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# 夏

あの夏の記憶④

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 ユウキが退院してからは、毎朝一緒に学校に通った。
 まだ慣れていない車イスでの移動を、一人でさせるわけにはいかないから。
 最初ユウキに提案した時、迷惑かけるからって否定されたけど、半ば強引に突っぱねた。
 それは同じマンション内に住んでいる、私にしかできない役目だから。
 毎朝、七時半にエントランスで待ち合わせ。
 通学中のユウキは、やけに明るい。
 その時はすっかり立ち直ったんだって安心したけど、実はそうではなかった。

 ユウキの心の中は、ぽっかりと穴が開いていたんだ。
 その感情が爆発したのは、ユウキが車イス生活に慣れてきた頃、マンションのエントランスで。
 いつもと同じくらいの時間に帰宅すると、エントランスのエレベーター前で放心状態のユウキがいた。
 事の重大さが理解できる私は、恐る恐るユウキを呼んだ。

「ユ、ユウキ? もうエレベーターついてるよ。お家帰ろ?」

 その声は確実に届いているのに、返事をするどころか自分の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしり始めた。

「ちょっと何してるの! やめて、落ち着いて!」

 今思うと、相当パニックに陥っていたのだろう。
 手を押さえてユウキの顔を直視すると、涙目のまま息づかいが荒くなっていた。
 早い呼吸に合わせて、背中を擦る。
 肩の動きが、少しづつ正常に戻っていくのを確認した私は、ユウキを連れてマンションの前を散歩することにした。
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