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見聞録
キュウテオ国編 ~特別な猫の尻尾⑮~
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夏だとはっきり告げるほど未だ青々としている空が、目に染みるようだ。
くすぶっていた謎も、絡まっていたコードをきれいに元通りにするように解け、リアトリスはお酒を飲んでいい気持ちになったような気分である。リアトリスは「特別な猫の尻尾」の正体を解明し、大満足していた。
「継承試練の儀」開始前に、リアトリスの中でもうそれは終了の鐘が鳴っている。
* * *
「継承試練の儀」のスタートの幕が切られた。
ひしめき合っていた大勢の者たちが、蜘蛛の子を散らす如く、その場から一気にいなくなる。彼らは己が確定付けた「特別な猫の尻尾」の元へと目指して行ったのだろう。
その様に、リアトリスは前世の高校受験を思い出した。
問題用紙も解答用紙も逃げやしないのに、試験官の開始の合図と共に、まるで売れ残りなど絶対にない人気のセール品を急いで手にするがごとく、一斉に紙をめくる音の大合唱に中三のリアトリスは笑いそうになったものである。あれの勢いを一斉にかき集めたら、巨大な風でも巻き起こるんじゃないかと、受験生だったリアトリスは思ったものだ。
そのことは、箸が転んでもおかしい年頃の証明でもあったのかもしれない。リアトリスと共に受験した同級生も、同じようなことで笑いそうになったと言っていた。
余裕はなく緊張はあり、荒んだ気分で望んだ本命校の試験であったが、あれで大分緊張もほぐれたことを、リアトリスは懐かしく感じた。
点数結果は、リアトリスにとって酷い有様だった。苦手科目が一番点数よく、得意科目がてんで駄目。それすら、今となってはいい思い出だと、リアトリスは素直に頷ける。
閑散とした広場に残っているのは、開始宣言の合図をした審査員と、オスカーとリアトリスのみである。進行役のような司会をしていた男性の姿は、もうそこにはなかった。
リアトリスは広場中央の噴水前に、てけてけと歩き出す。オスカーも無言でリアトリスと並んで歩く。
ウェディングケーキのような、三段層の丸い噴水。その近くに置かれたベンチに、リアトリスはよいしょと腰かけた。近くに生えた木で影ができており、休むのにはちょうどいい。
噴水周囲はレンガのような石材が地面に埋め込まれ、オスカーはその傍らで寝そべり、丸くなる。
取り合えず、リアトリスとオスカーはそこで時間を潰すことにした。飽きたらその時に考えようと、リアトリスは計画する。
そんなリアトリスとオスカーを見て、審査員は興味深い顔つきになった。面白いものでも発見したと、審査員の瞳の奥がきらりと光る。
リアトリスとオスカーの元に、審査員はゆっくりと近づいて行った。
数秒後、緑の瞳は見下ろし、薄葡萄色の瞳は見上げる。
「答え合わせを、してくれませんか?」
審査員が、優しい目つきでにっこりした円満な顔を向けた。
リアトリスは平然を取り繕うことも出来ず眉を寄せると、慌てたように周囲をきょろきょろと見回す。
「大丈夫ですよ。『気配遮断の魔法』をかけました。私たちの会話は、余程の者でないと見破れません」
「そうなのですね。ご配慮感謝いたします」
審査員の言葉に、リアトリスはひどく安堵した。その様子に審査員はふっとさり気なく笑う。
「気配遮断の魔法」とは、他者から姿をくらまして、会話も聞き取れなくする魔法だ。ただ、その魔法を同一人物からかけられた者同士は、はっきりとその姿を認識し会話もできるので、内緒話をするには打ってつけの魔法なのである。そう、今のリアトリスとオスカーと審査員のように。
リアトリスは数秒審査員と見つめ合い、やおら口を動かした。
「・・・・・・先ほどのお話ですが、恐れ多くも、お断り申し上げます」
「理由を聞いても?」
問われ、リアトリスはこくりと首肯する。そして、審査員を隣に座るよう促した。
審査員はそれに応じ、静かにリアトリスの右隣に腰を下ろす。
「私は、第三者に強制参加させられた側の者です。義理の兄たちに面白半分で申し込みをされました。そんな私が答えを分かったとして、この国を、誰かの遺産を譲り受ける資格はありません。真剣に参加を申し込み、血の滲む努力で答えを見つけ、真にそれを受け取る資格のある方に、失礼極まりないにもほどがあります」
