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一章 命は何にも代えられない

死にたい理由③

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「はい……テレビでリアクション芸人さんがやってるやつですよね」

 あ……理解したことをいいことに、随分と長いセリフで返してしまった。
 こんなはずじゃなかったのに。
 適当にこの時間を終わらせて、一刻も早くビルの屋上に戻るつもりだったのに。
 無意識に口を動かしてしまったことを後悔した瞬間、男は嬉しそうにしながら話を膨らませた。

「お、そうそう! まあ正確に言うと、俺の施術はあそこまで罰ゲームみたいな痛さじゃないけどね。考え方は一緒だよ。あれも、胃が弱ってるとか、腰が疲れてるとか言ってるでしょ!」

 苦笑いを見せる私と、身振り手振りで熱く語る男には、わかりやすく壁ができている。
 困ったように頷いていると、そのままの勢いで、私の足にもう一度触れてきた。またもや、男の手が私の足を包み込む。
 こんなに冷えた足を、どうして平気で触れられるのか。今度は土踏まずの所を、満遍なく刺激しているみたいだけど。

「土踏まずの所がね、胃腸周りと反射しているんだ。うわ、ここもゴリゴリだね。ちゃんとご飯食べてる? それとも悩み事が多すぎて、胃に負担がかかっているのかな」

 さっきよりも強めに、ゴリゴリとした感覚を味わう。
 男が言っていることは、どちらも正解だった。
 悩み事ももちろん多いし、食欲もあまりない。
 今のところ、足裏は正直に私の生活を映し出している。
 男が私を見透かしてくるみたいで、腹の底から怒りが沸々と湧いてきた。もう、こんなのどうでもいいから、早く解放してくれ。
 その気持ちを露骨に顔に出してみると、男は察したように、高ぶった気持ちを抑え始めた。

「ごめんごめん、ついテンション上がっちゃって。施術のことを考えるとさ、なんかワクワクするんだよ」

 私の仏頂面の様子を伺うように、聞いてもいない言い訳を話し出す。
 いい加減気づいてほしい。
 私は、この男に何の興味もないということに。
 足裏を刺激されて、少しだけ気持ち良いと感じた瞬間もあったけど、それでも心の底にある絶望感を消し去ることはできない。
 しょうがなく、このリクライニングチェアに横になっている。あくまでも、この男に付き合ってあげているだけだ。
 言葉は使わず、表情と雰囲気だけで、心ここに有らずだということを気づかせる。

「いや、ごめんってば。じゃあさ……話してくれない?」

「……はい?」

「死のうとした理由」

 急に真面目な顔つきになって、私が死のうとした理由を聞いてくる。
 その時……堪忍袋の緒が、プツンと切れた音がした。
 身構えていたのに、そのボーダーを超えてきたこの男に、どうしようもない憤りを感じる。
 それは怒りの雨となって、腹から声を出させた。

「死のうとした理由を話せって? どうしてあなたなんかに話さなきゃいけないんですか!?」

「どうしてって……人が死のうとしてたら、その理由を聞いてあげるのが筋でしょ」

「筋とか常識とか、そんなの知りませんよ。私の心の中に、土足で踏み込まないでください」

「土足だった? 一応素足になったつもりだったんだけどな」

「は? 意味わかんないです」
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