午後となった。
うららかな昼下がり、縁側でカランと日向ぼっこするセニョフの姿がある。カランはセニョフの膝の上で、気持ちよさそうに昼寝していた。
そんなところに、老女がやって来た。老女は、シメジとアンズが冬虫夏草を購入した店の店主である。
「なんだい、暇そうだね」
「ようやく暇になったのですから、今くらい自由な時間を過ごしてもいいでしょう」
挨拶もなしに開口一番老女が皮肉を言えば、セニョフは苦笑を返す。
ここに老女が来た時点で、彼女が店を休んで来るほどの用事があることなど、セニョフにはすぐ分かった。
断りなく老女がセニョフの右隣に腰を下ろせば、控えていたものがお茶を出し、すぐに奥へと下がっていく。
甘露なお茶で喉を潤してから、老女は面白そうな視線をセニョフに送った。
「先日、とてもいいものを口止め料としてマイコニドからもらったんだが、いるかい?」
先日とは、リアトリスが朝から晩までずっと寝込んでいた日のことである。その日、シメジとアンズとカランが、三匹だけで老女の店を少し訪れていた。
「あら、ひいおばあ様もいただきましたの。もちろんいただけるなら遠慮なくいただき、有効に活用しますよ」
曾祖母に向かって、セニョフは少女めいたように笑う。
想像よりも驚いていないひ孫の様に、老女は少しつまらなそうな表情をしていた。
笑いの震えが収まってくると、セニョフは地面に視線を落としながら、老女に話しかける。
「ひいおばあ様は、こうなることをご存じだったのですね」
「全てを知っていたわけでも、教わっていたわけでもないさ。私が受けた忠告は、『嫌な時代がもし終わったら、数年後にマイコニドを連れた紫色の瞳の不思議な存在がやってくる。その存在に、魔瘴の封印場所を教えるといい。そうすれば、いつのまにか勝手に嫌なものは消えている』ってことだけだった」
「そうでしたか。・・・・・・では、嫌な時代が終わらなかった場合の忠告も、あったということですね」
「ああ、当然ね。海の一族は、こちらに借りがあるとはいえ、親切にいろいろと教えてくれたもんだ」
嫌な時代が続いていてもおかしくなかったことを想像して、暗くなりがちなセニョフとは対照的に、老女は軽快に明るく笑い声を出した。
「だけど、このことまでは教えてくれなんだ」
老女は一気に声のトーンを落とし、「道具」から何か取り出す。それは、リアトリスがカランに口止め料として渡した果実と、全く同一のものであった。
それを老女がセニョフに差し出せば、セニョフは会釈してからそれをしかと受け取り、すぐさま「道具」にしまい込む。
「それを昔手に入れてれば、あのときみんなが死なずに済んだのだろうか? 私と夫だけが生き残り、夫が最期まで過ちを悔いて死ぬことも、なかったのかね・・・・・・」
語られた言葉には、全面に後悔が滲み出る。
「そうなのかもしれません。ですが、ひいおばあ様。もしそうであれば、私はおそらく生まれていないでしょう。互いに違う婚約者がいた、ひいおばあ様とひいおじい様が結婚することは、なかったでしょうから」
「お前からそれを言われる日が来るとは思わなんだ・・・・・・」
冷静ともとれるセニョフの言葉に、老女は落ち着いた驚きを見せた。
「・・・・・・極端に言えば、私は過ちの産物ですもの。ただし、私はそれを嫌だと思ったことはありません。ドゥロ一族として生を受けたことも、この体質も、巡り合わせと受け入れております」
セニョフは遠くを見つめるような眼差しのまま、意見を述べた。それに対して、老女の顔には不満気な色が浮かぶ。
「ふん、そんなのきれいごとさね。若さ故か、達観しているのか分からんが、一度も嫌だと思わないはずがない」
「確かに、一度も嫌だと思わなかったわけでないですよ。酷く怨み疎ましかったのは、中々私の後を継いでくれる人が見つからなかったことですね。ですが、それも無事解決しそうです。甥が先日セニョフになると口約束してくれました」
うふふと笑うセニョフに、老女は呆れ果てるしかない。
「あんた、まさか押し付ける気かい?」
「優秀な若い芽に早々に譲るといってください。大丈夫でしょう、おじ様やおば様方の補佐があれば。・・・・・・私とて押し付けられました、もう十分役目は果たしたはず。もう好きにさせてもらいます。甥だって、嫌になれば私のように誰かに押し付ければいいまで。縛られていた檻は、もうじき崩れます。これから、私たちはもっと変わっていかねばなりません」
「私も・・・・・・崩壊するならそれでもいいさ。たとえどんな結果になろうとね」
「ええ」
血のつながりある年の離れた女二人、不変ではなく変革を求める決意と気持ちは、似通っていた。
「今後の予定は決まっているのかい?」
「はい。カランとこの国を出て、好いた男の故郷を見てまいります」
惚気ともとれる内容に、老女は呆気に取られる。数秒後、老女は苦虫を嚙み潰したような顔に変わった。
「お前、まさかそのためだけに、こうなるよう仕組んだんじゃあるまいね」
「いいえ。私と彼は、違う客人からパンピニョンをいただこうとしていましたもの。まさか、カランとひいおばあ様が、私の元にもたらしてくださるとは思いませんでした」
セニョフの説明は、淀みなくすらすらしたものだった。
真相はどうだかと老女ははっと息を吐くが、深追いはしないことにする。
「そうか。それで、お前が好いた他国の男は、どういった奴なんだい?」
対して興味もなさそうな質問に、セニョフは紅潮した頬で、真に幸せな笑顔を見せた。
「馬鹿正直な演技もできる方です」
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ア=ラウジ国の首都から離れた上空を、ドラゴン姿のイザベルが悠々と飛翔している。
イザベルはご機嫌で、ハミングを口ずさんでいた。行き同様、ゴンドラで運ばれているイーグルやシメジとアンズは、頭上から奏でられるそれを聞いている。
リアトリスというと、イザベルのハミングや鼻歌を子守歌代わりに、ゴンドラの中でうずくまり、意識は既に眠りの中だ。
「し、めじ・・・・・・。せめて寄生するなら、イナゴの佃煮にして。イナゴの佃煮なら・・・・・・食べたこと、あるから」
突然むにゃむにゃと語られたリアトリスの寝言は、日本語だった。
日本語を理解できるシメジは、一体どんな夢を見ているんだと、リアトリスをほとほと呆れる。
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