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# 夏

あの夏の記憶⑥

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 その後は、近くの公園でしばらく過ごした。
 とは言っても、隣に居てあげることしかできなかったけど。
 ユウキは、何も言わずに暗くなってきた夕空を眺めていた。

「何しよっかなー、これから」

 元来た道を戻っている途中、ユウキがその日一番の明るい声で呟く。
 トーンが一つ上がったその明るい声を聞いて、とにかく安心した。
 その日のメンタル状態がユウキの底辺だとしたら、これ以上下回ることはないと確信できるくらい、健気だった。
 
「何でもやってみたらいいじゃん。サッカー以外でも、できることいっぱいあるよ」
 
「そうだけどさ、一応サッカー推薦で高校入ったし。都の選抜にも選ばれてたんだぜ? それなのに、最悪だよ」

 取り乱していたユウキとは全く違って、現実を受け止めたユウキに変わっていた。
 公園で夕空を見つめていたのは、頭の中で感情を整理していたからなのかもしれない。
 その瞬間ばかりは、隣に居てあげて良かったって思えた。
 そして、マンションに着くまでありったけの不平不満を聞いてあげた。

「なんか、落ち着く場所にでも行きたいなぁ」

「どこに行きたいの?」

「うーん、並木中かな」

「何それ、もう廃校になってるから無理よ」

 並木中とは、私たちの母校のこと。
 私たちの代が卒業すると同時に、隣町の中学校と合併になってしまった。
 廃校になった並木中の校舎は、立ち入り禁止になっている。

「俺、あの中学校が大好きだったな。あの頃に戻りたいわ……」

 別れ際に、そう小さく声を落とすと、ユウキは三階で降りていく。
 最後に捨てた言葉が、何とも物悲しく感じる。
 そんな私を察してか、なかなか閉まらない扉の前で、ユウキが笑顔になっていた。

「ナオ、迷惑かけてごめんな。迷惑ついでだけど、これからも色々よろしく!」

 手を振るユウキに、照れ臭く答えてしまった。
 言葉を出さぬまま、一回だけ強く頷く。
 扉が閉まる、最後の最後まで、ユウキは私の目を離さなかった。


「……当たり前でしょ」
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