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二章 親なんだから

生きる希望⑥

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 顔を近づけながら、その真相を確かめてくる。
 ほんのちょっと赤くなった私の顔をみて、反応を確かめているみたいだ。
 意表を突かれたその発言に、動揺しながら否定してしまった。

「そ、それはないって! どちらかと言うと、感謝したというか、尊敬したというか……とにかく命の恩人みたいな感覚だよ!」

 ユウは私の慌てている姿を見て、面白そうに手を叩いている。冷静さを欠いてしまったのが、何となく気恥ずかしい。
 これじゃあまるで、ユウの言ったことが図星だったと認めているようなものだ。

「良いじゃない。恥ずかしいことじゃないよ、人を好きになるのは」

 くるっと振り返って、また前を歩き出したユウの声色は、すごく大人っぽかった。
 私が恋をするなんて……今までじゃ考えられない。
 だから、昨夜からずっと胸にある、この熱くなるような気持ちを表現することができなかった。
 これが……恋というやつなのか。
 いや、まだ不確実な感情には、名前をつけられない。
 ユウに心の中を覗かれて、体がフワフワと浮きそうになった。

「じゃあ……栞とはしばらくお別れだね」

 駅の前まで着くと、いよいよ別々の道に進むことになる。
 また会えるとはいえど、このセーラー服で顔を合わせることは、今後一生ないだろう。
 この日が、ユウと過ごしたもっとも濃い一日になった。

「ユウ、仕事頑張ってね」

「ありがとう。死にたくなったら、栞に連絡するわ」

「何それ。わかった、いいサロンを紹介してあげるから」

 なかなかレベルの高い冗談も交えつつ、改札前まで歩く。
 昨日はあんなに鬱々しかったのに、今ではこんなに明るく会話ができているなんて。
 それもこれも、匠さんのおかげというわけか。

 ユウは改札を通った後に、もう一度「バイバイ」と言って手を振ってくれた。
 私も大きい声で「バイバイ」と返すと、ユウは人混みの中に消えていった。
 一人になってみると、少しだけ心細く感じる。
 
 ユウとは反対方向の電車に乗り込むと、難なく座ることができた。この時間帯の電車は、乗客が少なくて安心できる。
 電車に揺られながら今日一日を振り返っていると、瞼が急に重くなった。抱えているカバンの中身は空っぽだ。
 素材の重さだけを抱えながら目を瞑ると、頭がコクコクと波打ってしまう。
 眠れそうで眠れない……そんな狭間を行き来していると、あっという間に自宅の最寄り駅に到着する。

 ボーっとした頭で、駅から家まで続く商店街を歩くと、途中に構えている本屋が呼んでいるような気がした。
 吸い込まれるように入ると、さっきまで図書室の本を見ていたせいか、一冊一冊に光沢があるように見える。
 そりゃあ、新品だから綺麗じゃないとおかしいけど、図書室の本と違ってギャップがある。
 特に何も欲しい本はないけど、プラプラと一周することにした。
 そして……いつもは興味のないコーナーで、ある本が私の目に留まった。

「リフレクソロジーの世界……か」

 静かな店内にも関わらず、つい独り言をこぼしてしまった。
 『リフレクソロジーの世界』という本が、私の興味を掴む。
 だってそれは、匠さんが施してくれたセラピーだから。
 あの施術で、私は救われた。
 匠さんの手が、私の足裏に触れたことによって、生きてみようという結論に辿り着けた。
 どんな作用が働いて、私の足が温まったのか。それが気になり始めると、居ても立っても居られなくなった。

 図書室で借りることが多かったから、本を買うのなんていつぶりだろう。
 ついさっきまで軽かったカバンの中に、新しい生きる希望の一つを、大事にしまった。
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