飽きて捨てられた私でも未来の侯爵様には愛されているらしい。

希猫 ゆうみ

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行き場のない怒りが全てマクダウェル侯爵令息に向きそうになる。
私はぐっと拳を握り、耐えた。

そんな私を見兼ねているのか、なんなのか、マクダウェル侯爵令息は優しく語り掛けてくる。

「だけど今は何より逃げ場が必要だ。君が思い出を共有していない場所」
「……」
「ここを貸してあげよう」
「?」

突拍子もない申し出に怒りより疑問が膨らむ。
だいたい、どうして、マクダウェル侯爵令息はこんな塔の上に長椅子を持ち込んで寛いでいるのか。孤高の存在というよりこれではただの不思議な人だ。

「部屋に戻っても学園の顔はついて回る。ここなら君は只のエレノアに戻れる」
「……」
「誰かのものではない君自身に」

誰のものでもない私。
それはつまり、ジュリアンの相手ではなくなった私という意味だ。

「そして悲しんで、泣いて、呪って、罵ってもいい。たくさん吐き出して最後にこの場所を捨てて、全部忘れてしまえばいいよ」
「……」

無理難題に聞こえたとしても、彼からは理解と寄り添う気持ちを感じた。私の心に入り込んだのはこの時だったと思う。

私はマクダウェル侯爵令息の瞳を見つめた。
その奥に、私と同じ悲しみを探して。

「大丈夫。それが終われば、君は思いがけない幸せを得る。新しい自分になるのは気持ちのいいものだよ」

優しく諭すように彼は言う。
納得はできない。でも、ありがたいとは思った。

再び私が俯くと、マクダウェル侯爵令息は徐に長椅子脇の小卓の抽斗を開けて何かを取り出す。そしてそれを持ったまま私の正面にしゃがんだ。

「!」

マクダウェル侯爵令息に跪かれ、吃驚仰天。

「ほら、元気出して」
「……キャンディー……?」

小卓の抽斗から取り出したのは一包のキャンディーだったのだ。

「悲しい時は甘い物がいちばん」
「……」
「美味しいよ」
「……校則違反……」

と言いながら、私はキャンディーを受け取った。
カラフルな包紙を開き、ガラス玉のような綺麗なキャンディーを抓んで口に含む。甘い味が広がって、フルーティーな香りがふわっと鼻に抜けていく。

「……」

癒された。

「ここに入ってるから勝手に取っていいよ。但し、一日3個まで」
「……」
「ご覧の通り鍵なんてない場所だけど居心地の良さは保証する。それに、君に貸し出している間は僕もいい散歩になるしね」
「……」
「いつでもおいで」

優しい人なのか、それとも悪魔の囁きか。
私はすぐに答えが出せないまま黙ってキャンディーを舌の上で転がしている。

どちらにしても私がジュリアンに捨てられたのは変わらない。
もし新しい子と別れて私の元に戻ってきたとしても、私は以前の無邪気な婚約者には戻れない。

夏季休暇で帰省した際、ジュリアンは両親であるクライヴ伯爵夫妻に報告するのだろう。私が家族に報告するように。

終わってしまう。
全ては変わってしまった。彼女のせいで。

「……っ」

嫌な気持ちだった。
それでもジュリアンの心を奪った新入生が憎い。だけどジュリアンはもっと憎い。他の子を選んで私を傷つけても平気で新しい恋を謳歌している。
元に戻らないとわかっているのに、私に、まだそう願わせる……

最悪な気持ち。

「こんなに泣かせて。悪い奴だ」

マクダウェル侯爵令息が忌々しそうに暗く呟いた。その声は、私の数倍、憎悪らしきものが込められている。

「……」

いったいこの人の留年にはどのような理由があったのか。
私は初めてその謎に思いを巡らせた。
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