淡々と、だがはっきりとリアトリスは告げた。
うんざり顔から徐々に真剣な顔と口調へと変わって語られた内容に
「そうですか。ですが、答えが分かっていて種明かしせず、資格を放棄するというのは、逆に無礼に思う者もいるかもしれません」
審査員はリアトリスににこやかな顔を向ける。
リアトリスはそんな審査員を、じっと見つめ返していた。
「そうですね、否定は出来ません。実際、答えを有し、高みの見物を決め込んでいるこの状況は、悪趣味とも言えるでしょう」
「・・・・・・私は失礼だとは思いませんが、至極残念に思います。あなたに国を預けるのも、また一興でしょう」
「それ、本気で言ってます?」
温厚な顔を崩さない桑年ほどの外見の女性に、リアトリスは胡乱な目を向ける。
「ええ。為政者向きでないあなたのような存在が頂点に立てば、良くも悪くも変遷します。それに他者に侮られている者は、極稀に思いがけないことをしでかしてくれるものです」
「確かに、私の知るとても遠い国では、他者から馬鹿者・愚か者・痴れ者と見なされている人物が、急に富を得たり、条件によって不思議な力を与えてくれる、そんな物語がありますね・・・・・・。教訓としては、そう言った人物を馬鹿には出来ないってことなのでしょうが」
リアトリスは遠い目をしながら、ふうと息をつく。
「とはいえ、私なんぞが上に立てば、国は崩壊どころか滅亡しそうです」
「それでも、一向に構いませんよ。そうなる運命だったというだけ」
リアトリスは前者の言葉に眉を寄せ、後者の言葉には思うところがあるのか目を伏せる。
審査員は、リアトリスを横目で見つめながら続けた。
「魔瘴も、暗黒時代も、そんな理由でこの世界に発生したのかも、しれませんしね。ただ、今のところ滅びの道へは辿っていないようですが・・・・・・」
「例えそうだとしてもです。そんな、吉と出るか凶と出るか、博打みたいなことのせいで、たくさんの無辜の命が蔑ろにされたと思うと、個人的に嫌気が差します」
魔瘴とは、別名イーヴォとも称される、実に厄介な存在である。
魔瘴は、約二十年ほど前から約四年前までこの世界に突如発生し、この世界のあらゆるものに悪影響を及ぼした。魔瘴のせいでこの世界の上空を薄暗い膜が多い、空はくすんだ色のフィルターをかけられた。
そのように魔瘴がこの世界に蔓延ったその期間は、暗黒時代と呼ばれている。
魔瘴自体の見た目は、黒いおどろおどろしい小さな雲に近い。それを体内に取り込むと、病気になったり、精神が病んだり、理性や抑制心が弱まり性格が変わったようになったり、とかく負の要因がもたらされる。
魔瘴の一般的な対処法としては、この世界の大多数の生物が持つ魔力をぶつけ、結晶化させることだ。魔瘴は魔力での攻撃により、渦巻く黒い煙をクリスタルに閉じ込めたような結晶と化す。そうすれば、一時的に魔瘴自体の外部に及ぼす悪影響は防げる。
しかし、生物の体内に取り込まれてしまった魔瘴は、魔力を持ってしても結晶化し取り出すことは叶わない。だからこそ、魔瘴を見つけ次第、魔力をぶつけて結晶化するしか無いとされていた。
たくさんの者が苦しめられ傷つけられた暗黒時代が終わりを告げたのは、約四年前の夏。世界全体を覆っていたくすんだ膜が取り払われ、あるべきはずの美しい夏空をもう一度ようやく拝めた日が、暗黒時代終了の日に定められた。
その後世界に蔓延っていた魔瘴は全て結晶化され、各国の然るべき機関に提出された。悪用されないよう然るべき場所の結界の中で封じられている。
それら魔瘴を完全にこの世界から消し去る安全な術は、未だ公には見つかっていない。
悪影響を及ぼさないように封印が施されているとはいえど、魔瘴は今もひっそりとこの世界に存在しているのだ。
そのことが、リアトリスの頭でまざまざとよぎっていく。
また、実は魔瘴は人為的にもたらされたことも、リアトリスは知っていた。
歯を食いしばり静かな怒りを湛えるリアトリスを、審査員の女性はただ黙って見ているだけだ。
「だからこそ余計、凶の責任を背負うしかなさそうな道に、私は進みたくなんかありません。そんな重責、まっぴらごめんです」
「だから誰かに押し付けると?」
「もちろんです。世の中適材適所。極力自分に合わないことを避ける。それはとても肝要です、心には」
「なるほど」
