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見聞録
キュウテオ国編 ~特別な猫の尻尾⑧~
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昼食後は、腹ごなしを兼ねて港町を観光がてら散策することとなった。
しかしながら、オスカーはまだ何か食べられる余裕を残していたようで、食べ歩きで試食しては気に入ったものを購入していた。
リアトリスはオスカーの様子を窺いつつ、彼女自身もお土産を購入していく。
途中、際限がないかに思われるオスカーの食欲に、店の者もコンラッドも驚いていた。しかも、普通であれば猫に食べさせてはいけないといわれる魚介類まで試食してみたいというのだから、困惑させられる。
その度に、リアトリスは彼らにオスカーの言葉を代弁した。
「彼は猫っぽいモンスターであって、猫ではありませんから、大丈夫だそうです」
その免罪符的な言葉に、オスカーは同意で首を縦に振るか、鳴き声をあげるのだ。
事実それらを食べても害はないと証明されているだけに、リアトリスは制止できないし、オスカーも食べることを止めはしない。
店の者やコンラッドは半信半疑状態ながら、オスカーの意思を尊重するしかなかった。
オスカーが、イカ・タコ・甲殻類・貝類・青魚を試食する度に、コンラッドは何かあったらと思うと心配でたまらない。コンラッドの瞳が、本当にオスカーはそれらを食べるのかと如実に訴えるも、オスカーの貪欲なまでの食欲はそれを完全に無視した。
その光景を横で眺めながら、リアトリスはどちらの気持ちも理解し、困ったものだと力なく笑うばかり。また、先ほど昼食で、オニオンスライスを普通にオスカーが口にしていたときはスルーしても、魚介類はここまで心配するのかと、コンラッドのその差を彼女は実に不思議に思った。
オスカーが満足し終わると、コンラッドは肩にのしかかった気苦労を、ふうと大きな溜息にのせて発散させる。彼のどっと積み重なったストレスが嫌でも実感でき、リアトリスはお気の毒にと憐憫の情が湧いた。
オスカーの腹ごなしのため、一行は港町の北側に向かう。小高い丘にある公園まで、ゆっくりと散歩していた。
公園が近づき目に映る景色に、リアトリスは頬が緩んでくる。
青々とした芝生の中に、ネジリバナが点々と顔を出していた。そんな場所で、たくさんの猫たちが日向ぼっこしている。
公園中心部には、木で作られた茶色の東屋やベンチもあった。それらの周囲は整備されて、花壇もある。ニゲラ・トレニア・ケイトウなどの花が咲き誇り、景色を彩っていた。
そんな憩いの場でも、明後日の「継承試練の儀」に参加するらしい者たちが、あくせくと動き回って「特別な猫の尻尾」を探し回っている。中にはしつこく猫を追いかけ回す者もいて、コンラッドは困ったような顔で、リアトリスは少し眉を寄せてその光景を見つめるしかない。
「無関係の猫たちにとっては、迷惑でしょうね」
「そうかもしれません」
リアトリスの独り言のような呟きには、明後日の行事のせいで生じている理不尽を大いに含んでいる。彼女よりもそれを理解しているが、それでも参加者のそんな行動をしたくなる気持ちも理解できるコンラッドは、苦笑を滲ませるしかなかった。
そんな二人をよそに、オスカーは日当たりの良い芝生の上に移動して、気持ちよさそうに寝転がって休息している。近くにいた猫たちはオスカーに最初は警戒していたものの、規則正しい寝息を立て始める彼に安心したのだろう。そのまま何もしないか、近づいてその手触りのいい毛皮の傍で丸まって、同様に昼寝をし始める。
ぽかぽか陽気の午後、彼らを見ているだけでも眠気が誘われそうだ。
リアトリスとコンラッドは木立で影ができたベンチに腰掛け、しばし休憩する。
「あなたはもう『特別な猫の尻尾』が何か予想はついていますか?」
「いいえ。未ださっぱりと分かりません」
「さして興味がない?」
「いいえ。興味はあります。『特別な猫の尻尾』がなんであるか、突き止めたいです。ただ、私は昔から謎解きが苦手でしたので、謎が解けなくても諦めがついている感じでしょうか」
遠くの青い海や空の景色を眺めつつ、コンラッドとリアトリスは言葉を交える。自然風景の清澄さと、過去に思いを馳せ、リアトリスは目を細めた。その横顔を、コンラッドは一度ちらりと視界に入れる。
「なるほど。確かに諦めは肝心ですからね」
「はい。ですが、諦めないことも肝心なんですよね。時と場合によっては」
「否定はしません」
落ち着いた口調で語るコンラッドを、今度はリアトリスが一瞥する。
「・・・・・・あの、少しだけ気になったことを訊いてもいいですか?」
「どうぞ」
「どうして、今年参加することにしたのですか?」
「今年こそ、次代が決定するという予感がしたからです。正直に言いますと、四年前から参加したい気持ちは常にありました。けれど、私には間違いなく『特別な猫の尻尾』がこれであると結論づけられるものは、見つけ出せません。ですから、去年まで敢えて参加を避けてきました。参加資格は一度のみ。その一回で失敗すれば、もう二度と資格はありませんから」
一度口を閉じ、コンラッドはゆっくりとまた口を開く。
「なんとなく、去年までは誰も『特別な猫の尻尾』を見出せないという変な確信があったのですよ。だから少し余裕がありました。しかし、今年はそうは思いません。自惚れに思われるでしょうが、直感や予感は意外に侮れない私としては、今年参加しないと絶対に後悔する気がしたのです」
「そうだったのですか・・・・・・」
「ええ。それなのに、未だ『特別な猫の尻尾』が一体なんであるのか分からず、非常に焦っています」
自身を嘲り笑うかのようなコンラッドを、リアトリスは無表情で見つめるしかない。彼女には、彼にかけていい言葉が見つからなかった。
そんな中、人懐っこい猫が近寄ってきて、コンラッドの膝に乗る。そのサバトラの猫を見て、リアトリスは瞠目した。
「尻尾がない」
手を抑えて、驚きの声をあげるリアトリス。
そんな彼女に、先ほどまで憂鬱な雰囲気を語っていたコンラッドは、思わず楽しそうな声で笑ってしまう。
「尻尾が完全にない猫もいるんですよ」
「そう、なんですか。短い尾の猫は知っていますが、ここまで尻尾がない子は初めて見ました」
コンラッドに軽やかに説明されても、リアトリスはおっかなびっくりといった態度を崩さない。しげしげと、コンラッドの膝の上で寛ぐ猫を見入っていた。
少しすると、その猫はぴょんと飛んで、どこかへ行ってしまう。飛び跳ねて走る様は、兎を彷彿とさせた。
その猫との出会いは、リアトリスの好奇心を大いにくすぐったらしい。
「あの、少し辺りの猫を観察しに行ってもいいですか?」
「ええ」
子どものようにそわそわするリアトリスに、コンラッドは笑い声を上げたくなるのを堪えて、その場から見送る。
リアトリスは庭園を散歩しながら、猫を観察し目を輝かせていく。時々その様子を、コンラッドが見守っていた。
体が大きかったり、短足であったり、巻き毛であったりと、リアトリスにとって見慣れない猫が所かしこにいる。変化に富んだ猫たちを、彼女は次々に発見していった。
そのようにして自分のペースで歩き回っているリアトリスの視界に、赤いふわふわの花穂を咲かせた植物が映る。彼女はその場にしゃがんで、前世でも見覚えのあるそれらをしばし無言で観察した。前世の記憶を辿り、それらの植物の名称を二つ彼女は思い出す。
「まさかね。・・・・・・特別な猫の尻尾、発見っ! なんちゃって」
リアトリスの囁きを理解できた者は、きっといないだろう。何故なら彼女が話したのは、この世界の共通語ではないのだから。
しかしながら、オスカーはまだ何か食べられる余裕を残していたようで、食べ歩きで試食しては気に入ったものを購入していた。
リアトリスはオスカーの様子を窺いつつ、彼女自身もお土産を購入していく。
途中、際限がないかに思われるオスカーの食欲に、店の者もコンラッドも驚いていた。しかも、普通であれば猫に食べさせてはいけないといわれる魚介類まで試食してみたいというのだから、困惑させられる。
その度に、リアトリスは彼らにオスカーの言葉を代弁した。
「彼は猫っぽいモンスターであって、猫ではありませんから、大丈夫だそうです」
その免罪符的な言葉に、オスカーは同意で首を縦に振るか、鳴き声をあげるのだ。
事実それらを食べても害はないと証明されているだけに、リアトリスは制止できないし、オスカーも食べることを止めはしない。
店の者やコンラッドは半信半疑状態ながら、オスカーの意思を尊重するしかなかった。
オスカーが、イカ・タコ・甲殻類・貝類・青魚を試食する度に、コンラッドは何かあったらと思うと心配でたまらない。コンラッドの瞳が、本当にオスカーはそれらを食べるのかと如実に訴えるも、オスカーの貪欲なまでの食欲はそれを完全に無視した。
その光景を横で眺めながら、リアトリスはどちらの気持ちも理解し、困ったものだと力なく笑うばかり。また、先ほど昼食で、オニオンスライスを普通にオスカーが口にしていたときはスルーしても、魚介類はここまで心配するのかと、コンラッドのその差を彼女は実に不思議に思った。
オスカーが満足し終わると、コンラッドは肩にのしかかった気苦労を、ふうと大きな溜息にのせて発散させる。彼のどっと積み重なったストレスが嫌でも実感でき、リアトリスはお気の毒にと憐憫の情が湧いた。
オスカーの腹ごなしのため、一行は港町の北側に向かう。小高い丘にある公園まで、ゆっくりと散歩していた。
公園が近づき目に映る景色に、リアトリスは頬が緩んでくる。
青々とした芝生の中に、ネジリバナが点々と顔を出していた。そんな場所で、たくさんの猫たちが日向ぼっこしている。
公園中心部には、木で作られた茶色の東屋やベンチもあった。それらの周囲は整備されて、花壇もある。ニゲラ・トレニア・ケイトウなどの花が咲き誇り、景色を彩っていた。
そんな憩いの場でも、明後日の「継承試練の儀」に参加するらしい者たちが、あくせくと動き回って「特別な猫の尻尾」を探し回っている。中にはしつこく猫を追いかけ回す者もいて、コンラッドは困ったような顔で、リアトリスは少し眉を寄せてその光景を見つめるしかない。
「無関係の猫たちにとっては、迷惑でしょうね」
「そうかもしれません」
リアトリスの独り言のような呟きには、明後日の行事のせいで生じている理不尽を大いに含んでいる。彼女よりもそれを理解しているが、それでも参加者のそんな行動をしたくなる気持ちも理解できるコンラッドは、苦笑を滲ませるしかなかった。
そんな二人をよそに、オスカーは日当たりの良い芝生の上に移動して、気持ちよさそうに寝転がって休息している。近くにいた猫たちはオスカーに最初は警戒していたものの、規則正しい寝息を立て始める彼に安心したのだろう。そのまま何もしないか、近づいてその手触りのいい毛皮の傍で丸まって、同様に昼寝をし始める。
ぽかぽか陽気の午後、彼らを見ているだけでも眠気が誘われそうだ。
リアトリスとコンラッドは木立で影ができたベンチに腰掛け、しばし休憩する。
「あなたはもう『特別な猫の尻尾』が何か予想はついていますか?」
「いいえ。未ださっぱりと分かりません」
「さして興味がない?」
「いいえ。興味はあります。『特別な猫の尻尾』がなんであるか、突き止めたいです。ただ、私は昔から謎解きが苦手でしたので、謎が解けなくても諦めがついている感じでしょうか」
遠くの青い海や空の景色を眺めつつ、コンラッドとリアトリスは言葉を交える。自然風景の清澄さと、過去に思いを馳せ、リアトリスは目を細めた。その横顔を、コンラッドは一度ちらりと視界に入れる。
「なるほど。確かに諦めは肝心ですからね」
「はい。ですが、諦めないことも肝心なんですよね。時と場合によっては」
「否定はしません」
落ち着いた口調で語るコンラッドを、今度はリアトリスが一瞥する。
「・・・・・・あの、少しだけ気になったことを訊いてもいいですか?」
「どうぞ」
「どうして、今年参加することにしたのですか?」
「今年こそ、次代が決定するという予感がしたからです。正直に言いますと、四年前から参加したい気持ちは常にありました。けれど、私には間違いなく『特別な猫の尻尾』がこれであると結論づけられるものは、見つけ出せません。ですから、去年まで敢えて参加を避けてきました。参加資格は一度のみ。その一回で失敗すれば、もう二度と資格はありませんから」
一度口を閉じ、コンラッドはゆっくりとまた口を開く。
「なんとなく、去年までは誰も『特別な猫の尻尾』を見出せないという変な確信があったのですよ。だから少し余裕がありました。しかし、今年はそうは思いません。自惚れに思われるでしょうが、直感や予感は意外に侮れない私としては、今年参加しないと絶対に後悔する気がしたのです」
「そうだったのですか・・・・・・」
「ええ。それなのに、未だ『特別な猫の尻尾』が一体なんであるのか分からず、非常に焦っています」
自身を嘲り笑うかのようなコンラッドを、リアトリスは無表情で見つめるしかない。彼女には、彼にかけていい言葉が見つからなかった。
そんな中、人懐っこい猫が近寄ってきて、コンラッドの膝に乗る。そのサバトラの猫を見て、リアトリスは瞠目した。
「尻尾がない」
手を抑えて、驚きの声をあげるリアトリス。
そんな彼女に、先ほどまで憂鬱な雰囲気を語っていたコンラッドは、思わず楽しそうな声で笑ってしまう。
「尻尾が完全にない猫もいるんですよ」
「そう、なんですか。短い尾の猫は知っていますが、ここまで尻尾がない子は初めて見ました」
コンラッドに軽やかに説明されても、リアトリスはおっかなびっくりといった態度を崩さない。しげしげと、コンラッドの膝の上で寛ぐ猫を見入っていた。
少しすると、その猫はぴょんと飛んで、どこかへ行ってしまう。飛び跳ねて走る様は、兎を彷彿とさせた。
その猫との出会いは、リアトリスの好奇心を大いにくすぐったらしい。
「あの、少し辺りの猫を観察しに行ってもいいですか?」
「ええ」
子どものようにそわそわするリアトリスに、コンラッドは笑い声を上げたくなるのを堪えて、その場から見送る。
リアトリスは庭園を散歩しながら、猫を観察し目を輝かせていく。時々その様子を、コンラッドが見守っていた。
体が大きかったり、短足であったり、巻き毛であったりと、リアトリスにとって見慣れない猫が所かしこにいる。変化に富んだ猫たちを、彼女は次々に発見していった。
そのようにして自分のペースで歩き回っているリアトリスの視界に、赤いふわふわの花穂を咲かせた植物が映る。彼女はその場にしゃがんで、前世でも見覚えのあるそれらをしばし無言で観察した。前世の記憶を辿り、それらの植物の名称を二つ彼女は思い出す。
「まさかね。・・・・・・特別な猫の尻尾、発見っ! なんちゃって」
リアトリスの囁きを理解できた者は、きっといないだろう。何故なら彼女が話したのは、この世界の共通語ではないのだから。
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