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一章 命は何にも代えられない

足から伝わるメッセージ①

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 ひと休みって……そんなの不要だということがまだわからないのか。
 しばらく、絶対に通させようとしない男の目力との、睨み合いが続く。
 段々と体力が減っていき、またしても根負けしてしまう。
 倒れるようにチェアに横たわり、男の顔を見上げた。
 すぐ真下の床には、格好の悪い靴たちが、無惨に置かれている。

「せっかくだからさ、休んでいってくださいよ」

 男も改めて、小さな椅子に座り直す。また、施術をしてくれるつもりなのか。
 散々、感情的になって断ってみても、すぐに男のペースで躱されてしまう。
 もういい。もういいんだ。
 虫のような声で、本気で死にたいという言葉を漏らす。

「わかりました。あなたの言うように、少し休ませてもらいます。だけど、もう疲れたんです。お願いですから、止めないでください……」

 懇願する顔を男に見せると、口を噤んで一言も話さなくなった。どこか悲しそうにして、私の足を見つめている。
 飄々としていたテンションが、どこかに飛んでいってしまったのか。
 これだけ暗い私が同じ空間にいるわけだから、影響されてしまうのは当然だけど。
 変に同情されるのも嫌だし、そこまで静かになられても困るだけなのに。

「栞ちゃんはさ、お母さんの気持ちになって考えてみたことある?」

「母の気持ちに?」

 私の足元を見つめながら、消え入るような声で問いかけてくる。
 母の気持ち、それは何回も考えた。
 母の気持ちになって考えてみると、毎回私が邪魔という結論に至る。
 それはそうだ。
 私がいなかったら、あそこまで働きづめにならなくて済むし、自分の分だけの給料を稼げばいいのだから。ましてや、高額な学費なんて考えなくてもいい。
 男に向かって「はい」と頷いて、私が思う母の気持ちを説明してみた。

「母は、まだ若いんです。二十歳の時に私を生んだので、歳は三十代後半。これから先も、長い人生が続きます。だから、私がいなくなったら自由になれて、逆に喜ぶと思うんです」

 冷めた笑みを浮かべながら説明する私を見て、男は眉をピクッと上げた。
 今度は俯き加減になると、悔しそうに震えた声を発する。
 今日初めて見せる一面だったので、身構えてしまった。

「自分の子供が死んで……喜ぶ親なんていないよ」

「……え?」

「痛い思いをしてようやく生んでくれたのに、授かった命を簡単に捨てたいなんて……最低の親不孝だと思う」

 耳から侵入する男の言葉は、私の心臓を締めつける。
 私が考えていることと、正反対の意見をぶつけられた。
 私が死ぬことは、親孝行ではないのか。
 男の言っていることが、よくわからなかった。

「思い出して、お母さんと過ごした日々を。そこに愛情はなかった? 本当に、離れ離れになってもいいの?」

 愛情……それは痛いくらいに受けてきた。
 私が風邪を引けば、仕事を休んでずっと看病してくれたし、受験勉強をしていた時も、一生懸命応援してくれた。母が私を愛していることは知っている。
 でも……これ以上母に頑張ってもらいたくない。
 私への愛情よりも、高い学費やら生活費、私を抱えることによって起きるしがらみから解放してあげる方が、よっぽど母を豊かにする。そう考えていたら、自殺するのがちょうど良いと思えるんだ。
 私も、母を愛しているから。

「離れても、いいです。それで母が幸せになるなら」
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