25 / 84
二章 親なんだから
母の言葉④
しおりを挟む
匠さんの、ズバッと言い当てるような直感的発言で、私は即座に顔を上げた。
その通り……寸分の狂いもなく当たっている。
国立大学を落ちて、母に負担をかけているのにも関わらず、合わせてセラピーの勉強なんて。
そっちにもお金がかかるだろうし、遠慮するしかないだろう。
今私ができることは、市販のテキストを眺めながら、己で勉強するだけ。
セラピストになりたいだなんて、口が裂けても言えない。
「やっぱりそうなんだね。まったく、栞ちゃんは本当にわかりやすいなぁ」
呆れるように溜息をついて、隣の椅子に座ってきた。
初めて横並びになった匠さんを、直視することはできなくなる。
私は、またもや小声で「すいません」と呟いた。
「謝らなくていいよ。確かに、大学行きながらセラピストの学校に通うのは、難しい話だもんね」
小刻みに頷きながら、匠さんが同情してくれるのを聞いている。
私が通うのは私立の大学で、相当な学費がかかってしまう。
前みたく、それを考えただけで死にたくなるような状態ではないけど、より現実的な思考になってしまった。
母にまた、迷惑をかけることはできない。非常に捨てがたい選択だけど、こればっかりはしょうがないんだ。
「でもね……」
私の頷いていた首を止めるかのように、匠さんは何かを付け足そうとしてくる。
視線を匠さんの方に向けると、口角を上げながらにこやかな表情になっていた。
私は、どんなことを言われるんだろう。
「でも、このセラピーはね、通信講座でも資格が取れるんだよ?」
「……え?」
何を言われるんだろうと、力が入っていたのに、それはまさかの提案だった。
匠さん……そういうことではないよ。
心の中でそう思いながらも、匠さんの主張は止まる気配がない。
「まあ実技もあるから大変だけど、そこは俺に任せて! プロの俺がみっちり教えてあげるから。それ以外の部分は講座の中で大体網羅できるから……うん、大学に通いながらでも、資格を取ることができるよ!」
匠さんは興奮している状態のまま、弁舌を振るっている。
私はその空気に飲み込まれそうになったけど、決して「そうします」とは言わなかった。
このサロンに来て、匠さんから施術を教えてもらうのは楽しそうだけど、やっぱりそれを母に伝えることはできない。
そんな図々しいこと、私がお願いできる立場ではないから。
陰りのある表情に変わっていたのが、匠さんに気づかれたのか、急に話が止んだ。
そして……私の頭の上を、優しく撫で始めた。
その動作に、何が起きたのかわからなくなった。
「匠……さん?」
「ごめんね。栞ちゃんがリフレクソロジーに興味を持ってくれたのが、本当に嬉しくて。セラピストを目指してくれたらさ、このサロンに来ることも多くなるって思って……」
頭の上を摩擦している匠さんの手は、こんな時も熱を帯びていた。この前は足裏で、今回は頭か。
毎回のように、私を温めてくれる。
匠さんの手が離れるのと同時に、今度は私が熱意を伝える番だと思えた。
「匠さん、こないだ言ってくれたじゃないですか。私の心を、温めてくれるって。だから、セラピストを目指すかどうかは決められないですけど、このサロンには来たいですよ。いや、来ます……」
匠さんが、どうして私のことを……こんなに気にかけてくれるかはわからないけど、私の本音を伝えた。
匠さんの温かみを、いつでも感じていたい。
すでに頭の中は、そんな好意でいっぱいだった。
「いつでも……お待ちしております」
その通り……寸分の狂いもなく当たっている。
国立大学を落ちて、母に負担をかけているのにも関わらず、合わせてセラピーの勉強なんて。
そっちにもお金がかかるだろうし、遠慮するしかないだろう。
今私ができることは、市販のテキストを眺めながら、己で勉強するだけ。
セラピストになりたいだなんて、口が裂けても言えない。
「やっぱりそうなんだね。まったく、栞ちゃんは本当にわかりやすいなぁ」
呆れるように溜息をついて、隣の椅子に座ってきた。
初めて横並びになった匠さんを、直視することはできなくなる。
私は、またもや小声で「すいません」と呟いた。
「謝らなくていいよ。確かに、大学行きながらセラピストの学校に通うのは、難しい話だもんね」
小刻みに頷きながら、匠さんが同情してくれるのを聞いている。
私が通うのは私立の大学で、相当な学費がかかってしまう。
前みたく、それを考えただけで死にたくなるような状態ではないけど、より現実的な思考になってしまった。
母にまた、迷惑をかけることはできない。非常に捨てがたい選択だけど、こればっかりはしょうがないんだ。
「でもね……」
私の頷いていた首を止めるかのように、匠さんは何かを付け足そうとしてくる。
視線を匠さんの方に向けると、口角を上げながらにこやかな表情になっていた。
私は、どんなことを言われるんだろう。
「でも、このセラピーはね、通信講座でも資格が取れるんだよ?」
「……え?」
何を言われるんだろうと、力が入っていたのに、それはまさかの提案だった。
匠さん……そういうことではないよ。
心の中でそう思いながらも、匠さんの主張は止まる気配がない。
「まあ実技もあるから大変だけど、そこは俺に任せて! プロの俺がみっちり教えてあげるから。それ以外の部分は講座の中で大体網羅できるから……うん、大学に通いながらでも、資格を取ることができるよ!」
匠さんは興奮している状態のまま、弁舌を振るっている。
私はその空気に飲み込まれそうになったけど、決して「そうします」とは言わなかった。
このサロンに来て、匠さんから施術を教えてもらうのは楽しそうだけど、やっぱりそれを母に伝えることはできない。
そんな図々しいこと、私がお願いできる立場ではないから。
陰りのある表情に変わっていたのが、匠さんに気づかれたのか、急に話が止んだ。
そして……私の頭の上を、優しく撫で始めた。
その動作に、何が起きたのかわからなくなった。
「匠……さん?」
「ごめんね。栞ちゃんがリフレクソロジーに興味を持ってくれたのが、本当に嬉しくて。セラピストを目指してくれたらさ、このサロンに来ることも多くなるって思って……」
頭の上を摩擦している匠さんの手は、こんな時も熱を帯びていた。この前は足裏で、今回は頭か。
毎回のように、私を温めてくれる。
匠さんの手が離れるのと同時に、今度は私が熱意を伝える番だと思えた。
「匠さん、こないだ言ってくれたじゃないですか。私の心を、温めてくれるって。だから、セラピストを目指すかどうかは決められないですけど、このサロンには来たいですよ。いや、来ます……」
匠さんが、どうして私のことを……こんなに気にかけてくれるかはわからないけど、私の本音を伝えた。
匠さんの温かみを、いつでも感じていたい。
すでに頭の中は、そんな好意でいっぱいだった。
「いつでも……お待ちしております」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】可愛くない私に価値はない、でしたよね。なのに今さらなんですか?
りんりん
恋愛
公爵令嬢のオリビアは婚約者の王太子ヒョイから、突然婚約破棄を告げられる。
オリビアの妹マリーが身ごもったので、婚約者をいれかえるためにだ。
前代未聞の非常識な出来事なのに妹の肩をもつ両親にあきれて、オリビアは愛犬のシロと共に邸をでてゆく。
「勝手にしろ! 可愛くないオマエにはなんの価値もないからな」
「頼まれても引きとめるもんですか!」
両親の酷い言葉を背中に浴びながら。
行くあてもなく町をさまようオリビアは異国の王子と遭遇する。
王子に誘われ邸へいくと、そこには神秘的な美少女ルネがいてオリビアを歓迎してくれた。
話を聞けばルネは学園でマリーに虐められているという。
それを知ったオリビアは「ミスキャンパスコンテスト」で優勝候補のマリーでなく、ルネを優勝さそうと
奮闘する。
「いつ婚約破棄してやってもいいんだぞ?」と言ってきたのはあなたですから、絶縁しても問題ないですよね?
りーふぃあ
恋愛
公爵令嬢ルミアの心は疲れ切っていた。
婚約者のフロッグ殿下が陰湿なモラハラを繰り返すせいだ。
最初は優しかったはずの殿下の姿はもうどこにもない。
いつも暴言ばかり吐き、少しでも抵抗すればすぐに「婚約破棄されたいのか?」と脅される。
最近では、「お前は男をたぶらかすから、ここから出るな」と離宮に閉じ込められる始末。
こんな生活はおかしいと思い、ルミアは婚約破棄を決意する。
家族の口利きで貴族御用達の魔道具店で働き始め、特技の刺繍や裁縫を活かして大活躍。
お客さんに感謝されて嬉しくなったり。
公爵様の依頼を受けて気に入られ、求婚されたり。
……おや殿下、今さらなんの用ですか?
「お前がいなくなったせいで僕は不愉快な思いをしたから謝罪しろ」?
いやいや、婚約破棄していいって言ったのはあなたじゃないですか。
あなたの言う通り婚約破棄しただけなんですから、問題なんてなんてないですよね?
★ ★ ★
※ご都合主義注意です!
※史実とは関係ございません、架空世界のお話です!
逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました
吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆
第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます!
かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」
なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。
そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。
なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!
しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。
そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる!
しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは?
それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!
そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。
奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。
※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」
※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」
男女差別を禁止したら国が滅びました。
ノ木瀬 優
ライト文芸
『性別による差別を禁止する』
新たに施行された法律により、人々の生活は大きく変化していき、最終的には…………。
※本作は、フィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
アーコレードへようこそ
松穂
ライト文芸
洋食レストラン『アーコレード(Accolade)』慧徳学園前店のひよっこ店長、水奈瀬葵。
楽しいスタッフや温かいお客様に囲まれて毎日大忙し。
やっと軌道に乗り始めたこの時期、突然のマネージャー交代?
異名サイボーグの新任上司とは?
葵の抱える過去の傷とは?
変化する日常と動き出す人間模様。
二人の間にめでたく恋情は芽生えるのか?
どこか懐かしくて最高に美味しい洋食料理とご一緒に、一読いかがですか。
※ 完結いたしました。ありがとうございました。
茜川の柿の木後日譚――姉の夢、僕の願い
永倉圭夏
ライト文芸
「茜川の柿の木――姉と僕の日常、祈りの日々」の後日譚
姉の病を治すため医学生になった弟、優斗のアパートに、市役所の会計年度職員となった姉、愛未(まなみ)が転がり込んで共同生活を始めることになった。
そこでの姉弟の愛おしい日々。それらを通して姉弟は次第に強い繋がりを自覚するようになる。
しかし平和な日々は長く続かず、姉の病状が次第に悪化していく。
登場人物
・早坂優斗:本作の主人公。彩寧(あやね)というれっきとした彼女がいながら、姉の魅力に惹きつけられ苦悩する。
・早坂愛未(まなみ):優斗の姉。優斗のことをゆーくんと呼び、からかい、命令し、挑発する。が、肝心なところでは優斗に依存してべったりな面も見せる。
・伊野彩寧(あやね):優斗の彼女。中一の初夏に告白してフラれて以来の仲。優斗と愛未が互いに極度のブラコンとシスコンであることを早くから見抜いていた。にもかかわらず、常に優斗から離れることもなくそばにい続けた。今は優斗と同じ医大に通学。
・樋口将司(まさし)愛未が突然連れてきた婚約者。丸顔に落ち窪んだ眼、あばた面と外見は冴えない。実直で誠実なだけが取り柄。しかもその婚約が訳ありで…… 彼を巡り自体はますます混乱していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる