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# 秋

ヒトの手⑤

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「早野さん、ありがとう。その通り、私たちは機械を使って刺激を与えるわけではありません。血が通った、人間の手で施術をするのです。ヒューマンタッチは、人の緊張を取り除くことができます」

 息をするのを忘れるくらいに、夢中で先生の話を聞いていた。
 私の手に、温もりはあるだろうか。
 ユウキに施術をすることを諦めた私に、そんな力が宿っているのだろうか。
 冷たくなっている掌を眺めながら、自問自答を繰り返していた。

「早野さん」

「あ、すいません!」

 顔を上げると、先生はすでに目の前で私を凝視していた。
 自分の世界に入っていたことが、バレてしまったみたいだ。
 怒られるのを覚悟した瞬間に、先生の硬い表情がゆるりと解かれる。
 

「早野さん、大丈夫。あなたの手も温かいわよ」


 先生は私の精神状態を知るはずもないのに、心に染み入るような言葉をかけてくれた。
 不意を突かれた発言に、涙腺が緩みそうになる。
 後ろの席に座っている入来ちゃんも、先生の言葉に合わせて背中をツンと突っついてきた。
 弱火になっていたリフレクソロジーへの熱さが、じわじわと燃え上がっていくのを感じる。

「今日は、プロのリフレクソロジストになる上で必要な要素をお伝えしました。しっかり胸に刻んでおくように」

 いつもより深く、先生にお辞儀をする。
 帰りの挨拶を終えて、駅まで向かっている最中に、入来ちゃんにこれまでの感謝を伝えた。
 お別れするみたいだから止めてって言われたけど、どうしても言葉にしたかった。
 軽くあしらわれてしまったけど、感謝の気持ちは伝わったと思う。
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