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# 秋

ヒトの手⑨

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「ナオ……俺はきっと、情緒不安定なんだ。さっきまでサークルが楽しかったのに、一人になると強烈な劣等感が襲ってくる」

「劣等感?」

「ああ、みんな五体満足に生きているのに、俺はみんなに迷惑をかけてばっかりだ。沙良にだってそう。それが、惨めでしょうがないんだよ」

 今日初めて、心の闇をさらけ出してくれた気がする。
 ユウキが言っていた、色々な悩み。
 それはユウキとは無縁だと思っていた、劣等感のせいだった。
 大学という広がった世界の中で、人知れず侘しさを抱えていたみたいだ。
 私の知らない、ユウキの新たな一面が、無残にも芽生えてしまったらしい。
 そんな弱気になっているユウキに対して、精一杯の励ましの言葉を送る。

「迷惑だなんて、思うわけがないじゃない。岸井さんはもっと頼ってほしいくらいに感じてるよ。好きな人を支えることが迷惑だなんて、これぽっちも考えないでしょ!」

「うん……」

 心に響いている様子ではないけど、気にせずに前向きな言葉を送り続けた。
 私の熱心な表情とは反対に、ユウキは暗い顔つきを崩しはしない。
 
「まあ、ナオはそう言うよね……」

 エレベーターが三階に着くと、意味深なセリフを残して降りていった。
 私のことを、全部わかったような言いざまで。
 その言葉の意味もいまいちわからないし、何だか消化不良のやり取りになってしまった。

 ユウキは、キャンパスライフの中で、一人背負い込んでいるみたいだ。
 岸井さんに対して、迷惑をかけているという負い目があるらしい。
 車イス生活のサポートに、付き合わせてしまっているという考えなのかも。
 だけど、それ以上に岸井さんはユウキに対する愛が強いはず。 
 私にあんなに敵対心を燃やすくらいだし。

 握りつぶしていた掌には、一生懸命ユウキと向き合っていたせいか、私らしくない高温の熱を帯びている。
 ユウキもまた、心にお疲れを持った人間の一人。
 そんなユウキに対して、やっぱりいつか……施術をしてあげたいと思った。
 私の手で、温もりを伝えてあげたいと思った。
 そうすれば、ユウキの擦り減った感情が癒されるはず。


 だって私の手は、紛れもない『ヒトの手』だから。
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