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三章 諦めてくれない?
キャンパスライフ④
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初日のオリエンテーションが終わって、ようやくキャンパスから解放されると、向かう場所は一つ。
その道の途中で、自己紹介の時に感じた、胸のつっかえについて考えていた。
梅野君って……どこかで見たような顔だし、聞いたことがあるような名字だ。
慣れない環境での疲れが、今になって襲ってくる。
脳を働かせることが難しく、考えようと思っても、いつの間にかボーっとしてしまう。
だけど、これから訪れる場所は、私にとってのオアシス。今は疲れを全身に感じようとも、向こうに着いてしまえば、後はリラックスできる時間が待っている。
顔に緩みはないけど、心は高鳴っていた。
「匠さーん、いますかー!」
堂々と、道場破りのような呼び方で、扉を開ける。
サロンの中には人の気配がなく、もう一度店先の看板をチェックしてみた。
間違いなく営業中と書かれているけど、物音一つ聞こえてこない。おかしいなと思いつつも、店内を物色する。
今日は、いつもの柑橘系の香りではなく、ラベンダーの香りを漂わせていた。
そのニオイの発生源であるデュフューザーの前に立って、香りの蒸気を浴びるように鼻を近づける。こんなところを見られたら、変質者だと思われるだろう。
でも今は、この心安らぐ香りを、もう少し嗅いでいたい……。
「栞ちゃん、何やってんの?」
「た、た、匠さん!? いたんですか!」
音もなく現れた匠さんの声で、思わず甲高い声を出しながら驚いてしまう。
しまった、奥の事務所にいたのか。
全く推理できていなかった自分を責めたいけど、このサロン内を見学できたのは良かった。
言い訳なんかせずに、潔く理由を話す。
「すいません、匠さんがいないことをいいことに、サロンの中を見させてもらいました」
「何だよー、誰だろうと思ってびっくりしちゃった。まあ、栞ちゃんで良かったわ」
明朗な口調で、私を安心させてくれる。
ついさっきまでの、地獄のような時間に比べたら、ここはまさに天国。
優しい世界の住人になれた気がして、心が穏やかになっていく。
「それで、今日はどうしたの? スーツなんか着ちゃってさ」
「今日は入学式だったんです。それとは関係ないんですが……匠さんに報告することがありまして」
前置きを話すと、匠さんの興味津々な顔が、迫ってくるように錯覚した。そんなに畏まっていうことじゃないので、ライトに話すことを意識する。
「報告と言っても、大したことではありません。私、セラピストの勉強をしてみようと思います」
「……それ、本当に言ってるの?」
すぐには信じられないのか、疑いの目をかけながら聞き返してきた。思っていたのとは違う、シビアな表情に困惑してしまう。
ライトな感覚で話したつもりなのに、匠さんの顔から笑いが消えているみたいだ。
何か気に障ることでも言っただろうか。
「本当ですけど……何か問題ありますかね……?」
顔色を伺うように、力を落として聞き返す。
すると、固まっていた匠さんの顔が一瞬のうちに明るくなった。
「いや、マジで嬉しいよ! 今日はそれを言いに来たんだ!?」
その道の途中で、自己紹介の時に感じた、胸のつっかえについて考えていた。
梅野君って……どこかで見たような顔だし、聞いたことがあるような名字だ。
慣れない環境での疲れが、今になって襲ってくる。
脳を働かせることが難しく、考えようと思っても、いつの間にかボーっとしてしまう。
だけど、これから訪れる場所は、私にとってのオアシス。今は疲れを全身に感じようとも、向こうに着いてしまえば、後はリラックスできる時間が待っている。
顔に緩みはないけど、心は高鳴っていた。
「匠さーん、いますかー!」
堂々と、道場破りのような呼び方で、扉を開ける。
サロンの中には人の気配がなく、もう一度店先の看板をチェックしてみた。
間違いなく営業中と書かれているけど、物音一つ聞こえてこない。おかしいなと思いつつも、店内を物色する。
今日は、いつもの柑橘系の香りではなく、ラベンダーの香りを漂わせていた。
そのニオイの発生源であるデュフューザーの前に立って、香りの蒸気を浴びるように鼻を近づける。こんなところを見られたら、変質者だと思われるだろう。
でも今は、この心安らぐ香りを、もう少し嗅いでいたい……。
「栞ちゃん、何やってんの?」
「た、た、匠さん!? いたんですか!」
音もなく現れた匠さんの声で、思わず甲高い声を出しながら驚いてしまう。
しまった、奥の事務所にいたのか。
全く推理できていなかった自分を責めたいけど、このサロン内を見学できたのは良かった。
言い訳なんかせずに、潔く理由を話す。
「すいません、匠さんがいないことをいいことに、サロンの中を見させてもらいました」
「何だよー、誰だろうと思ってびっくりしちゃった。まあ、栞ちゃんで良かったわ」
明朗な口調で、私を安心させてくれる。
ついさっきまでの、地獄のような時間に比べたら、ここはまさに天国。
優しい世界の住人になれた気がして、心が穏やかになっていく。
「それで、今日はどうしたの? スーツなんか着ちゃってさ」
「今日は入学式だったんです。それとは関係ないんですが……匠さんに報告することがありまして」
前置きを話すと、匠さんの興味津々な顔が、迫ってくるように錯覚した。そんなに畏まっていうことじゃないので、ライトに話すことを意識する。
「報告と言っても、大したことではありません。私、セラピストの勉強をしてみようと思います」
「……それ、本当に言ってるの?」
すぐには信じられないのか、疑いの目をかけながら聞き返してきた。思っていたのとは違う、シビアな表情に困惑してしまう。
ライトな感覚で話したつもりなのに、匠さんの顔から笑いが消えているみたいだ。
何か気に障ることでも言っただろうか。
「本当ですけど……何か問題ありますかね……?」
顔色を伺うように、力を落として聞き返す。
すると、固まっていた匠さんの顔が一瞬のうちに明るくなった。
「いや、マジで嬉しいよ! 今日はそれを言いに来たんだ!?」
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