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# 冬

運命のヒト⑦

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 戸部君が一瞬、言葉にするのを躊躇した。
 そして、不安そうな私の目を見つめると、ニヤリと口元を緩ませる。
 その表情で、この後何を発言するかわかってしまった。


「俺と別れて、林田勇気の下に行くんだよ」


 わかっていたとはいえ、頭の中は混乱する。
 困惑している私と、無理に笑顔を作っている戸部君の、心の中は同じ悲しさがこみ上げているはずだ。
 何を言葉にすればいいか……自分を見失っていた時、入来ちゃんの言葉が頭に響いた。
 『中途半端に向き合わないこと』と『強い気持ちを持つこと』の、その二つの言葉が。
 話さないと。きちんと正面から、戸部君と話さないと。

「私は……戸部君に何度も救われてきた。そんな戸部君と別れるなんて、できないよ」

 私の発言に、戸部君は一瞬困った顔をしたけど、気持ちを変えることはないみたいだ。
 一向に譲る気はないのが、顔つきから伝わってくる。

「いいんだよ、俺はもう踏ん切りがついたから」

「勝手につけないでよ」


「勝てないんだよ!!」

 
 突然上がった声のボリュームで、その後のセリフを返すことができずに、息を飲んでしまった。
 少し間を開けてから、その言葉の真意に迫る。

「勝てないって……どういうこと?」

「勝てないんだよ、林田勇気には。サッカーで一緒になった時も、あいつにはひっくり返っても敵わないって思った。今だってそうだ。ナオちゃんを想う気持ちだけは、負けないつもりだったのに」

「戸部君の気持ち、ちゃんと届いてるよ!?」

「いや……いくら俺が想っても、林田勇気には勝てない。俺がナオちゃんを想う気持ちよりも、ナオちゃんが林田勇気を想う気持ちには、どうしても勝てないんだ」

「どうしてそう決めつけるのよ!?」
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