17 / 20
17(ティナ)
しおりを挟む
「いやああぁぁぁっ!やめてぇっ!助けてぇっ!!ジュリアン!ジュリアン!!」
私は声の限りに叫ぶ。
朝の静けさを引き裂くように。
「やめてぇっ!いやあぁっ!」
叫びながら自分の手で力いっぱい頬を叩き、髪を掻き毟り、泣き喚く。
「ジュリアン助けてぇぇぇっ!!」
しばらくそんな事をしていると、ランプがあちこちで灯り人が集まってきた。血相を変えて飛んでくる貴族の教員や令息令嬢を見ていると笑いそうになったけれど、そんな馬鹿な真似はしない。
私は力なく木陰に倒れた。
「どうしました……!?」
既に身支度を整えていたレフトウィッチ学長が一早く駆け寄って来る。
「……!」
私はあからさまに怯え、女の教員か上級生が現れるまで待った。やがて花嫁修業でダンスレッスンを担当しているどこかの伯爵夫人が私の傍に跪いて抱き起こす。私は彼女にしがみ付いた。
「一体何が起こったの?怪我をしているじゃないの。大丈夫?」
「あ、あの人……っ」
「あの人?誰のこと?」
私は集まった人垣を裂いてジュリアンが現れたのを見て更に泣きじゃくる。
「ティナ!」
駆け寄ってきたジュリアンが跪いて私を抱きしめた。
「どうしたんだ?何があった?」
「聞いても答えないのよ」
「なんたること……由々しき事態だ……」
これは暴力事件。
そう見えるように熱演した。
ジュリアンが私の髪を撫でながら顔を覗き込んでくる。
私は泣きじゃくりながら声を絞り出す。
「あの人……あなたを奪った仕返しに……私を……っ」
「え?なんだって?」
ジュリアンが声を潜める。
私は怯えながらも勇気を振り絞るふりをする。
「あの人って?誰のことだ?ティナ」
「……エレノアよ」
「え?」
ジュリアンが凍り付く。
辺りが一瞬静まり返り、すぐにざわついた。全員が私に注目し、私の話に耳を傾けている。
「……エレノアが、私を恨んで……男の人を雇って襲わせたの」
決定的な醜聞。
私は心の奥底で快感に浸り笑いを押し殺す。
これでもうエレノアは終わりだ。
ジュリアンも私から離れられなくなる。
その、はずだったのに……
「なんと馬鹿げたことを」
レフトウィッチ学長が呆れた様子で零し、枯れた枝のような手で集まった人々を追い払い始めた。
「……?」
さっきまで私を抱きかかえていた教員の伯爵夫人も、苛立った様子でそっぽを向いてしまう。
そしてジュリアンまでが、抱擁を解いた。
「ジュリアン……!」
信じられないことが起きた。
追いすがる私の手をジュリアンは払い除けたのだ。
そして言った。
「エレノアはそんなことしない」
「そんな……!」
私は縋った。
私がこんなに頑張って準備したのに、私を信じないなんて想定外だ。
「私を疑うの……!?こんなに傷つけられたのに!!」
「お前がそんな女だったなんて……」
ジュリアンが蒼白い顔をして頭を抱えている。
「信じて、ジュリアン!あの女にやられたのよ!」
「黙れ!エレノアを侮辱するな!!」
「ジュリアン!!」
視線が集まる。
でもそれは私が意図した、欲していた視線とは全く違う。
嘘……
この私が、失敗するなんて……
「ジュリアン私を見て!こんなにされたのよ!?」
「黙りなさいティナ・ハーフェン!」
レフトウィッチ学長が声を荒げた。
普段温和な老いた学長は死神さながら私を見下ろす。
「我がフェグレン王立学園の警備は外部からあなたが付き合うようなゴロツキを紛れ込ませるほど緩くはない。馬鹿にするのもいい加減にしたまえ」
「……そんな……」
「それに、ウェリントン伯爵令嬢がどんな人物かはジュリアンでなくともわかっている。あなたに貴族の世界は早かったようだな」
「……間違っています……あの人を、庇うなんて……っ」
「学長」
別の声が割り込んできて、私たちは揃って声の主の方に目を向けた。
マクダウェル侯爵令息だ。
「……」
分が悪いと認めざるを得なかった。
マクダウェル侯爵令息は学長と話しながら塔のひとつを見上げ指差している。中庭から見あげることのできる四つの塔。そこから、もし、私の一部始終を見ていたとしたら……
例えマクダウェル侯爵令息が嘘をついていたとしても、留年で特別扱いを受けているくらいだから、彼の言葉を学長は無条件に信じるだろう。
「……」
あそこから見ていたなんて……
「すべて彼女の自作自演です」
マクダウェル侯爵令息が周囲にも聞こえるよう声を張った。
近くではジュリアンが項垂れている。
私に集まる囁きも視線も、全てが私を蔑み責めていた。
「……ジュリアン」
私の声は虚しく震え、二度と彼と目が合うことさえなかった。
私は退学処分を受けた。
無情だとは思う。でも貴族の令息令嬢が集まる王立学園にはもう、私の居場所は残されていなかった。
私は声の限りに叫ぶ。
朝の静けさを引き裂くように。
「やめてぇっ!いやあぁっ!」
叫びながら自分の手で力いっぱい頬を叩き、髪を掻き毟り、泣き喚く。
「ジュリアン助けてぇぇぇっ!!」
しばらくそんな事をしていると、ランプがあちこちで灯り人が集まってきた。血相を変えて飛んでくる貴族の教員や令息令嬢を見ていると笑いそうになったけれど、そんな馬鹿な真似はしない。
私は力なく木陰に倒れた。
「どうしました……!?」
既に身支度を整えていたレフトウィッチ学長が一早く駆け寄って来る。
「……!」
私はあからさまに怯え、女の教員か上級生が現れるまで待った。やがて花嫁修業でダンスレッスンを担当しているどこかの伯爵夫人が私の傍に跪いて抱き起こす。私は彼女にしがみ付いた。
「一体何が起こったの?怪我をしているじゃないの。大丈夫?」
「あ、あの人……っ」
「あの人?誰のこと?」
私は集まった人垣を裂いてジュリアンが現れたのを見て更に泣きじゃくる。
「ティナ!」
駆け寄ってきたジュリアンが跪いて私を抱きしめた。
「どうしたんだ?何があった?」
「聞いても答えないのよ」
「なんたること……由々しき事態だ……」
これは暴力事件。
そう見えるように熱演した。
ジュリアンが私の髪を撫でながら顔を覗き込んでくる。
私は泣きじゃくりながら声を絞り出す。
「あの人……あなたを奪った仕返しに……私を……っ」
「え?なんだって?」
ジュリアンが声を潜める。
私は怯えながらも勇気を振り絞るふりをする。
「あの人って?誰のことだ?ティナ」
「……エレノアよ」
「え?」
ジュリアンが凍り付く。
辺りが一瞬静まり返り、すぐにざわついた。全員が私に注目し、私の話に耳を傾けている。
「……エレノアが、私を恨んで……男の人を雇って襲わせたの」
決定的な醜聞。
私は心の奥底で快感に浸り笑いを押し殺す。
これでもうエレノアは終わりだ。
ジュリアンも私から離れられなくなる。
その、はずだったのに……
「なんと馬鹿げたことを」
レフトウィッチ学長が呆れた様子で零し、枯れた枝のような手で集まった人々を追い払い始めた。
「……?」
さっきまで私を抱きかかえていた教員の伯爵夫人も、苛立った様子でそっぽを向いてしまう。
そしてジュリアンまでが、抱擁を解いた。
「ジュリアン……!」
信じられないことが起きた。
追いすがる私の手をジュリアンは払い除けたのだ。
そして言った。
「エレノアはそんなことしない」
「そんな……!」
私は縋った。
私がこんなに頑張って準備したのに、私を信じないなんて想定外だ。
「私を疑うの……!?こんなに傷つけられたのに!!」
「お前がそんな女だったなんて……」
ジュリアンが蒼白い顔をして頭を抱えている。
「信じて、ジュリアン!あの女にやられたのよ!」
「黙れ!エレノアを侮辱するな!!」
「ジュリアン!!」
視線が集まる。
でもそれは私が意図した、欲していた視線とは全く違う。
嘘……
この私が、失敗するなんて……
「ジュリアン私を見て!こんなにされたのよ!?」
「黙りなさいティナ・ハーフェン!」
レフトウィッチ学長が声を荒げた。
普段温和な老いた学長は死神さながら私を見下ろす。
「我がフェグレン王立学園の警備は外部からあなたが付き合うようなゴロツキを紛れ込ませるほど緩くはない。馬鹿にするのもいい加減にしたまえ」
「……そんな……」
「それに、ウェリントン伯爵令嬢がどんな人物かはジュリアンでなくともわかっている。あなたに貴族の世界は早かったようだな」
「……間違っています……あの人を、庇うなんて……っ」
「学長」
別の声が割り込んできて、私たちは揃って声の主の方に目を向けた。
マクダウェル侯爵令息だ。
「……」
分が悪いと認めざるを得なかった。
マクダウェル侯爵令息は学長と話しながら塔のひとつを見上げ指差している。中庭から見あげることのできる四つの塔。そこから、もし、私の一部始終を見ていたとしたら……
例えマクダウェル侯爵令息が嘘をついていたとしても、留年で特別扱いを受けているくらいだから、彼の言葉を学長は無条件に信じるだろう。
「……」
あそこから見ていたなんて……
「すべて彼女の自作自演です」
マクダウェル侯爵令息が周囲にも聞こえるよう声を張った。
近くではジュリアンが項垂れている。
私に集まる囁きも視線も、全てが私を蔑み責めていた。
「……ジュリアン」
私の声は虚しく震え、二度と彼と目が合うことさえなかった。
私は退学処分を受けた。
無情だとは思う。でも貴族の令息令嬢が集まる王立学園にはもう、私の居場所は残されていなかった。
96
お気に入りに追加
1,280
あなたにおすすめの小説
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

香りの聖女と婚約破棄
秋津冴
恋愛
「近寄るな、お前は臭いから」
ゼダ伯爵令嬢エヴァは婚約者にいつもそう言われ、傷心を抱えていた。
婚約者の第三王子マシューは、臭いを理由に彼女との婚約を破棄しようとする。
「エヴァ、いつも告げてきたが、お前のその香りには耐えられない。この高貴な僕まで、周囲から奇異の目で見られて疎外される始末だ。もう別れてくれ‥‥‥婚約破棄だ」
「なあ、それは王族の横暴じゃないのか?」
共通の幼馴染、ロランが疑問の声を上げた。
他の投稿サイトでも別名義で投稿しております。
婚約者に好きな人がいると言われました
みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり――――――
🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)


王太子殿下が私を諦めない
風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。
今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。
きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。
どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。
※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。

王子に買われた妹と隣国に売られた私
京月
恋愛
スペード王国の公爵家の娘であるリリア・ジョーカーは三歳下の妹ユリ・ジョーカーと私の婚約者であり幼馴染でもあるサリウス・スペードといつも一緒に遊んでいた。
サリウスはリリアに好意があり大きくなったらリリアと結婚すると言っており、ユリもいつも姉さま大好きとリリアを慕っていた。
リリアが十八歳になったある日スペード王国で反乱がおきその首謀者として父と母が処刑されてしまう。姉妹は王様のいる玉座の間で手を後ろに縛られたまま床に頭をつけ王様からそして処刑を言い渡された。
それに異議を唱えながら玉座の間に入って来たのはサリウスだった。
サリウスは王様に向かい上奏する。
「父上、どうか"ユリ・ジョーカー"の処刑を取りやめにし俺に身柄をくださいませんか」
リリアはユリが不敵に笑っているのが見えた。

幼馴染に裏切られた私は辺境伯に愛された
マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のアイシャは、同じく伯爵令息であり幼馴染のグランと婚約した。
しかし、彼はもう一人の幼馴染であるローザが本当に好きだとして婚約破棄をしてしまう。
傷物令嬢となってしまい、パーティなどでも煙たがられる存在になってしまったアイシャ。
しかし、そこに手を差し伸べたのは、辺境伯のチェスター・ドリスだった……。

婚約解消したはずなのに、元婚約者が嫉妬心剥き出しで怖いのですが……
マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のフローラと侯爵令息のカルロス。二人は恋愛感情から婚約をしたのだったが……。
カルロスは隣国の侯爵令嬢と婚約をするとのことで、フローラに別れて欲しいと告げる。
国益を考えれば確かに頷ける行為だ。フローラはカルロスとの婚約解消を受け入れることにした。
さて、悲しみのフローラは幼馴染のグラン伯爵令息と婚約を考える仲になっていくのだが……。
なぜかカルロスの妨害が入るのだった……えっ、どういうこと?
フローラとグランは全く意味が分からず対処する羽目になってしまう。
「お願いだから、邪魔しないでもらえませんか?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる