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33(アーネスト)

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「あ、あなた……何故……」

それだけ呟くと女は身を翻し扉に体当たりまでして逃走を計った。

「私が会いに来たのは貴様を追い詰め罵る為だ。私が〝もういい〟と言うまで扉が開くことはない」
「!」

女は血相を変え再び身を翻し、扉に背を擦りつけながら私を睨んだ。

冷笑が洩れる。

「シスター・ソニア。よくもまあ尤もそうに娘を唆してくれたものだ。貴様の愛する神の牢獄になど誰がくれてやるものか」
「……っ」

私は机に肘を突くようにして身を乗り出し女を睨み返す。

「よく似ているだろう?ローレルみたいだ。そうだろう?ローレルの娘だと承知の上で、寄付だの、神に仕えろだのと……私を挑発したつもりか?」
「……私たちの筋書きを呪っているのよ。どの道、心穏やかには生きていけないでしょう」

言い返して来た。
不思議ではない。昔から冷えた鉄の心臓を尖らせ周囲を突き刺して回るような女だった。

「あなたが先に始めたのよ。教えたのでしょう?あなたが過去の憎しみをあの子にぶつけて故意に手酷く傷つけて此処へ追いやったのだから、私が引き受けるべきと思ったまでよ」
「ああ、そうだ。貴様等が始めに言い出したことだった。肉欲の奴隷どもが保身の為に私に咎を擦り付けた」

憎悪が声を震わせる。
私の心が乱れようとしているのを察知した女が気を持ち直し姿勢を正した。

それからさも修道女のように慇懃に言葉を繋いだ。

「わざわざ足をお運び下さって仰る罵詈雑言はそれだけですか?マスグレイヴ伯爵?お暇ですね。それともご自身の死期でも悟って八つ当たりにいらしたでしょうか。今日もとても顔色が優れないようですが」

嘲笑さえ感じる威厳の鎧を、私は簡単に破壊できる。
私は告げた。

「ああ。その日の為に息子を連れ戻した」
「──」

女の顔色が変わる。
皴が増え化粧気もなくかつての美貌は砂の一粒分さえ残ってはいない初老のシスター。さも死人か、裁きを受ける罪人のように絶望を悟り、乾いた唇を震わせ抗う。

「……嘘……」
「何故?あれは貴様が産んだ私の息子だろう?貴様等がと言ったんだ。結婚も愛にも幻滅した娘の一生を守る当主が必要になった。私の後継者に、バレットは適任じゃないか」
「嘘よ……」
「本当さ。ソニア。を正式に次期マスグレイヴ伯爵として公表したんだ」

噛み締めるように言ってやるのは愉快だった。
まだまだ、これからだ。

「知らなかったとは驚いた。あの男は貴様を訪ねて来ないのか?もう知っているはずだ。すぐ耳に入ったはずだ。私があの男だったなら、私か、息子か、貴様を殺す」
「……」
「そして今度こそ闇に葬る。誰にも暴かれないように」

過去の激痛が、憤怒が、憎悪が、私の体の内で爆ぜる。

「バレットは父親そっくりの顔をしている……!ただ髪だけは、貴様と同じ赤毛だ……!」

女が小枝のような十本の指を震わせて顔を覆う。

「なんということを……っ」
「追放された貴様を修道院に隠し、存在すら厭わしい息子を監獄に隠し、そうしてあの男は忌々しい神の階段を上り続けた」
「あなたは、なんということをしてくれたの……!」

私は腰を上げた。
机にライシャワー伯爵からの書状を広げる。

「ライシャワー伯爵家の面汚し、未亡人ソニア。その腹から産まれた不義の息子が、罪深く淫らな父親である私から爵位を継承しマスグレイヴ伯爵を名乗り貴族として生きるなど言語道断──と、随分と御立腹だ。ライシャワー伯爵は、厚顔無恥な私が追放されたのソニアを匿っていると妄信してさえいる」
「……」
「だが、バレットの顔を見たら……貴様の夫の柩に昇天の祈りを囁いた司祭の顔を思い出すのではないかな?」
「やめて、アーネスト……」
「元ライシャワー伯爵夫人の愛人が、貴族どころか、聖職者だったとは……面汚しどころの醜聞では済まなくなる」
「台無しよ……」
「ライシャワー伯爵は貴様を殺すだろう」
「……っ」
「だが、私や息子や貴様の口を塞ぎたいのはあの男も同じだろうな。大司教まで昇りつめ、枢機卿団の椅子に片手を掛け、運が良ければ教皇の椅子に座れるかもしれないなどという夢を見ている頃だ。だから迎えに来ないのだよ、ソニア」
「やめて!」
「アンブロシウス大司教にとって私たちは忌まわしい過去なんだ。消し去りたいに違いない」

老いた細い指の間から涙が流れ落ち、質素なシスター服に沁みていく。

悔いているのか、我が身を憐れんでいるのか。
どちらかは知らないが、どちらでも構わない。

忌々しいソニアが絶望に涙している。
生きていてよかったと心からそう思えた。

「私はと結託したが、貴様は一人だ。ライシャワー伯爵と、且つてあれほどまでに愛し合ったはずのアンブロシウス。どちらが先に貴様の息の根を止めるかな?」
「たすけて……お願い……っ」

笑いが洩れる。
愉快で仕方ない。

私はライシャワー伯爵の書状を残し、応接室の扉へと短い距離を詰めていく。
女の強張った細い体を肩で押し、扉の外へ声を掛ける。

「終わりましたよ。もういい。開けてください」

私が神を憎悪しているからといって、此処で日々祈りを捧げるシスターたちに罪があるわけではない。
それくらいは弁えている。

扉が開いた。
立ち尽くしたまま顔を覆い泣いている女がこのあとどうなるか、知ったことではない。

去り際、私は愛人と偽った女へと永遠の別れを告げた。

「安らかに眠れ、ソニア。神は貴様を救うんだろう?」
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