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37(バレット)

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頬を薔薇色に染めて笑うフランシスカの脇の下に手を差し込んで持ち上げ、少し背の高い机に座らせる。
開いて座った足の爪先を無邪気に揺らしているその膝の間に立つと、フランシスカは俺の肩に肘を乗せて甘えてきた。

俺の口は緩みっぱなしで、妹かもしれない女への愛情を駄々洩れにしたまま瞳の奥深くまで覗き込んだ。

可愛くて仕方がない。
だから一線は、最後の一線だけは越えずにおいた。

一晩中キスをして抱きしめて、抱きしめて、ただ抱きしめて眠った。明け方にはほんの少し至福の微睡みに落ちたと思う。

フランシスカはたまに鼾一歩手前の太々しい鼻息を洩らしながら気持ちよさそうに眠っていた。

生きてきて初めての幸せな夜だった。

「お兄様」
「やめろよ」
「だってお兄様でしょう?」

生意気な可愛い笑顔で俺を揶揄ってくるその唇を一欠けらの罪悪感もなく奪う。

「たぶん兄妹じゃねえよ」
「絶対違うわ」

弾む吐息まじりに二人だけの秘密を囁き合いながら、甘いキスを繰り返す。

万が一。
俺の実の父親がフランシスカの母親を暴行した過去がもしあったとしたら、最悪、腹違いの妹かもしれない。だからキス以上は絶対にしない────

「お兄様?」
「ん?」
「何考えてるの?」
「お前のこと」
「そんな殺しそうな顔で?」

左手でフランシスカの背中を支え、右手で小さな鼻の頭をつんと突く。フランシスカの透き通るような翡翠の瞳が俺の指先を見ようとして面白いくらいに中央に寄った。

「ああ。お前を苦しめる奴も、泣かせる奴も、容赦なく俺がこの世から葬るよ」
「苦しんで泣いたくらいで命まで取るの?」
「恐いお兄様だろ?」
「ん。上手くやるわ」

強気なフランシスカが可愛くて眩暈まで覚える。

その瞬間、俺の勘が第三者の気配を察知した。
俺はフランシスカの膝の間から迅速に退き、鼻に続き額を人差し指で突いて壁際に寄る。

フランシスカが足をばたつかせてバランスを取りながら天井を仰ぎ、俺が本棚に指を伸ばしたところで執事が戸口に現れた。

「お勉強お疲れ様です。旦那様がお戻りになられました」

フランシスカの足が止まる。
それから軽い身のこなしで机から飛び降りた。ドレスの裾だけが優雅に弾む。煌めく金髪を手の甲で払い、活き活きと俺を誘った。

「お迎えしましょう、お兄様」

短い夢の終わりのようで、これからが甘い夢の始まりのようで……

俺たちの父親という、どちらにも似ても似つかないマスグレイヴ伯爵の帰還という今になって、やっと、うしろめたさが重く胸に圧し掛かって来る。

愛する女の父親の前で、それと悟られずに過ごす。しかも血の繋がった家族として。
随分と甘ったるい監獄にやってきたものだ。

この呆れにも似た奇妙な喜びは、俺より余程後ろ暗い過去を隠蔽しているであろうから娘の心を奪い取ったという醜悪な優越感なのかもしれない。

「あなた……!」

玄関広間に着くと、一足先に駆けつけていたマスグレイヴ伯爵夫人が心配も顕わに夫に駆け寄っていく姿があった。

「……」

そこに熱烈な愛情らしきものは見て取れない。
寧ろこの二人にこそ兄妹のような家族的な絆を感じたが、あまりにも共通点のない外見からそれは考えられなかった。

マスグレイヴ伯爵夫人ローレルが夫の袖を掴む。
マスグレイヴ伯爵が妻の背に手を当てる。

「雨が降ったから」
「どうだったの?」

夫婦の短い会話に俺は確信を強めた。
当然ながら、王子滞在の憂さ晴らしに徘徊していたわけではなかったはずだ。その本当の目的は夫婦で共有しながらも娘には伏せた。

俺がいるせいか。
それとも、フランシスカを守る為か。

「おかえりなさいませ、お父様」

フランシスカがやや高圧的に呼び掛ける。

「!」

母親のマスグレイヴ伯爵夫人が只一人動揺を見せた。

「あなたたち……」

何故だ。
何故、当主の帰還に子供たちである俺たちがいてはいけないのか。

フランシスカに少しだけ年月を積み重ねただけのように見える童顔のマスグレイヴ伯爵夫人ローレル。
俺の母親に傅いていたかつての子爵令嬢が知る秘密の全てを暴いた時、真実はフランシスカを苦しめるだろうか。

「……」

少なくとも俺を警戒している。
忌避しているのは、俺に恐怖心を抱いているからだ。

「余暇は終わった。執務室で待っていなさい」

マスグレイヴ伯爵が俺とフランシスカに告げ、妻ローレルの背を押し促した。
ローレルは従順に従う。

──お母様は愛してもいない相手と結婚できるほどお淑やかじゃないわ。

「……」

俺が注視しているのがそんなに嫌なのか、恐ろしいのか。
まるで俺から逃げるようにして夫に連れられて行く後ろ姿を見送り、夫妻の足音も遠ざかったところでフランシスカが不遜な声を洩らす。

「何か隠してるわね。あなたは、本当は知ってるんじゃない?いろいろ」

執事を威嚇している。
その忠実で老獪な男の口を割るよりずっと簡単な方法を俺は知っていた。

の下で領地経営を学びながら、その目を盗み妹とじゃれつく甘い日々を送りつつ、俺は第三王子アベル殿下へと短い手紙をしたためた。
手紙とも呼べない、無礼極まりないたった一行の短い手紙。


〈男の名は?〉


王子が知るという俺にそっくりな男、それは俺の実の父親に他ならないだろう。
口を割らせるならそいつでいい。
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