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二章 親なんだから

母の言葉③

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「なーんだ、それを伝えに来てくれたんだね。ていうか栞ちゃん、結構ドジなんだな」

 屈んでいた体勢を起こして、受付カウンターに入っていく。
 引き出しを探り始めると、独り言をボソボソと言いながら、何かを取り出そうとしていた。
 よく耳を澄ましてみると、小さく「ここか」とか「どこだっけとか」とか、愛おしくなるようなフレーズを呟いている。
 ドジと言われて凹んだ私の心も、すぐに元通りになった。

「あ、あったあった! 栞ちゃんが買ったテキストって、これ?」

 それは『リフレクソロジーの世界』と書かれたテキストだった。間違いなく、私が買ったものと同じものだ。
 本屋の中でさえ、リフレクソロジーに関するテキストはたくさんあったのに、同じものを持っていたなんて。
 その表紙を見た時、柄にもなく興奮してしまった。

「え!? それですそれです! なんで匠さんも持ってるんですか!?」

 私がこんなにはしゃぐ人だとは思っていなかったのか、匠さんの顔が引きつっているように見えた。
 空気が読めていないということに気づいた私は、我に返って「すいません」と謝る。
 いきなりローテンションになった私が面白かったのか、匠さんの顔がパッと明るくなった。

「ごめんごめん! 栞ちゃんって、こんなに嬉しそうな顔するんだと思って。ちょっと見惚れちゃってた」

「な、何を言ってるんですか!」

 引きつっていたわけではなくて、見惚れていたなんて。お世辞だとしても、照れくさくなってしまう。
 赤らめた顔を見せないように、匠さんに背中を向けた。

「そんなに照れんなって。俺も最初に買ったテキストは、これなんだよね」

「そうだったんですか……」

 確かに、この『リフレクソロジーの世界』というタイトルが、他のテキストたちを圧倒していた。
 それくらいに、このテキストしか目に入ってこなかったと思う。
 匠さんも、最初は私と同じような気持ちで、このテキストを手に取ったのか。

「でも、栞ちゃんがリフレクソロジーに興味を持ってくれて、俺も嬉しいな。魅力的でしょ、足裏健康法ってさ」

「はい。あんなに冷たかった私の足が、どうして温かくなったのか、興味があって」

 嘘偽りのない理由を、匠さんに告げる。
 匠さんが「本当に嬉しいなぁ」と、心の声を漏らしたかのような、リアルなトーンで声を出した。
 それを聞くと、匠さんの言った通りに、死ななくて良かったと実感できる。

「じゃあさ、栞ちゃんもセラピストになっちゃえば?」

 笑顔を保ったまま、思いついたようにアイデアを出してくれる。
 だけど……そのアイデアを飲み込むことはできなかった。
 匠さんに対して、興味があるということを十分に伝えたけど、そこまで前向きにはなれない理由がある。
 その話をしたら……また私の暗さを露出してしまうことになるから、言いたくはない。

「そうですね……考えときます」

 無理に話を広げないように、最低限の言葉だけ返す。匠さんは私の変化に気づいたのか、探偵のように顔を観察し始めた。

「な、何ですか? 顔に何かついてます?」

「いや、なんか言いたいことがあるんじゃないかってさ」

 じーっと見つめられると、つい顔を伏せてしまう。それは、暗にその通りだと言っているようなもの。
 覇気をなくした私に対して、匠さんは迫るように聞いてきた。

「もしかして、遠慮しているの?」
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