49 / 74
4章 ティートリーの季節
⑬
しおりを挟む
「ま、僕の父は亡くなってるから。何にも言うことができないんだけどね。そう言った意味だと、莉緒ちゃんが羨ましいや!」
「一緒にしないで」
「……え?」
「真輝人君のお父さんの弱さと、私の父の弱さを、一緒にしないで」
パッと目を上げると、莉緒ちゃんが目を尖らせて、眉毛をピクピクと震わせていた。あまり受けたことのない凄みに、唾を飲んでたじろいでしまう。
静かな声と物凄い剣幕で、僕に牙を向けており、何が何だかわからない状態になった。ただただ動揺をしながら、莉緒ちゃんに謝ることしかできない。
「ご、ごめん」
「真輝人君は何もわかってないよ。勝手に全部知った気になって、勝手に私を励まして。もっとちゃんと考えて発言すれば」
額に青筋を張って、僕に顔を近づけてくる。
それを聞くまでは、何で怒られているかわからなかったけど、今の発言で腑に落ちた。
僕は良かれと思って、莉緒ちゃんが羨ましいという発言をしたのだ。
比べる気は全くなかったけど、僕の父がいないことは疑いようのない事実で、莉緒ちゃんには父親が存在している。自虐の意味も込めてした発言だったけど、莉緒ちゃんからしたら笑えない冗談だったのだろう。
だけど、ここまで怒りをぶつけられるとは思わなかった。別に悪気があったわけではないのに。
僕の中にも湧き出てくる感情を、抑えることができない。これ以上何かを返すと喧嘩になることくらいは想像がつく。
でも、このまま黙って頭を下げていても、自分にストレスを抱えるだけだ。
気がつくと、僕も口を尖らせて反論していた。
「莉緒ちゃんが暗い顔をしてたから、善意のつもりで言ったのに。そんな言い方しなくてもいいじゃん」
「そんなの頼んでないし、無神経過ぎるよ」
「無神経って……莉緒ちゃんこそ、神経質なんじゃないの」
「……話にならないね」
短くて荒い会話が、莉緒ちゃんの言葉を最後に途切れた。
ムッとした顔のまま立ち上がって、施設内の更衣室に入っていく。僕はその後ろ姿を目で追いながら、多大な罪悪感に襲われていた。
いや、この喧嘩に関しては僕が悪いとは思わないし、気の弱い僕だとしても、発言しなければいけないところだっただろう。
生まれて初めてした喧嘩の後味は、最悪だ。でも、引くわけにはいかない。今まで感じることのなかったプライドが、自分の中に芽生えていることを実感した。
「真輝人、そろそろ帰るぞー! あれ、莉緒ちゃんは?」
「ああ、ちょうど着替えに行ったんじゃないかな」
「そっか、じゃあ俺たちは先に車行ってようぜ!」
智也は僕と違って、最高潮に明るい気分だろう。
智也のお父さんも同じような充実感を得ているのか、二人共終始笑顔だった。一人寂しく後部座席に座ると、遅れて莉緒ちゃんが入ってくる。
僕に目を合わせようとはせず、智也たちに「待たせてごめん」と大袈裟に謝っていた。
誰も話す気力がないのか、帰りの車内は、ほとんどの時間を沈黙で過ごした。時折、智也のお父さんが「トイレ大丈夫か」とか「コンビニ寄るか」とかを、僕たちに聞いてくれるだけ。それ以外は、各々が車窓からの景色を眺めていた。
前の席の二人は、単純に体を動かした疲労感のせいで、声を出せないのだろう。それに比べて、後部座席の僕たちは、精神的な疲労で声が出ないだけだ。
人といがみ合うというのは、物凄い体力を使う。
喧嘩なんかするもんじゃないなと心で思いながらも、莉緒ちゃんの方は向けないでいた。
「莉緒ちゃん、公園に着いたけど……帰りもここでいいの?」
「うん! ここで大丈夫。今日はありがとうね」
「おっけー! じゃあ次会う時は冬休み明けだね! よいお年をー!」
結局、あの喧嘩以降、言葉を交わすことはできなかった。
莉緒ちゃんを降ろしてからも、沈黙は続く。智也の言う通り、次に莉緒ちゃんと会うのは、冬休みを開けた後だ。今年はもう会うことはない。
そんな考え事をしていると、すぐに僕の家についた。冬休みなのにも関わらず、道はそこまで混雑していなかったみたいだ。
智也と智也のお父さんに感謝を伝えて、車を降りる。智也は僕にも「よいお年を」と言ってくれた。照れながら「よいお年を」と返すと、智也は嬉しそうに笑った。
家の前で、皮膚から湧き出る汗を拭う。特に額から垂れ落ちる、この冷や汗を綺麗に拭き取りたかった。
顔の近くにハンカチが来る度に、ティートリーの香りが鼻を刺激してくる。
スースーするような匂いは、相変わらず効力を持続させており、僕の神経を休ませてくれるようだった。
ようやく増えた大切な友達と、僕史上一番の大喧嘩をしてしまった。
まさか、家族の話を発端に、こんなに対立させてしまうとは。
前までの殻にこもっていた自分だったら、気持ちをぶつけ合うなんて、できなかったことだ。それは成長と捉えることもできるけど、後味が悪過ぎて、嫌な気持ちになった。
またしても、人と関わる上でのしがらみを実感することになるなんて。
このティートリーの匂いは、苦い記憶として、僕の脳内に刻み込まれるだろう。
「一緒にしないで」
「……え?」
「真輝人君のお父さんの弱さと、私の父の弱さを、一緒にしないで」
