序・思わぬ収穫?

七月 優

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四歳

Spring has come.①

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 マーズの月、前世でいうところの三月になりました。
 孤児院の外では、すっかり春の息吹が流れています。

 春は虫の活動が活発になるから嫌という人もいますが……。
 春の花々が顔を見せる春は、個人的にワクワクします。
 ホトケノザ・ヒメオドリコソウ・フグリ系・スミレ系・タンポポなどなど。春の野草が花開くこの季節も好きです。
 温暖な気候とあって、菜の花やからし菜もすっかり黄色の道を作っていました。そう、食用にも適するそれらが、孤児院敷地外の野原に群生しているのですよ。

 春うららかな午後、マリエラたち一部の年少組と院長先生で、孤児院の外へ春の散歩に出かけています。
 年少組の残りは、孤児院でお昼寝希望で、副院長が面倒を見ていますよ。

 先月の後ろ蹴り以来、副院長のバイオレンスは一応ナリを潜めました。理由は謎です。
 ですが、私にはいいこと尽くしに違いなく。今までよりも、向こうからちょっかいをかけられる頻度も減少しましたし。その代わり、他の子たちの前でも、口うるさい傾向に変わりましたけどね。
 理由はなんであれ、暴力を封印されたのは、きっと副院長にとってもいいことなはずでしょう。多分。

 また、私はときどきマリエラと厨房で、簡単な食事の手伝いもさせてもらえるようになりました。
 反対に、副院長の料理係は大分少なくなりましたね。孤児院の年長組や院長先生が、料理したがるようになったのも原因でしょう。副院長自身料理はあまり好きではないようで、それに関して不満はなさそうでした。
 ですので、食事の手伝いをするのは、全て副院長が食事係でない場合に限ります。
 
「院長先生、これ採る。いい?」

 私は菜の花もしくはからし菜を指さし、採取の許可を伺います。

「いいですよ」

 院長先生がそういうなり、私は喜んで採取し始めます。
 ですが、傍らにいたマリエラは微妙な顔をし始めました。

「リース、それ辛い。苦い」
「あ~」

 マリエラの年相応の不満に、私は苦笑しかできません。
 味覚が機敏な子どもからすると、菜の花やからし菜って、苦みか辛みがありますものね。
 この前、菜の花やからし菜を料理したもの、年少組にはことごとく不評でした。
 私も、前世はそれほど好きではありませんでした。しかし、生まれ変わって味覚が変わったのか……。前世よりは、菜の花もからし菜もおいしく感じられるようになった気がします。
 
「マリエラ、これ食べない。私食べる」
「……分かった」

 マリエラは食べずともよいと遠回しに言えば、彼女はすんなり納得してくれました。気乗りしないのに、優しいマリエラは採取を手伝ってくれます。
 実をいうと、孤児院の食材の足しにする気もありますが、個人的に食材の補充の意味合いを兼ねてたりします。
 この世界、「道具」という超便利なものがありますからね。
 私の今後のために、食材は「道具」に保管しておこうという企みもあるのですよ。

 私とマリエラが菜の花やからし菜を採る一方、他の子たちは駆け回ったり、他の野草を摘んだりしていました。
 土筆とかも、めっちゃ摘みまくってます。
 土筆ね……。前世土筆料理で「うえっ」となるものを最初に食べて以降、食材として敬遠しています。土筆は私の守備範囲外。
 食べられないものを採る気はありませんとも。喜んでもらってくれる人もいるわけじゃあるまいし。

 乱獲しない程度に菜の花やからし菜を採取していたら、誰かに右手首を取られます。
 顔を向けると、不機嫌そうな男の子がいました。
 暗めのブロンド、明るい栗毛とも思える髪。グレーの瞳は、真っ直ぐ私を見つめています。
 正直、記憶にない男の子です。
 彼は私の手首を離すと、とある方向を指さします。

「リース、採る ――― こっち ――― 」

 私の愛称を知っていて、ここにいるということは、孤児院に所属している子には違いありません。
 それにしても、なんだか怒った様子で、採取するならこれがいいと教えてくれるのはなんででしょうか?
 困惑しながらも、一応彼の指示に従い、それを採りました。

「ありがとう?」

 思わず疑問で感謝を伝えます。
 それでも、彼の不機嫌そうな表情は崩れません。

 直後、マリエラが私の後ろに来ました。振り向き、私は衝撃を受けます。
 彼女のハシバミ色の瞳は、直線を描いて彼にひたすら向かっています。
 その熱を帯びた瞳が、薄っすらピンク色に染まった頬が、何を示唆するのか嫌でも分かりました。

 私の知らぬうちに、マリエラは彼に恋に落ちていたのですね……。

 なんていいましょう。
 仲良くして可愛がっていた年下の子が恋を知り、嬉しい反面、まだ何も知らない子どものままでいて欲しいと願うような、この切ない気持ちは……。
 世間の親御さんは、子どもが辿るこういう道を、乗り越えていっているんですね。

 そっかあ。
 マリエラは恋愛的な意味合いで、誰かをもう好きになったんですね。
 彼女を見守ってきた側として、ちょっと複雑な気分ですが、祝福と応援はせねばなりません。

 でもですよ。

「マリエラ、彼、誰?」

 私は彼のことは、” Who are you ? ” 状態。
 当然の疑問を投げかけました。
 その瞬間、私はマリエラから驚愕の表情を見せられます。

「リース、ユーゴ ―― 。去年のディソンの月からずっといる ― 」
「本当? 今日、初めて、彼知る」

 聞き取れた内容から、私がそうなんだ風で返事をすると、マリエラは訝し気に首を傾けました。
 ふと、彼の方を見ると、なぜか顔を真っ赤にして怒っているように見えます。また、なぜか憎々し気に、睨まれた気がしました。

 あれ?
 私はそこでようやく、彼は副院長と髪色が似ていることに気づきます。おまけに顔もどことなく似通っているような……。気のせい、ですかね?
 
 そんな疑問を抱いていれば、マリエラに肩をちょんちょんと叩かれます。

「リース。ユーゴ ― 先月リース ―― 副院長先生 ―――― 」

 マリエラが必死に説明してくれるのですが、申し訳ないことに何が言いたいのか分かりません。

「マリエラ、分からない」

 ギブアップ宣言すると、ユーゴという名らしき彼が、慌てたようにマリエラの名を呼びました。そして、颯爽とマリエラの手を取り、彼はマリエラを連れて行ってしまいます。
 瞬く間の出来事に、私は呆然とするばかり。

 それにしても、連れ去られたマリエラ、顔真っ赤でしたね。
 初々しいなと思わずにはいられませんよ。

 兎にも角にも、事情が全く呑み込めない私は、遠ざかった二人が何やら話し合いをしているのをしり目に、春の食材採取を再開します。

 マリエラは、ほんと、いつ恋に落ちたんですかね?
 そこでふと、とあることに合点がいきます。
 マリエラが身だしなみを特に気にするようになったのは、少なくとも先ほどの彼も要因だということに。
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