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一章 命は何にも代えられない

足から伝わるメッセージ⑤

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「これで、栞ちゃんの足には温もりが宿った。もう大丈夫だ。きっと足だけじゃなくて、心も温まっていくよ」

 そう言われると、全身の血の巡りが良くなったかのように、体がポカポカしてきた。こんなにも生命力を感じたのは、久しぶりかもしれない。
 額に浮かんだ汗にも驚きながら、この男に心を揺さぶられていることに戸惑っている。
 私は……本当に今日、死ねるのだろうか。

「わ、私は……生きていても、いいんでしょうか」

 迷いが生じてくると、胸が苦しくなる。
 この苦しみを解放してくれるのは、死の世界ではなくて、この男なのではないか。
 自分の選択は、必ずしも正しい答えではないのかもしれない。
 頑として揺るがない決断だったと思ったのに、もしかしたら生きていた方が……なんて選択肢を提示されると、前に進むことを躊躇ってしまう。
 だから私は、この男に生きていいのかと聞いた。
 温もりという生命力を分け与えてくれたこの男に、その答えを仰いでみたくなったから。

「栞ちゃんが生きて困る人なんて、誰一人いないよ。もちろん、お母さんもね」

 ニコッとした表情を作って、私を安心させる。
 その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように力が抜けてきた。
 今日で終わりだと思っていた人生が、どれくらい先までかはわからないけど、続いていくらしい。
 こんなに親不孝な私が、生きていいと言われると、何だか涙が浮かんでくる。
 涙の粒を落とさないように、上を向いて誤魔化した。

「私……今日死ぬはずだったのに。あなたのせいで、またこの世界と向き合わなきゃいけなくなりました」

 涙を見せないように、負けじと笑顔を作る。
 皮肉めいたことを言って、和やかな空間に変えてみた。
 この男も、私が死ぬことを諦めたのを確信すると、満面の笑みで対抗してくる。

「栞ちゃんが、これからも生きようと思ってくれて、本当に嬉しいよ」

 男の安堵した声で、道が続いていくビジョンが思い浮かんだ。
 それは辛くて険しいけど、その中でも光を放って私を導いてくれる人がいる。
 これからも生きていく選択を取れたのは、この男が冷えた心を温めてくれたから。
 正しい決断なのか、正直まだ複雑ではあるけど、このサロンが私を救ってくれる予感がしているんだ。
 だから、その答えを……生きてこの男に見せたいと思う。
 それで、やっぱり私が消えた方が良いと思ったら、その時に死ねばいい。
 今はどうやら、まだ時期ではないみたいだ。

「もう少しだけ……生きてみようと思います」

 改めて決意を表明すると、男は左足への刺激を再開させた。
 右足に施してくれた内容を、左足にも同じようにしてくれる。親指や土踏まずは、右足同様ゴリゴリだった。
 そのお疲れの物質を発見すると、一気に職人の目に変わって、丁寧に物質を潰してくれた。
 この男は本当に、私を温めてくれる役を担うつもりなのかな。

「俺を信じてよ」

「え?」

「いや、俺がさっき言ったこと、嘘だと思ってるでしょ? 栞ちゃんの心の冷えを、俺が和らいでやるって話。本気なのかなって疑ってるでしょ?」

 ギクッとした表情を、顔に出さないように必死だった。どうしてここまで、私の心が読めるのか。
 それとも、相当わかりやすく顔に出ているのか。
 男の底知れない観察眼に、驚愕してしまう。
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