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# 夏

二人きり①

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「ナオちゃんってさ、どの季節が好き?」

 まだ生徒が疎らにしか集まっていない朝の教室で、隣の席の戸部君がいきなり質問をしてきた。
 いつも意外に思うけど、戸部君は必ず朝一番に登校する。
 毎回一番乗りに着いて、優雅にテキストを読むのが好きみたい。
 したがって私は、どんなに早く着いたって思っても、一番早く席に座ることはない。
 この脈絡のない質問に答えるのも、一体何回目だろうか。

「うーん、春かな」

 思わず気怠そうに答えてしまう。
 朝一番はまだ、声帯の準備が整っていない。
 それが戸部君にも伝わったのか、その後の会話を続けようとしなかった。
 もしかすると、無意識に傷つけたかもしれない。
 取り戻すかのように、今度はこちらから話を振る。

「じゃあ、戸部君はどの季節が好きなの?」
 
 仕切り直して聞き返すと、子供のように顔が明るくなった。
 視線を天井に向けながら、楽しそうに考えている。
 根っからの純粋ボーイだということを、改めて思い知った。

「俺はね、夏以外かな!」

「夏以外って、どうしてよ?」

「だって暑いの嫌だし、それに夏バテするしさ。とにかく夏以外の季節だったらどれでもいいや」

 戸部君みたいな人こそ、夏大好き人間って感じがするのに、人は見かけによらないとつくづく実感する。
 だけど……夏が嫌いなのは一緒だった。
 正確に言うと、中学生までは好きだったけど、高校生から嫌いになった。
 理由は、もちろんユウキの交通事故があったから。
 あの五月蠅いくらいの蒸し暑さは、嫌な記憶として頭に閉じ込められている。
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