パッと目を上げると、莉緒ちゃんが目を尖らせて、眉毛をピクピクと震わせていた。あまり受けたことのない凄みに、唾を飲んでたじろいでしまう。
静かな声と物凄い剣幕で、僕に牙を向けており、何が何だかわからない状態になった。ただただ動揺をしながら、莉緒ちゃんに謝ることしかできない。
「ご、ごめん」
「真輝人君は何もわかってないよ。勝手に全部知った気になって、勝手に私を励まして。もっとちゃんと考えて発言すれば」
額に青筋を張って、僕に顔を近づけてくる。
それを聞くまでは、何で怒られているかわからなかったけど、今の発言で腑に落ちた。
僕は良かれと思って、莉緒ちゃんが羨ましいという発言をしたのだ。
比べる気は全くなかったけど、僕の父がいないことは疑いようのない事実で、莉緒ちゃんには父親が存在している。自虐の意味も込めてした発言だったけど、莉緒ちゃんからしたら笑えない冗談だったのだろう。
だけど、ここまで怒りをぶつけられるとは思わなかった。別に悪気があったわけではないのに。
僕の中にも湧き出てくる感情を、抑えることができない。これ以上何かを返すと喧嘩になることくらいは想像がつく。
でも、このまま黙って頭を下げていても、自分にストレスを抱えるだけだ。
気がつくと、僕も口を尖らせて反論していた。
「莉緒ちゃんが暗い顔をしてたから、善意のつもりで言ったのに。そんな言い方しなくてもいいじゃん」
「そんなの頼んでないし、無神経過ぎるよ」
「無神経って……莉緒ちゃんこそ、神経質なんじゃないの」
「……話にならないね」
短くて荒い会話が、莉緒ちゃんの言葉を最後に途切れた。
ムッとした顔のまま立ち上がって、施設内の更衣室に入っていく。僕はその後ろ姿を目で追いながら、多大な罪悪感に襲われていた。
いや、この喧嘩に関しては僕が悪いとは思わないし、気の弱い僕だとしても、発言しなければいけないところだっただろう。
生まれて初めてした喧嘩の後味は、最悪だ。でも、引くわけにはいかない。今まで感じることのなかったプライドが、自分の中に芽生えていることを実感した。
「真輝人、そろそろ帰るぞー! あれ、莉緒ちゃんは?」
「ああ、ちょうど着替えに行ったんじゃないかな」
「そっか、じゃあ俺たちは先に車行ってようぜ!」
智也は僕と違って、最高潮に明るい気分だろう。
智也のお父さんも同じような充実感を得ているのか、二人共終始笑顔だった。一人寂しく後部座席に座ると、遅れて莉緒ちゃんが入ってくる。
僕に目を合わせようとはせず、智也たちに「待たせてごめん」と大袈裟に謝っていた。
誰も話す気力がないのか、帰りの車内は、ほとんどの時間を沈黙で過ごした。時折、智也のお父さんが「トイレ大丈夫か」とか「コンビニ寄るか」とかを、僕たちに聞いてくれるだけ。それ以外は、各々が車窓からの景色を眺めていた。
前の席の二人は、単純に体を動かした疲労感のせいで、声を出せないのだろう。それに比べて、後部座席の僕たちは、精神的な疲労で声が出ないだけだ。
人といがみ合うというのは、物凄い体力を使う。
喧嘩なんかするもんじゃないなと心で思いながらも、莉緒ちゃんの方は向けないでいた。
「莉緒ちゃん、公園に着いたけど……帰りもここでいいの?」
「うん! ここで大丈夫。今日はありがとうね」
「おっけー! じゃあ次会う時は冬休み明けだね! よいお年をー!」
結局、あの喧嘩以降、言葉を交わすことはできなかった。
莉緒ちゃんを降ろしてからも、沈黙は続く。智也の言う通り、次に莉緒ちゃんと会うのは、冬休みを開けた後だ。今年はもう会うことはない。
そんな考え事をしていると、すぐに僕の家についた。冬休みなのにも関わらず、道はそこまで混雑していなかったみたいだ。
智也と智也のお父さんに感謝を伝えて、車を降りる。智也は僕にも「よいお年を」と言ってくれた。照れながら「よいお年を」と返すと、智也は嬉しそうに笑った。
家の前で、皮膚から湧き出る汗を拭う。特に額から垂れ落ちる、この冷や汗を綺麗に拭き取りたかった。
顔の近くにハンカチが来る度に、ティートリーの香りが鼻を刺激してくる。
スースーするような匂いは、相変わらず効力を持続させており、僕の神経を休ませてくれるようだった。
ようやく増えた大切な友達と、僕史上一番の大喧嘩をしてしまった。
まさか、家族の話を発端に、こんなに対立させてしまうとは。
前までの殻にこもっていた自分だったら、気持ちをぶつけ合うなんて、できなかったことだ。それは成長と捉えることもできるけど、後味が悪過ぎて、嫌な気持ちになった。
またしても、人と関わる上でのしがらみを実感することになるなんて。
このティートリーの匂いは、苦い記憶として、僕の脳内に刻み込まれるだろう。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【6/5完結】バンドマンと学園クイーンはいつまでもジレジレしてないでさっさとくっつけばいいと思うよ
星加のん
青春
