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四章 これが人生

初夏の悪夢①

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 広い広いキャンパスの中を、一人で堂々とは歩けない。
 私の横をすれ違う人たちは、必ず何人かのグループに属しており、固まるように行動している。
 そんなイケイケな大学生たちに比べたら、私はキャンパスライフをエンジョイできているとは思えないだろう。

「おい、風太! 今日練習サボろうぜ!」

「嫌だよ。もうちょいで試合だろ」

 長い廊下をトボトボ歩いていると、前の方から聞き馴染みのある声が聞こえてくる。語学クラスの、あのうるさい男の子。
 そして……今は話すことがなくなった、顔を合わせるのも気まずい風太君。
 二人はフットサルサークルに所属しているため、周囲の人たちも似たようなチャラい風貌をしている。
 すれ違う瞬間に、チラッと風太君を見ると、同じように一瞬だけこっちを見てきた。
 そのまま通り過ぎると、うるさい男の「風太、真面目過ぎ」という叫び声が、廊下に響く。

 あれ以来、風太君とは一度も会話をしていない。もうかれこれ、一か月は経っただろうか。
 語学の授業は週に一回しかないから、そもそも会うチャンスはそんなにないけど、その時さえも言葉を交わすことはなかった。
 風太君に言われたあの言葉は、どこで何をしていても、頭の中から消えはしない。
 それくらい、私の日常生活を狂わせていた。
 匠さんのサロンにも、毎週欠かさずに行っているけど、その件について追求することは難しい。
 匠さんに聞けたら一番楽なんだろうけど、毎回熱心に教えてくれるから、とても聞き出せる雰囲気ではないのだ。
 この一か月は、特に波風は立たなかったけど、悶々とした感情を抱えたまま過ごした一か月だった。

「じゃあ今日はグループワークです! グループといっても、今回は二人組なんですけどね!」

 一人孤独に廊下を歩いていた私も、集団で楽しそうに歩いていたみんなも、授業が始まれば個人での戦いになる。
 さっきまで固まっていた人たちが、チャイムと同時に各々席に着き、それぞれが授業と向き合う。だからこそ、授業という時間は好きなのに。
 それなのに……よりによってグループワークとは。
 これじゃあ考え事もできやしないし、それ以上に、人と関わりたくない。
 嫌悪感を顔に出してみたところで、先生は私の方を見るわけもなく、淡々と授業内容について説明をしていった。

「今まで習った例文を、口に出して読んでみましょう! 発音の練習ですからね、聞き手の方もしっかり聞いてあげてください。それじゃあ、前後でペアを作りましょうか!」

 発音の練習か……とても自信がない。語学の授業なんて、必修じゃなかったら受けていないだろうし。
 それでも、これは逃れられない試練だから、相手に気を使わせない程度にやり過ごすしかない。
 前後のペアか……私の相手は……。

「……樺山?」

 前の席に座っている風太君が、体ごとこちらに向いている。久しぶりに、風太君から声をかけられた。
 いや、声をかけられたというより、話す機会ができたという方が、適切だろう。
 風太君は、私のボサッとしている顔を見ながら、心配そうに名前を呼んでくれた。
 まさか風太君とグループワークをするなんて思わなかったので、自我を失ってしまっていたようだ。

「あ、ごめん、ボーっとしてた」

 そのやり取りで、周囲のペースからは若干の遅れをとった。
 クラス中に、英文を読み上げる様々な声が溢れ始めて、私も慌ててテキストの文章を口に出そうとする。
 今から発声しようと息を吸った瞬間、風太君がそれを阻止するかのように、ルールを無視した日本語で会話を仕掛けてきた。
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