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2章 ユーカリとオレンジスイート

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 周りに聞こえないように、なるべく小さい声で話してみる。
 僕の近くにいる生徒たちは、みんな先生の話を聞くのに夢中みたいで、僕の声なんか聞こえていない様子だ。
 無駄な努力をしていたみたいで、それに気づいた莉緒ちゃんも笑っている。

「真輝人君……アロマオイル好きなの?」

「え?」

 莉緒ちゃんは、僕が眺めているアロマオイルの方に目線を合わせながら、小さい声で質問をしてきた。別に、僕に合わせた声量にしなくてもいいはずだけど、これは莉緒ちゃんなりの気遣いだろう。
 周りから浮かないように、小さい声で話してしまうのは、自分に自信がないからであって、それが男らしくないのはわかっている。わかってはいるけど……遠慮がちな自分の性格からしたら、致し方ないことなのだ。

「それ、持ってるのアロマオイルでしょ。何か甘い匂いがするから」

「え、よくわかったね。もしかして匂いする?」

「全然! 多分私にしか香り感じてないから、大丈夫だよ。昔から鼻が利くんだよね」

 一応、小瓶の蓋が開いていないか確認してみる。もし蓋が開いていたら、僕の周りだけ不自然な甘い匂いが漂っていることになるだろう。
 その原因が僕だと気づかれたら、夏休み明けに変わった趣味を始めた、痛いやつだと思われるはず。
 完全に閉まり切っているのが確認できると、ほっと一安心できた。
 それにしても、蓋を開けていない状態の、ほんの微かな匂いまで感知してしまうなんて、莉緒ちゃんの嗅覚に驚愕してしまう。

「すごいね。オイルを手に持ってる僕でさえも、あまり匂いを感じないのに」

「うん。何か敏感なんだよね、嗅覚だけ」

 あれ? いつのまにか、自然体で話せている自分がいる。
 初対面の人と、こんなに会話が続くなんて信じられない。
 いや、莉緒ちゃんがフレンドリーなだけで、僕から話を振っているわけではないけど。それでも、このクラスの中で誰かと話せているという事実が凄いのだ。
 満足感が心の中に現れると、それが顔に出てしまわないか、心配になった。

「はーい! そんなこんなで、これからまた学校が始まるから。いつまでも夏休み気分でいるんじゃないぞー」

 先生の声が大きくなったと共に、莉緒ちゃんの視線も教壇の上に移った。
 僕たちは先生の話を聞いていなかったけど、クラス中の生徒がにこやかな顔になっているのを見て、相当面白い話が展開されたと予想できる。
 学年の人気者である井原先生の面白い話を聞かずに、僕との他愛もない会話に時間を使った莉緒ちゃんが、可哀想に思えてしまった。

 朝のホームルームが終わると、そのまま始業式が開始された。
 体育館に集合している全生徒を見渡してみると、目をしぱしぱさせている生徒が多いように見える。やはり、夏休み中に夜更かしし過ぎて、急には生活リズムを戻せなかったのだろう。
 もちろん、僕もその一人である。

「この学校の校長先生はさ、話長くないんだね」

 式が終わって教室に戻ると、莉緒ちゃんが新たな話題を持ちかけてきた。
 僕が隣の席だから、こんなに話しかけてくれるのか。その真意はわからないけど、とにかく間を開けないようにして受け答えする。

「校長先生は話が長いイメージあるもんね」

「そうそう、前の学校なんて酷かったよ。途中から校長先生の自分語りが始まって、ほとんどの生徒の足が痺れたんだから」

「え、そうなの。じゃあこの学校はまだ恵まれてる方なんだ」

「校長先生だけで比べたら、天と地の差だね」

 智也と話している時と同じくらい、違和感なく会話できている。
 自分がこのクラスで笑いながら話せているなんて、夏休み中は想像もできなかった。その相手が、まさか女の子だとは……これも全くの想定外だ。
 莉緒ちゃんは僕と当たり前のように話しているけど、果たして楽しいのだろうか。
 クラスには面白い生徒がいっぱいいるし、僕よりも女子と仲良くなった方が良い気がする。
 隣の席とはいえ、こんな根暗と接してくれるなんて、大事な初日を損しているとしか思えない。
 そんな疑問を抱きつつも、莉緒ちゃんの話をしっかり頷きながら聞いていた。
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