意地でも責任を逃れる宣言をするリアトリスに、審査員は小さく頷いた。
「あなたはどうです?」
審査員がオスカーに声をかけるも、彼は眠そうな糸目を少しだけ彼女に向け、首を横に振る。直後、くわっと大きなあくびをして、再びうとうとし始めてしまった。
「つれないですね」
ほんの少しだけ残念がる審査員に、リアトリスは眉を下げる。
「私も冗談で彼に催促しましたが、『めんどくさいのは嫌い』との返事を頂きました」
実は、リアトリスなりの『特別な猫の尻尾』の正体を、オスカーにはこっそりと伝えた際、リアトリスも審査員と同じような質問を既にしていたのだ。
「それはそれは、仕方ありませんね。・・・・・・あなたの伴侶はいかがです? あなたが資格を得れば、伴侶や親族が口を出してもいいんですよ」
審査員も、リアトリスのことを知っていたらしい。リアトリスの反応を面白そうに窺っている雰囲気が、彼女から滲み出ている。
いろいろと気になることはあったが、リアトリスは敢えて深追いはしなかった。正体がばれているならばと、リアトリスは返事に集中する。
「え~っと、伴侶は、まず有り得ません。私と似た性格ですから。むしろ邪魔だとして、進んでこの国を崩壊してくれちゃいそうな方であります。親族は、喜んでくれそうですけど、私が傀儡となり、親族の中の誰かがその操者となるなら、やはりごめん被りますね。そういう政治の在り方はどの世にもあるとはいえ、私の知る限りどれもこれも悲惨・悲愴の一途を辿ってるんですもん。それを思えば、ないですわ~というのが本音です」
リアトリスは少し疲れたらしい。加えて、どう転んでも「特別な猫の尻尾」を明かしてこの国の次代を担うつもりはないと、敢えて悪い方の地を出した口調でリアトリスは言い放った。
審査員は、観念したように肩を落とす気配がした。
「ここまでつれないと、諦めるしかないですね。では、答えの導き手が現れるまで、先ほどの物語や政治の在り方について話してくれませんか? 暇つぶしに」
「それなら喜んで。暇つぶしにお付き合いいたします」
首を傾げてほほ笑む審査員に、リアトリスの唇も弧を描く。
その後、「気配遮断の魔法」が解かれ、二人が話し続けても、「特別な猫の尻尾」を審査員に確認してもらいに未だ一人も来ない。
リアトリスはそれを不思議だと思ったが、さして深く気にすることはなかった。
くすぶっていた謎も、絡まっていたコードをきれいに元通りにするように解け、リアトリスはお酒を飲んでいい気持ちになったような気分である。リアトリスは「特別な猫の尻尾」の正体を解明し、大満足していた。
「継承試練の儀」開始前に、リアトリスの中でもうそれは終了の鐘が鳴っている。
* * *
「継承試練の儀」のスタートの幕が切られた。
ひしめき合っていた大勢の者たちが、蜘蛛の子を散らす如く、その場から一気にいなくなる。彼らは己が確定付けた「特別な猫の尻尾」の元へと目指して行ったのだろう。
その様に、リアトリスは前世の高校受験を思い出した。
問題用紙も解答用紙も逃げやしないのに、試験官の開始の合図と共に、まるで売れ残りなど絶対にない人気のセール品を急いで手にするがごとく、一斉に紙をめくる音の大合唱に中三のリアトリスは笑いそうになったものである。あれの勢いを一斉にかき集めたら、巨大な風でも巻き起こるんじゃないかと、受験生だったリアトリスは思ったものだ。
そのことは、箸が転んでもおかしい年頃の証明でもあったのかもしれない。リアトリスと共に受験した同級生も、同じようなことで笑いそうになったと言っていた。
余裕はなく緊張はあり、荒んだ気分で望んだ本命校の試験であったが、あれで大分緊張もほぐれたことを、リアトリスは懐かしく感じた。
点数結果は、リアトリスにとって酷い有様だった。苦手科目が一番点数よく、得意科目がてんで駄目。それすら、今となってはいい思い出だと、リアトリスは素直に頷ける。
閑散とした広場に残っているのは、開始宣言の合図をした審査員と、オスカーとリアトリスのみである。進行役のような司会をしていた男性の姿は、もうそこにはなかった。
リアトリスは広場中央の噴水前に、てけてけと歩き出す。オスカーも無言でリアトリスと並んで歩く。
ウェディングケーキのような、三段層の丸い噴水。その近くに置かれたベンチに、リアトリスはよいしょと腰かけた。近くに生えた木で影ができており、休むのにはちょうどいい。
噴水周囲はレンガのような石材が地面に埋め込まれ、オスカーはその傍らで寝そべり、丸くなる。
取り合えず、リアトリスとオスカーはそこで時間を潰すことにした。飽きたらその時に考えようと、リアトリスは計画する。
そんなリアトリスとオスカーを見て、審査員は興味深い顔つきになった。面白いものでも発見したと、審査員の瞳の奥がきらりと光る。
リアトリスとオスカーの元に、審査員はゆっくりと近づいて行った。
数秒後、緑の瞳は見下ろし、薄葡萄色の瞳は見上げる。
「答え合わせを、してくれませんか?」
審査員が、優しい目つきでにっこりした円満な顔を向けた。
リアトリスは平然を取り繕うことも出来ず眉を寄せると、慌てたように周囲をきょろきょろと見回す。
「大丈夫ですよ。『気配遮断の魔法』をかけました。私たちの会話は、余程の者でないと見破れません」
「そうなのですね。ご配慮感謝いたします」
審査員の言葉に、リアトリスはひどく安堵した。その様子に審査員はふっとさり気なく笑う。
「気配遮断の魔法」とは、他者から姿をくらまして、会話も聞き取れなくする魔法だ。ただ、その魔法を同一人物からかけられた者同士は、はっきりとその姿を認識し会話もできるので、内緒話をするには打ってつけの魔法なのである。そう、今のリアトリスとオスカーと審査員のように。
リアトリスは数秒審査員と見つめ合い、やおら口を動かした。
「・・・・・・先ほどのお話ですが、恐れ多くも、お断り申し上げます」
「理由を聞いても?」
問われ、リアトリスはこくりと首肯する。そして、審査員を隣に座るよう促した。
審査員はそれに応じ、静かにリアトリスの右隣に腰を下ろす。
「私は、第三者に強制参加させられた側の者です。義理の兄たちに面白半分で申し込みをされました。そんな私が答えを分かったとして、この国を、誰かの遺産を譲り受ける資格はありません。真剣に参加を申し込み、血の滲む努力で答えを見つけ、真にそれを受け取る資格のある方に、失礼極まりないにもほどがあります」
淡々と、だがはっきりとリアトリスは告げた。
うんざり顔から徐々に真剣な顔と口調へと変わって語られた内容に
「そうですか。ですが、答えが分かっていて種明かしせず、資格を放棄するというのは、逆に無礼に思う者もいるかもしれません」
審査員はリアトリスににこやかな顔を向ける。
リアトリスはそんな審査員を、じっと見つめ返していた。
「そうですね、否定は出来ません。実際、答えを有し、高みの見物を決め込んでいるこの状況は、悪趣味とも言えるでしょう」
「・・・・・・私は失礼だとは思いませんが、至極残念に思います。あなたに国を預けるのも、また一興でしょう」
「それ、本気で言ってます?」
温厚な顔を崩さない桑年ほどの外見の女性に、リアトリスは胡乱な目を向ける。
「ええ。為政者向きでないあなたのような存在が頂点に立てば、良くも悪くも変遷します。それに他者に侮られている者は、極稀に思いがけないことをしでかしてくれるものです」
「確かに、私の知るとても遠い国では、他者から馬鹿者・愚か者・痴れ者と見なされている人物が、急に富を得たり、条件によって不思議な力を与えてくれる、そんな物語がありますね・・・・・・。教訓としては、そう言った人物を馬鹿には出来ないってことなのでしょうが」
リアトリスは遠い目をしながら、ふうと息をつく。
「とはいえ、私なんぞが上に立てば、国は崩壊どころか滅亡しそうです」
「それでも、一向に構いませんよ。そうなる運命だったというだけ」
リアトリスは前者の言葉に眉を寄せ、後者の言葉には思うところがあるのか目を伏せる。
審査員は、リアトリスを横目で見つめながら続けた。
「魔瘴も、暗黒時代も、そんな理由でこの世界に発生したのかも、しれませんしね。ただ、今のところ滅びの道へは辿っていないようですが・・・・・・」
「例えそうだとしてもです。そんな、吉と出るか凶と出るか、博打みたいなことのせいで、たくさんの無辜の命が蔑ろにされたと思うと、個人的に嫌気が差します」
魔瘴とは、別名イーヴォとも称される、実に厄介な存在である。
魔瘴は、約二十年ほど前から約四年前までこの世界に突如発生し、この世界のあらゆるものに悪影響を及ぼした。魔瘴のせいでこの世界の上空を薄暗い膜が多い、空はくすんだ色のフィルターをかけられた。
そのように魔瘴がこの世界に蔓延ったその期間は、暗黒時代と呼ばれている。
魔瘴自体の見た目は、黒いおどろおどろしい小さな雲に近い。それを体内に取り込むと、病気になったり、精神が病んだり、理性や抑制心が弱まり性格が変わったようになったり、とかく負の要因がもたらされる。
魔瘴の一般的な対処法としては、この世界の大多数の生物が持つ魔力をぶつけ、結晶化させることだ。魔瘴は魔力での攻撃により、渦巻く黒い煙をクリスタルに閉じ込めたような結晶と化す。そうすれば、一時的に魔瘴自体の外部に及ぼす悪影響は防げる。
しかし、生物の体内に取り込まれてしまった魔瘴は、魔力を持ってしても結晶化し取り出すことは叶わない。だからこそ、魔瘴を見つけ次第、魔力をぶつけて結晶化するしか無いとされていた。
たくさんの者が苦しめられ傷つけられた暗黒時代が終わりを告げたのは、約四年前の夏。世界全体を覆っていたくすんだ膜が取り払われ、あるべきはずの美しい夏空をもう一度ようやく拝めた日が、暗黒時代終了の日に定められた。
その後世界に蔓延っていた魔瘴は全て結晶化され、各国の然るべき機関に提出された。悪用されないよう然るべき場所の結界の中で封じられている。
それら魔瘴を完全にこの世界から消し去る安全な術は、未だ公には見つかっていない。
悪影響を及ぼさないように封印が施されているとはいえど、魔瘴は今もひっそりとこの世界に存在しているのだ。
そのことが、リアトリスの頭でまざまざとよぎっていく。
また、実は魔瘴は人為的にもたらされたことも、リアトリスは知っていた。
歯を食いしばり静かな怒りを湛えるリアトリスを、審査員の女性はただ黙って見ているだけだ。
「だからこそ余計、凶の責任を背負うしかなさそうな道に、私は進みたくなんかありません。そんな重責、まっぴらごめんです」
「だから誰かに押し付けると?」
「もちろんです。世の中適材適所。極力自分に合わないことを避ける。それはとても肝要です、心には」
「なるほど」
意地でも責任を逃れる宣言をするリアトリスに、審査員は小さく頷いた。
「あなたはどうです?」
審査員がオスカーに声をかけるも、彼は眠そうな糸目を少しだけ彼女に向け、首を横に振る。直後、くわっと大きなあくびをして、再びうとうとし始めてしまった。
「つれないですね」
ほんの少しだけ残念がる審査員に、リアトリスは眉を下げる。
「私も冗談で彼に催促しましたが、『めんどくさいのは嫌い』との返事を頂きました」
実は、リアトリスなりの『特別な猫の尻尾』の正体を、オスカーにはこっそりと伝えた際、リアトリスも審査員と同じような質問を既にしていたのだ。
「それはそれは、仕方ありませんね。・・・・・・あなたの伴侶はいかがです? あなたが資格を得れば、伴侶や親族が口を出してもいいんですよ」
審査員も、リアトリスのことを知っていたらしい。リアトリスの反応を面白そうに窺っている雰囲気が、彼女から滲み出ている。
いろいろと気になることはあったが、リアトリスは敢えて深追いはしなかった。正体がばれているならばと、リアトリスは返事に集中する。
「え~っと、伴侶は、まず有り得ません。私と似た性格ですから。むしろ邪魔だとして、進んでこの国を崩壊してくれちゃいそうな方であります。親族は、喜んでくれそうですけど、私が傀儡となり、親族の中の誰かがその操者となるなら、やはりごめん被りますね。そういう政治の在り方はどの世にもあるとはいえ、私の知る限りどれもこれも悲惨・悲愴の一途を辿ってるんですもん。それを思えば、ないですわ~というのが本音です」
リアトリスは少し疲れたらしい。加えて、どう転んでも「特別な猫の尻尾」を明かしてこの国の次代を担うつもりはないと、敢えて悪い方の地を出した口調でリアトリスは言い放った。
審査員は、観念したように肩を落とす気配がした。
「ここまでつれないと、諦めるしかないですね。では、答えの導き手が現れるまで、先ほどの物語や政治の在り方について話してくれませんか? 暇つぶしに」
「それなら喜んで。暇つぶしにお付き合いいたします」
首を傾げてほほ笑む審査員に、リアトリスの唇も弧を描く。
その後、「気配遮断の魔法」が解かれ、二人が話し続けても、「特別な猫の尻尾」を審査員に確認してもらいに未だ一人も来ない。
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