モブキャラ気取ってるくせにバンドをやってる時は輝いてる楠木君。そんな彼と仲良くなりたいと何かと絡んでくる学園一の美少女羽深さんは、知れば知るほど残念感が漂う女の子。楠木君は羽深さんのことが大好きなのにそこはプロのDT力のなせるワザ。二人の仲をそうそう簡単には進展させてくれません。チョロいくせに卑屈で自信のないプロのDT楠木君と、スクールカーストのトップに君臨するクイーンなのにどこか残念感漂う羽深さん。そんな二人のじれったい恋路を描く青春ラブコメ、ここに爆誕!?
親友がリア充でモテまくりです。非リアの俺には気持ちが分からない
かがみもち
青春
同じ学年。
同じ年齢。
なのに、俺と親友で、なんでこんなによって来る人が違うんだ?!
俺、高橋敦志(たかはしあつし)は、高校で出会った親友・山内裕太(やまうちゆうた)と学校でもプライベートでも一緒に過ごしている。
のに、彼は、モテまくりで、机に集まるのは、成績優秀の美男美女。
対して、俺は、バカのフツメンかブサメンしか男女共に集まってこない!
そして、友情を更に作る可愛い系男子・三石遼太郎(みいしりょうたろう)と、3人で共に、友情とは、青春とは、何なのかを時にぶつかりながら探す、時にほっこり、時に熱い友情青春物語。
※※※
驟雨(@Rainshower0705)さんが、表紙、挿絵を描いてくれました。
「ソウルエクスキューター」という漫画をアルファポリスで描いてらっしゃるので是非一度ご覧ください!
※※※
ノベルアップ+様でも投稿しております。
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
彗星と遭う
皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】
中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。
その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。
その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。
突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。
もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。
二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。
部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。
怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。
天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。
各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。
衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。
圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。
彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。
この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。
☆
第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》
第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》
第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》
登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
人生負け組のスローライフ
雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした!
俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!!
ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。
じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。
ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。
――――――――――――――――――――――
第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました!
皆様の応援ありがとうございます!
――――――――――――――――――――――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる