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# 夏

あの夏の記憶②

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「ナオも一限目からなんだ」

「うん、怠いよね」

「怠いって、ナオらしくないな」

「ユウキはどうなの? その……大学は」

 本当は、彼女ができたかどうか以外は興味なかったけど、これが今聞ける精一杯の質問だった。
 大学のことを聞けば、ポロっと言ってくれるかもしれない。
 あっさりと『彼女できたよ』なんて。
 言われたら失神するほどショックだと思うけど、この気が気でない状態を早く楽にしたい。

「別に普通だよ。あ、そういえばダンスサークルに入った」

 期待していた系統の回答ではなくて、相槌を打ちながら心の中でげんなりした。
 だけど、ダンスサークル? サッカー一筋のユウキが、他のスポーツに興味を持つなんて。

「ダンスサークルって……ユウキ、踊るの?」

「おいおいバカにするなよ。車イスに乗りながら踊れる人って、結構貴重なんだからな」

「それはわかるけど、単純にリズム感とかあったっけ?」

「ただいま絶賛勉強中」

「なるほどね」

 会話を進めていくうちに、ユウキが笑いながら話していることに気がついた。
 高校一年生の夏以来、スポーツに熱を注ぐことを辞めたユウキが、静かに動き出していたのだ。
 自然と、こっちまで笑みを浮かべてしまう。

「ナオ、目黒線だよな? 俺新宿線だから」

 最寄り駅は、二路線が乗り入れており、ユウキとはちょうど違う路線。
 電車の中はそこまで混んではいなかった。
 運良く席に座わることができ、目を閉じたら急激な眠気が襲ってくる。

 それにしても、ユウキの前向きな話が聞けるなんて。
 交通事故に遭った時の、絶望したユウキからは想像ができない。
 
 今からちょうど三年前か。ちょうど三年前に、あの悲劇が起きたんだ……。
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