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第三話『複雑な模様』
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教室の前で悠斗と別れた。
「またねー」と高らかに言い手を振って行く背中を見送り、教室に入り席に着くと隣の席の大木がすかさず話しかけてくる。
「蔵川と相楽は本当に毎日一緒だな」
「まぁ、家が近所だから」
「ところでずっと気になってたんだけど、相楽って今彼女とかいるの? いや、彼氏?」
「さぁ、どうだろ」
そう答えたのは本心で、実のところ瑛もよくわからなかった。
こんなに長い付き合いなのに、実はこれまで悠斗とお互いの恋愛の話をしたことがほとんどなかった。
確か中学の時には、お互いに彼女がいた時期がうっすらあったような気もするが、そのことにはまともに触れずに終わった気がする。
悠斗が女子に囲まれもてはやされて、そのキャラクターがより際立つようになってきたのは高校に入ってからだし、やれ恋愛相談や誰それが付き合ったなど普段よく話題にしているは知っているが、なぜかお互いの恋愛事情や恋愛観を言葉にした(された)記憶はなかった。
もしかすると、瑛が恋愛ごとにおいてからきしだから気を使われているのかもしれない。
「いや五組の小森がさ、この前相楽がめちゃくちゃ美人な女と歩いてるのを見たって言ってたんだよね」
ドヤ顔でそう告げる大木の言葉に「へぇ」と生返事を返しながら、それは恐らく悠斗の姉だなと勝手に結論づける。
何しろその台詞はこれまでに度々聞いてきたのだ。
悠斗の周囲で「めちゃくちゃ美人」と称される女性を、彼の姉以外で見たことがない。
悠斗自身の容姿がああだし、それを差し置いて出てくる「美人」という単語がつく女性がそう何人もいたらたまらないと頭の隅で思う。
「あとこれは中林からの情報。こっちはこの前めちゃくちゃイケメンと一緒にいるところを見たんだって」
ごそごそと鞄の中身を探っていた手が思わず止まった。
それは完全に初耳の情報だった。
「それが超デートっぽかったって言っててさ。おんなじ男と歩いてんのにデートっぽいって不思議じゃね? 確かに相楽って、美女と居れば王子様だな~ってなるし、美男と居ればお姫様っぽくも見えるし、すげーよな」
「まぁ俺は全然タイプじゃないけど」としみじみつぶやく大木に向かって、
「そういえばお前らの名前って大中小のジャングルだな」
と、ぽっと頭に浮かんだ言葉を告げていた。
「何言ってるんだろう」と冷静に思う一方で、大木の言葉がうまく咀嚼できない自分がいる。
「えっ? あ、マジじゃん!」
と単純な大木は手を叩いて笑った。
「やべー、今度みんなに言お」
けらけらと声をあげる大木の一方で、瑛の胸の内は不思議なほどざわついていた。
よほど変な顔をしていたのか「どうした?」と声をかけられて「なんでもない」と手を振って遮る。
「ちなみに相楽って化粧すんの? 女装とか見たことある?」
「さあな。知らない」
実際は姉たちにあーだこーだされている姿を見ていたりもするが、なんとなく揶揄を含んだ大木の言葉が癪に障ったのでとぼけてみせた。
すると大木はつまらなそうに溜息をつき、
「なんだ、お前らって意外と上辺だけなのな」
そう言うと、「そういえば英語の松井先生、やっぱり科学の福田と付き合ってるらしいぜ」と全然関係のない話を始めた。
ペラペラと語る大木の話を聞き流しながら、何気なく吐き出された言葉が鋭く胸に刺さっていた。
実は瑛自身が近ごろ薄々感じていたことでもあったからだ。
――上辺だけ。
時折、悠斗との距離感がわからなくなることがある。
小さいころからずっと隣にいて、一番知っているはずの相手のはずなのに、本当は悠斗の考えていることがこれっぽっちもわからない。
それが少し寂しいような、不安なような、切ないような。
所詮は他人だから当たり前のことかもしれないが、少し前まではそんなことを考えもしなかったのに。
もやがかったようなそんな気持ちが確かにあって、一体この気持ちが何なのか、答えを見つけられずにいた。
しかし、そんな会話の翌週、まさに件の現場を目撃することになる。
◇
六月最後の土曜日。バイト先へ向かう道すがら、悠斗の姿を偶然見かけた。
駅前の交差点の向こう、百貨店の入り口前に立つ悠斗は、オーバーサイズの白いTシャツに黒のスキニーを履き、同じく黒色のバケットハットとスニーカーを合わせたごくシンプルないでたちではあったが、スタイルの良さからかその姿は雑踏に埋もれず異彩を放っているようにみえた。
多くの人たちと同じように、スマートフォンと手首に巻かれたスマートウォッチを交互に見つめて、時折周囲を伺うその様子から、誰かと待ち合わせしていることがわかる。
であれば声をかけるまでもないか、と一歩足を踏み出したその時、階段を駆け上がり悠斗に近付く人影をとらえた。
大木と交わした会話が性急に脳裏をよぎる。
悠斗の前に現れた男は、遠目から見ても確かに「めちゃくちゃイケメン」と称されるに正しい容姿をしていた。
明るい色のテーラードジャケットと同じ色のスラックスを履き、髪の毛は嫌味なくセットされている。
上背があり、モデルのような頭身をしていて、悠斗の隣に立つのがまったく不自然に見えない男振りだった。
実際に、彼らは周囲からのちらちらと視線を集めていて、瑛も踏み出した足をそのままに、その光景から目を離すことができずにいた。
視線の先の二人は、その場で二言三言言葉を交わすと隣に並んで笑い合いながら歩いていく。
仲睦まじげな様子、という言葉がしっくりくる距離感だった。
いくらもしないうちに悠斗が「あ!」とショーウィンドウの何かを指差し、男の腕をごく自然に引いて店の中に入って行った。
そんな二人の姿が完全に見えなくなると、我知らずと大きなため息がこぼれた。
足に力を入れると、今度こそちゃんと動き出す。
最後に見た悠斗の笑った横顔がやたらと脳裏にちらついた。
「俺の知らない悠斗だった」
ぽつりとつぶやいた言葉が、鉛玉のような重さで胸の奥に沈んでいく。
思わず胸に手を当てれば、その内側がなんとも複雑な模様をしてることに気づく。
心のどこかがチリチリと音を立てた気がした。
「またねー」と高らかに言い手を振って行く背中を見送り、教室に入り席に着くと隣の席の大木がすかさず話しかけてくる。
「蔵川と相楽は本当に毎日一緒だな」
「まぁ、家が近所だから」
「ところでずっと気になってたんだけど、相楽って今彼女とかいるの? いや、彼氏?」
「さぁ、どうだろ」
そう答えたのは本心で、実のところ瑛もよくわからなかった。
こんなに長い付き合いなのに、実はこれまで悠斗とお互いの恋愛の話をしたことがほとんどなかった。
確か中学の時には、お互いに彼女がいた時期がうっすらあったような気もするが、そのことにはまともに触れずに終わった気がする。
悠斗が女子に囲まれもてはやされて、そのキャラクターがより際立つようになってきたのは高校に入ってからだし、やれ恋愛相談や誰それが付き合ったなど普段よく話題にしているは知っているが、なぜかお互いの恋愛事情や恋愛観を言葉にした(された)記憶はなかった。
もしかすると、瑛が恋愛ごとにおいてからきしだから気を使われているのかもしれない。
「いや五組の小森がさ、この前相楽がめちゃくちゃ美人な女と歩いてるのを見たって言ってたんだよね」
ドヤ顔でそう告げる大木の言葉に「へぇ」と生返事を返しながら、それは恐らく悠斗の姉だなと勝手に結論づける。
何しろその台詞はこれまでに度々聞いてきたのだ。
悠斗の周囲で「めちゃくちゃ美人」と称される女性を、彼の姉以外で見たことがない。
悠斗自身の容姿がああだし、それを差し置いて出てくる「美人」という単語がつく女性がそう何人もいたらたまらないと頭の隅で思う。
「あとこれは中林からの情報。こっちはこの前めちゃくちゃイケメンと一緒にいるところを見たんだって」
ごそごそと鞄の中身を探っていた手が思わず止まった。
それは完全に初耳の情報だった。
「それが超デートっぽかったって言っててさ。おんなじ男と歩いてんのにデートっぽいって不思議じゃね? 確かに相楽って、美女と居れば王子様だな~ってなるし、美男と居ればお姫様っぽくも見えるし、すげーよな」
「まぁ俺は全然タイプじゃないけど」としみじみつぶやく大木に向かって、
「そういえばお前らの名前って大中小のジャングルだな」
と、ぽっと頭に浮かんだ言葉を告げていた。
「何言ってるんだろう」と冷静に思う一方で、大木の言葉がうまく咀嚼できない自分がいる。
「えっ? あ、マジじゃん!」
と単純な大木は手を叩いて笑った。
「やべー、今度みんなに言お」
けらけらと声をあげる大木の一方で、瑛の胸の内は不思議なほどざわついていた。
よほど変な顔をしていたのか「どうした?」と声をかけられて「なんでもない」と手を振って遮る。
「ちなみに相楽って化粧すんの? 女装とか見たことある?」
「さあな。知らない」
実際は姉たちにあーだこーだされている姿を見ていたりもするが、なんとなく揶揄を含んだ大木の言葉が癪に障ったのでとぼけてみせた。
すると大木はつまらなそうに溜息をつき、
「なんだ、お前らって意外と上辺だけなのな」
そう言うと、「そういえば英語の松井先生、やっぱり科学の福田と付き合ってるらしいぜ」と全然関係のない話を始めた。
ペラペラと語る大木の話を聞き流しながら、何気なく吐き出された言葉が鋭く胸に刺さっていた。
実は瑛自身が近ごろ薄々感じていたことでもあったからだ。
――上辺だけ。
時折、悠斗との距離感がわからなくなることがある。
小さいころからずっと隣にいて、一番知っているはずの相手のはずなのに、本当は悠斗の考えていることがこれっぽっちもわからない。
それが少し寂しいような、不安なような、切ないような。
所詮は他人だから当たり前のことかもしれないが、少し前まではそんなことを考えもしなかったのに。
もやがかったようなそんな気持ちが確かにあって、一体この気持ちが何なのか、答えを見つけられずにいた。
しかし、そんな会話の翌週、まさに件の現場を目撃することになる。
◇
六月最後の土曜日。バイト先へ向かう道すがら、悠斗の姿を偶然見かけた。
駅前の交差点の向こう、百貨店の入り口前に立つ悠斗は、オーバーサイズの白いTシャツに黒のスキニーを履き、同じく黒色のバケットハットとスニーカーを合わせたごくシンプルないでたちではあったが、スタイルの良さからかその姿は雑踏に埋もれず異彩を放っているようにみえた。
多くの人たちと同じように、スマートフォンと手首に巻かれたスマートウォッチを交互に見つめて、時折周囲を伺うその様子から、誰かと待ち合わせしていることがわかる。
であれば声をかけるまでもないか、と一歩足を踏み出したその時、階段を駆け上がり悠斗に近付く人影をとらえた。
大木と交わした会話が性急に脳裏をよぎる。
悠斗の前に現れた男は、遠目から見ても確かに「めちゃくちゃイケメン」と称されるに正しい容姿をしていた。
明るい色のテーラードジャケットと同じ色のスラックスを履き、髪の毛は嫌味なくセットされている。
上背があり、モデルのような頭身をしていて、悠斗の隣に立つのがまったく不自然に見えない男振りだった。
実際に、彼らは周囲からのちらちらと視線を集めていて、瑛も踏み出した足をそのままに、その光景から目を離すことができずにいた。
視線の先の二人は、その場で二言三言言葉を交わすと隣に並んで笑い合いながら歩いていく。
仲睦まじげな様子、という言葉がしっくりくる距離感だった。
いくらもしないうちに悠斗が「あ!」とショーウィンドウの何かを指差し、男の腕をごく自然に引いて店の中に入って行った。
そんな二人の姿が完全に見えなくなると、我知らずと大きなため息がこぼれた。
足に力を入れると、今度こそちゃんと動き出す。
最後に見た悠斗の笑った横顔がやたらと脳裏にちらついた。
「俺の知らない悠斗だった」
ぽつりとつぶやいた言葉が、鉛玉のような重さで胸の奥に沈んでいく。
思わず胸に手を当てれば、その内側がなんとも複雑な模様をしてることに気づく。
心のどこかがチリチリと音を立てた気がした。
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