うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
上 下
16 / 60

16(バレット)

しおりを挟む
人生稀に見ぬ最悪の一日だ。
どちらか片方ずつであればまだよかったが、マスグレイヴ伯爵令嬢の〝お迎え〟も王子乱入で台無しである。
他の王子ならまだましだったが、そもそも上の王子二人は此処へは来ない。

妹かもしれないマスグレイヴ伯爵令嬢は美しいに違いないが気が強く、小柄なせいか見た目もどこかポメラニアンのようで愛嬌がある。ここまで来る胆力もさることながら、脱獄に怖気づきもせず独自の籠城スタイルで対処した点も含め、存在自体に俺は掛け値なしの好感を抱いた。

フランシスカ。
これが、俺の妹か。

なるほど。

……と、王子さえいなければ貴重な初対面の時間を大事に丁寧に過ごしたかったが、来てしまったからには現実を受け止めるしかないだろう。

フランシスカが来てしまったのと同じように。
できることなら一生存在すら悟られなかったほうがよかったのだろうが、起きた現実は変えられない。

「殿下。ご勘弁を」
「馬鹿を言うな。おおぅ、可愛いじゃないか。どうだ、お前。予想より美人じゃないか?」
「……」

死ね。
死んでくれ。

俺はアベル王子の存在を呪った。

一瞥すると、フランシスカは怒りと蔑みを込めた視線をこちらに注いでいたが、目が合うとそれも逸らされてしまった。

アベル王子があけっぴろげに喜びながらフランシスカと距離を詰める。
フランシスカは静かに憤ったまま伯爵令嬢らしいカーテシーで応じている。

状況は全く面白くなかったが、内心、子爵家の成り上がり令嬢を母に持っていても充分な教育が施されたようで感心した。俺の存在も含めて過去をひた隠しにしたからには、マスグレイヴ伯爵という奴は随分と本気でフランシスカを育て上げたのだろう。

可愛がっていただろうに、俺を連れて来いとは。面白くないを通り越して不快だ。
しかも理由が修道院ときた。
だったらフランシスカが追い詰められないよう気を付けてやればよかったものを……

「頭を下げてないで顔を見せてくれ。小さいんだからまずきちんと立って。監獄長ご自慢の岸壁の令嬢を生で拝めるとは今日を選んだ甲斐があったというものだ。なあ、バレット。ほれ、ほれほれ、フランシスカ。立て立て」

殺してくれ。
フランシスカ、噛み殺せ。
王子を殺れなきゃ俺を殺れ。

「……」

ゆっくりと姿勢を元に戻して直立したフランシスカはアベル王子ではなく俺を睨んでいる。

「おおぅ」

俺たちの険悪な空気を面白がるアベル王子が心底王子でなければいいのにと思わずにはいられない。王子じゃなけりゃ、せめて殴れる。

フランシスカがアベル王子に再び頭を垂れた。

「お初にお目にかかります、私はマスグレイヴ伯爵令嬢フランシスカという者でございます」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

身分違いの恋に燃えていると婚約破棄したではありませんか。没落したから助けて欲しいなんて言わないでください。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるセリティアは、ある日婚約者である侯爵令息のランドラから婚約破棄を告げられた。 なんでも彼は、とある平民の農家の女性に恋をしているそうなのだ。 身分違いの恋に燃えているという彼に呆れながら、それが危険なことであると説明したセリティアだったが、ランドラにはそれを聞き入れてもらえず、結局婚約は破棄されることになった。 セリティアの新しい婚約は、意外な程に早く決まった。 その相手は、公爵令息であるバルギードという男だった。多少気難しい性格ではあるが、真面目で実直な彼との婚約はセリティアにとって幸福なものであり、彼女は穏やかな生活を送っていた。 そんな彼女の前に、ランドラが再び現れた。 侯爵家を継いだ彼だったが、平民と結婚したことによって、多くの敵を作り出してしまい、その結果没落してしまったそうなのだ。 ランドラは、セリティアに助けて欲しいと懇願した。しかし、散々と忠告したというのにそんなことになった彼を助ける義理は彼女にはなかった。こうしてセリティアは、ランドラの頼みを断るのだった。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~

tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。 ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

初恋の結末

夕鈴
恋愛
幼い頃から婚約していたアリストアとエドウィン。アリストアは最愛の婚約者と深い絆で結ばれ同じ道を歩くと信じていた。アリストアの描く未来が崩れ……。それぞれの初恋の結末を描く物語。

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

処理中です...