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四章 これが人生
初夏の悪夢⑥
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「風太君!」
サッカーチームのユニフォームに短パン。首にはタオルマフラーが巻かれていて、みんながそれで汗を拭いている。
体育館の前で駄弁っているあの集団の中に、間違いなく風太君がいると思う。
完全に日が落ちているので、全員の顔を捉えることはできないけど、そう確信して風太君の名前を呼んでみた。
「樺山?」
その集団の中から、一人の男がこっちに近づいてくる。
目の前まで行って顔を見なくとも、シルエットと声色だけで、その男が風太君だと断定できた。
思った通り、あの集団はフットサルサークルだったみたいだ。
「何だよ風太ー! 彼女かー!?」
後ろの集団が野次を飛ばして笑い合っている。
野太い声が後ろからどんどん出てくるので、見切り発車で声を出したことを後悔した。
風太君は振り向いて「うるせぇ、ちげぇよ」と、集団に荒い口調を飛ばすと、そのまま躊躇うことなくこっちまで来てくれた。
「樺山、どうしたの」
「あ、あの……聞きたいことがあって」
ひ弱な声を発した私を見兼ねると、風太君は中途半端にぶら下げていたリュックをしっかりと背負い直した。
帰る体勢を整えると、集団の方を振り返って「先帰るわー」と叫ぶ。
集団もそれに呼応するように「ひゅーひゅー」という、高校生みたいな煽り方をし始めた。
「歩きながら話そうか」
外野からの野蛮な声には耳も貸さずに、道の方を指差して歩を進める。
私も風太君の横をピッタリとついて行って、駅までの道のりの中で切り込むことにした。
元はといえば、風太君の意味深な発言からこんな嫌な予感を抱くようになったんだし、それくらい踏み込ませてもらっても構わないだろう。
「風太君、正直に言ってほしい」
「だから、英語の授業の時に言っただろ? 俺の口からは言いたくないんだって」
「違うの。今聞きたいのは、匠さんを好きになっちゃいけない理由ではなくて……」
言葉にするのが、堪らなく怖い。
予感してしまったことが本当なのか、それとも私の考え過ぎなのか……風太君は答えを知っているはず。
手足が震えるくらいに怖いけど、逃げるのはもう終わりにしなきゃ。
単刀直入に聞かないと、このモヤモヤが晴れはしないから……だから、聞こう。
「匠さんは……死にたがってるの?」
一、二で、風太君の両足が止まる。同時に顔を俯けて、長い前髪で目元を隠した。
風太君の全体的な表情は読み取れないけど、歯を食いしばっているのはここからでも見える。
「どうして、そう思ったの?」
力の入った口元とは対照的に、声からは気力を感じられなかった。
話したくないことを話させてしまっているという自覚はあるけど、どうしても知りたい。
風太君の気持ちは考えずに、どうしてそう思ったかの理由を、潔く話すことにした。
私が死のうとした日の話も、包み隠さずに説明しなければ。
近くの公園に場所を変えて、私が匠さんと出会った経緯を話す。
屋上から飛び降りようとしたところを匠さんが止めてくれて、生きる希望をくれたこと。だけど、あの屋上に来たのは、匠さんもあの時、私と同じように死のうとしていたからではないかという予想。
直感で導き出した匠さんの謎を、風太君にぶつける。
それだと、匠さんを好きになることを止める、風太君の気持ちもわかる。
実は心に大きな闇を抱えている匠さんを風太君は知っていたから、私に釘を刺したのではないか。
あまりにも残酷な予想を言い終えると、数秒間の沈黙が二人を包んだ。
「違うよ」
公園のベンチに座っていた風太君が立ち上がると、私の予想を切り捨てた。腰を抜かすように、全身の力みが取れる。
良かった……私の思い過ごしで、本当に良かった。
無理に冷酷さを作って話していたけど、匠さんがそんな思いつめたことを考える人間ではないと、信じていた部分もある。
匠さんがもし死にたくなったら、私の生きる希望も薄れてしまうだろう。
だから、そうやって否定されることを、心から願っていたのだ。
「兄貴は、死にたいんじゃなくて、死ぬんだよ……」
「……え?」
大きな風が通ると、公園に生えていた木の葉っぱ同士が擦り合って、ササーっという音が鳴り出す。風太君はそう言い残して、公園を後にした。
暗い公園の中を、一つの電灯だけが照らしている。その明かりが視界に入らないほど、目の前が真っ暗になった。
匠さんが……死ぬ?
さすがに、その決定事項は、受け止めきれない。
死のうとしていたとか、死にたいとかじゃなくて……死ぬ?
私が辛さと共に推理した内容よりも、ずっと残酷なことを風太君が口にした。
放心状態のまま、公園の中心から動くことはできないでいる。
初夏の暑さは、夜になっても容赦がない。
サッカーチームのユニフォームに短パン。首にはタオルマフラーが巻かれていて、みんながそれで汗を拭いている。
体育館の前で駄弁っているあの集団の中に、間違いなく風太君がいると思う。
完全に日が落ちているので、全員の顔を捉えることはできないけど、そう確信して風太君の名前を呼んでみた。
「樺山?」
その集団の中から、一人の男がこっちに近づいてくる。
目の前まで行って顔を見なくとも、シルエットと声色だけで、その男が風太君だと断定できた。
思った通り、あの集団はフットサルサークルだったみたいだ。
「何だよ風太ー! 彼女かー!?」
後ろの集団が野次を飛ばして笑い合っている。
野太い声が後ろからどんどん出てくるので、見切り発車で声を出したことを後悔した。
風太君は振り向いて「うるせぇ、ちげぇよ」と、集団に荒い口調を飛ばすと、そのまま躊躇うことなくこっちまで来てくれた。
「樺山、どうしたの」
「あ、あの……聞きたいことがあって」
ひ弱な声を発した私を見兼ねると、風太君は中途半端にぶら下げていたリュックをしっかりと背負い直した。
帰る体勢を整えると、集団の方を振り返って「先帰るわー」と叫ぶ。
集団もそれに呼応するように「ひゅーひゅー」という、高校生みたいな煽り方をし始めた。
「歩きながら話そうか」
外野からの野蛮な声には耳も貸さずに、道の方を指差して歩を進める。
私も風太君の横をピッタリとついて行って、駅までの道のりの中で切り込むことにした。
元はといえば、風太君の意味深な発言からこんな嫌な予感を抱くようになったんだし、それくらい踏み込ませてもらっても構わないだろう。
「風太君、正直に言ってほしい」
「だから、英語の授業の時に言っただろ? 俺の口からは言いたくないんだって」
「違うの。今聞きたいのは、匠さんを好きになっちゃいけない理由ではなくて……」
言葉にするのが、堪らなく怖い。
予感してしまったことが本当なのか、それとも私の考え過ぎなのか……風太君は答えを知っているはず。
手足が震えるくらいに怖いけど、逃げるのはもう終わりにしなきゃ。
単刀直入に聞かないと、このモヤモヤが晴れはしないから……だから、聞こう。
「匠さんは……死にたがってるの?」
一、二で、風太君の両足が止まる。同時に顔を俯けて、長い前髪で目元を隠した。
風太君の全体的な表情は読み取れないけど、歯を食いしばっているのはここからでも見える。
「どうして、そう思ったの?」
力の入った口元とは対照的に、声からは気力を感じられなかった。
話したくないことを話させてしまっているという自覚はあるけど、どうしても知りたい。
風太君の気持ちは考えずに、どうしてそう思ったかの理由を、潔く話すことにした。
私が死のうとした日の話も、包み隠さずに説明しなければ。
近くの公園に場所を変えて、私が匠さんと出会った経緯を話す。
屋上から飛び降りようとしたところを匠さんが止めてくれて、生きる希望をくれたこと。だけど、あの屋上に来たのは、匠さんもあの時、私と同じように死のうとしていたからではないかという予想。
直感で導き出した匠さんの謎を、風太君にぶつける。
それだと、匠さんを好きになることを止める、風太君の気持ちもわかる。
実は心に大きな闇を抱えている匠さんを風太君は知っていたから、私に釘を刺したのではないか。
あまりにも残酷な予想を言い終えると、数秒間の沈黙が二人を包んだ。
「違うよ」
公園のベンチに座っていた風太君が立ち上がると、私の予想を切り捨てた。腰を抜かすように、全身の力みが取れる。
良かった……私の思い過ごしで、本当に良かった。
無理に冷酷さを作って話していたけど、匠さんがそんな思いつめたことを考える人間ではないと、信じていた部分もある。
匠さんがもし死にたくなったら、私の生きる希望も薄れてしまうだろう。
だから、そうやって否定されることを、心から願っていたのだ。
「兄貴は、死にたいんじゃなくて、死ぬんだよ……」
「……え?」
大きな風が通ると、公園に生えていた木の葉っぱ同士が擦り合って、ササーっという音が鳴り出す。風太君はそう言い残して、公園を後にした。
暗い公園の中を、一つの電灯だけが照らしている。その明かりが視界に入らないほど、目の前が真っ暗になった。
匠さんが……死ぬ?
さすがに、その決定事項は、受け止めきれない。
死のうとしていたとか、死にたいとかじゃなくて……死ぬ?
私が辛さと共に推理した内容よりも、ずっと残酷なことを風太君が口にした。
放心状態のまま、公園の中心から動くことはできないでいる。
初夏の暑さは、夜になっても容赦がない。
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