親分と私

七月 優

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番外編 親分とくるみ

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 その日、親分は魔法使いのおじいさんたちとお出かけし、私はお嬢様とお嬢様のお兄様たちと近くの森の奥に散歩に行った。
 そこで、偶然くるみの木を発見。ちょうどくるみも地面に落ちていて、お嬢様ときれいなくるみをたくさんお屋敷に持って帰ったんだ。

 それで、お嬢様のお部屋に、インテリアとして飾っておいたの。
 そう、あくまでインテリアとしてね、くるみをお嬢様のお部屋に飾っておいといたわけなんだけど・・・・・・。

 お嬢様と私の知らないうちに、親分がそうしてあったくるみ、殻を割って全部中身を食べちゃったのっ!
 お嬢様の部屋に散らばった、親分によって割られたであろうくるみの殻に呆然としたものだ。
 親分・・・・・・まじ有り得ないんですけど!

 私、親分にすごい怒った。
 親分のものじゃないのに、お嬢様と一緒に取って来て、お嬢様も嬉しそうに飾っていたくるみだったのにっ!
 親分の食用じゃなかったのに!

「マルアーが俺の好物だからと、わざわざ取って来たのだと思って・・・・・・。それに、あれは食べるものだ」

 初耳だよ。ていうかそれならそれで、私たちの部屋にくるみ置いとくでしょうがっ!
 どれだけ親分がくるみ大好物でも、居候している身として、やっちゃいけないことってあると思うんだよ。

 そりゃ、親分からすればくるみは食料なのかもしれないけどさ。
 なんていうの?
 祭りの屋台で一部の女子が持ってるだけがいいとするリンゴ飴的なさ。
 食べるのが目的じゃなかったのっ! 置物とかそういう要素があったんだよ。
 あ~、もう。親分にリンゴ飴的なこと言ったって伝わらないだろうしなぁ。
 とにかくだ。

「だからって、お嬢様の部屋にあったくるみ、勝手に食べていいわけあるかっ! あんなに食い散らかして、親分なんて、大きっらいっ!」

 私に雷を落とされた親分、何も言い返せずに、うなだれてた。
 親分に大激怒な私に、お屋敷のみんなは、まあまあ親分を許してやってという態度だったけど、簡単に親分を許せそうにない。
 優しいお嬢様も、親分がしたことに対し、仕方ないわと許してたけど、なんか納得いかない。

 そうして、私たちは初めて夫婦喧嘩? を続行中なのである。私が一方的に親分に怒ってるだけだけどね。
 親分とは話はするけど、親分に私を触れさせることはしない。私からも親分には絶対触れない。親分が私に触ろうものなら、噛みつかんばかりに威嚇してますが、何か? 私だってやるときはやるんだから。
 勿論、寝床も別々。私はお嬢様のベッドで寝させてもらってるよ。


「ルアー、可哀想だからもう許してあげて」
「彼も十分反省してるし」

 後日、お嬢様と、お嬢様のお兄様から説得された。
 それほど、親分が不憫に見えたらしい。
 そうだよね。親分、一定の距離を保って私にず~っと付きまとっては、許しを乞うてるもの。お嬢様たちからすれば、親分が申し訳なさそうな声でずっと私に謝るように鳴き続けてるように聞こえてるだろうし。

 強面なのに威厳が一切伺えなくなったそんな親分を私はちらり見て、ふうと溜息をついた。

『分かった。私が散歩から帰ってきたら許すよ』

 紙にペンで器用にそんな文字を書いて、二人に見せる。二人は良かったと安堵していた。

「親分。私ちょっくら森の中に散歩行くけど、絶対についてきちゃ駄目だからね。ついてきたら、親分のこともう許してあげないから。分かった?」
「マ。だが、マだけでは危険だ」

 くるり親分の方を向いて、淡々と告げる。親分は私が許す姿勢を見せたことで、大分表情が良くなった。
 ただ、私ときちんと番となってから親分は過保護具合に拍車がかかって、私が邸周囲の森を単独で散歩に行くのを良しとしない。

「分かったよ。暇そうな魔法使いのおじいさんを誘って行く。それならいいでしょ?」
「それなら、本当は嫌だが許そう」

 俺が一緒に行きたいのにとぶつくさ言いながらも、親分は折れた。

 そんなわけで、魔法使いのおじいさんを誘って、私は森の中に散歩に来ている。
 ちなみに、私は小ぶりな網をよいしょと引きずっていた。その網、お屋敷の調理人の一人にお願いして、借りてきたんだ。

「おじいさんは、夫婦喧嘩した?」

 森の中を散歩しながら、私は素朴な疑問を口にする。

「勿論しましたよ。ただ、私たちの場合は彼女が怒るのが専らでしたけど」
「例えばどんなことで?」

 ちょっと気になるんだよね。魔法使いのおじいさん、普段温和そうで、お腹はそこそこ黒いからさ。

「そうですねぇ・・・・・・。新婚時代には子作りが激しすぎると怒られました」

 おじいさん、若い頃きっととっても元気だったんだね。見た目だけは今も若いけど。

「ある時は、彼女より私の方が美しい顔で嫌になると、よく分からない理由で怒られましたねえ。私は彼女の顔の方が私の顔なんかより愛しくてたまらなかったんですが」

 へえ。魔法使いのおじいさんでも、こんな台詞はくことあるんだ。
 それだけ、奥さんのこと愛してたんだろうな。

「そう。・・・・・・魔法使いのおじいさん、美形の部類だもん。ちょっと奥さんの気持ち分からなくもないけどな」
「そうですか? 私の子孫たちはみな似たような特徴を持っていますし、ありきたりな顔に思えますけどね」

 ありきたりて・・・・・・。確かに魔法使いのおじいさんの子孫は、おじいさんのような藍色の髪に水色の瞳、いいお顔立ちという特色が強いみたいだけどさあ。
 世の中には、それが羨ましいって人もいると思うよ?

 そう正直に告げたら、魔法使いのおじいさんは「そんなものですかね」とのほほんと述べるばかりだった。魔法使いのおじいさん、何となく美人は三日であきるとか言いそうだなと、ちょっと失礼なことを思い浮かべてしまうばかりである。

「おじいさんから奥さんに怒ったことはなかったの?」
「・・・・・・なかったですかね。私は彼女といて、とても幸せでしたから。ただ怒りはしませんでしたが、彼女が私より老いて先に逝くことで私を避けないで欲しいとは懇願しましたね。私は彼女がどんな姿でも良かった。彼女だから愛していたのに、それが中々分かってもらえず苦労しましたよ。私が長寿過ぎたせいで、いろいろありましたねぇ」
「そっか。おじいさんは、奥さんともっと長く一緒に生きたかったんだね」
「当然です。種族も寿命の違いも詮無きこととはいえ、愛する者に先に逝かれてしまうのは、悲しいものですよ」

 魔法使いのおじいさんを見ていると、長生きするっていいことばかりじゃないんだなあと実感する。

「そうだね。私も、親分やみんなには私より先に死んで欲しくないもん。前世家族より先に死んじゃった身だけどさ、みんなには私より早く死なないでって思っちゃう」
「・・・・・・置いていかれる方は、そう願われても、たまにきついものがありますがね。知り合いの人生が終わるのを幾度も見てきた側としては、そろそろ早く見送られたいとは思う時もあります」
「そう。でも、見送られたい時もあるってことは、見守りたい時もあるわけでしょ?」
「ええ。勿論です」

 そう述べたおじいさんの顔には、穏やかな笑顔が浮かんでいた。

 そんな会話をしながら、目的地に到着した。
 辿り着いたのは、先日のくるみの木の場所だ。
 魔法使いのおじいさんは「鑑定」というらしい便利な能力をお持ちらしく、質のいいくるみをそれで選定してもらい、どんどん私と網に詰めていく。網は、その理由で借りてきたのだよ。

 パンパンになった網は、前世の潮干狩りで得る貝を思い出させる。中身くるみだけど。
 おじいさんは、道具という、この世界の亜空間的保存場所に入れてあげるよと言ってくれたけど、断った。

「自分できちんと持って帰りたいんだ」
「そうですか。あなたがそう言うのでしたら、それで構いませんよ」

 ほほ笑みを浮かべるおじいさんは、多分私の思いを何となく理解してくれてると思う。
 楽しないで敢えて自力でやるってことに、意味があることもあるんだ。傍目からすれば、変なのって思われるかもしれないけどね。
 だから、そこそこ重いけど、頑張って私はお屋敷まで網に入ったくるみを持って帰った。

 行きより帰りの方が大分時間がかかったけど、おじいさんはいい運動になったと言うあたり、大人だなあと思う。
 邸に着けば、親分が出迎えてくれていた。

「親分。ただいま」
「おかえり」
「このくるみね。形がいいのはお嬢様に渡すの。それ以外は、調理人さんに渡して、お屋敷のみんなで食べてもらうからね。親分へのお土産じゃないよ、分かった?」

 親分の視線がちらちらくるみに向かっているのを見て、釘をさす。

「分かった。もう勝手に食べたりしない」
「うん。今度、一緒にくるみ探しに行こうね」
「ああ。・・・・・・もう、俺のことは許してくれるか?」
「うん」
 
 そう言うと、親分は嬉しそうに数日振りに私に頬ずりをした。
 そして、重いくるみは親分が代わりに持ってくれて、調理場へ運んでくれる。

 きれいにしてもらった形のいいくるみは、お嬢様の部屋のくるみを飾ってあった場所にこっそり置いておいた。あとで、お嬢様にお礼を言われた次第だ。

 その日の夕食、私とおじいさんが採って来たくるみが振舞われた。
 親分には香ばしく炒ったくるみが出される。私の方には、ハーブ類などの香辛料と調味料で味付けされ焼かれたカジキマグロの上に、粗みじんの炒ったくるみが乗っかってた。
 お嬢様たちの食事にも、くるみが所々入った料理が提供されていた。

 親分のおいしそうにくるみを頬張る顔を見て、本当に好物なんだなと思った。
 親分のそんな顔を見れるなら、また近いうちにくるみを探しに行きたいな。
 でも、その時は約束通り、親分と仲良く二匹だけで行こうと思ったのだった。
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